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残酷な夜叉姫①


 ゴールデンウィークが終わり、学校が始まった。

 気は重いが、ずっと休むわけにもいかないので、結羅はのろのろと支度する。


 校門近くで沙苗に声をかけられた。沙苗はいつもの調子だ。幻夜の件には一切触れない。気を遣ってくれてるんだなと結羅は思った。

 

 詩織には会わなかった。結羅も今はどんな顔をして会えばいいのか分からないので、敢えて探さない。


 放課後、沙苗は部活があるので教室で別れた。結羅は一人で校門を出る。


(支狼にも避けられちゃって、本当に私寂しい人間だなぁ。いや、寂しい妖魔か。完全に人間にも妖魔にもなれないし。中途半端だな)


 不幸に浸るように、結羅はトボトボと駅までの道を歩く。

 結羅の心情を表すように、突然雨が降ってきた。あっという間にザザ降りになる。傘を持っていないのでびしょ濡れになってしまった。

 しかし何となく雨に打たれるのもいいかと雨宿りもせずにそのまま歩く。


 駅に着いた頃には、全身ずぶ濡れだった。髪の毛や体からポタポタと雫が落ちる。少しハンカチで拭い、電車に乗った。


 家に着いたらシャワーを浴びようと思いながら、最寄り駅からまた歩く。相変わらずすごい勢いで雨が降っていて、雷まで鳴りだした。歩いている人は少なかった。当然ながら皆傘をさしていて、全身ずぶ濡れで歩いているのは結羅くらいだ。降り出してから時間が経っているからだろう。


(こんなに激しい雨は久しぶりだなぁ)


 結羅はぼーっとしながら歩く。自分なんかは雨に打たれればいい。そんな気持ちも少しあった。


 何も考えたくない。全てを洗い流してもらうように、結羅は全身に雨を受けた。みそぎのようなつもりなのかもしれない、と自分で思う。


(幻夜にフラれて、太悟兄ちゃんに告白されて、詩織ちゃんには避けられて。私はどうしたらいいんだろう)


 

 アパートの前には、見たこともないような高級そうな黒塗りの大きな車が停まっていた。


(ベンツかな)


 車に詳しくない結羅は、ちらりと見て通り過ぎようとした。

 すると車の後部座席の窓が開く。


「ちょっとお尋ねしたいんだけど」


 中から綺麗な少女が顔を出す。制服を着ていて、高校生に見える。にこやかに結羅に言う。


「女郎蜘蛛を殺ったのはあなた?」


 結羅の表情は凍りついた。支狼の話が頭をよぎった。

 その瞬間、後部座席のドアが開き、結羅は中に引きずり込まれた。抵抗する暇は全くなかった。ドアが閉まったと同時に発車する。



 車の中には運転席と助手席にそれぞれ一人、後部座席に一人、プロレスラーかというような屈強な体の男たちがパツパツのスーツを着て座っており、先程結羅に話しかけた女子高生が右奥の席に座って結羅の体を押さえている。結羅は長く尖った爪の生えた手で口と腕と腹を強く押さえられていて、それだけで全く身動きが取れない。見た目からは到底想像出来ないすごい力だった。

 冷気を出しても全く効かないようで、力づくで押されつけられるように熱風で封じ込められた。


「あなたこの程度の力で私にケンカ売ったわけ? 死にたがりなの?」


 女子高生の可愛らしい声の中に狂気が混じっていることを結羅は察して、背筋を凍らせる。


「大天狗のジジイの刺客が最近派手に動き回ってたから勘違いしちゃったわ。単独犯だったのね。殊勝なこと」


 結羅は頭をフル回転させて、何とか逃げなければと考える。しかし口は塞がれているので喋れない。力も通じない。

 何とか周囲の様子から情報を集めようと思い、結羅は注意深く観察する。


 女子高生の顔は見えないが、長い黒のストレートヘアが座席にまで流れている。先程見た顔は、普通の人間の顔に見えた。とても美少女で、小生意気なお嬢様風だった。目は吊り目で大きく、鼻と口はコンパクトで猫顔だ。白檀びゃくだんのような匂いが体から香ってくる。


 周りの男たちは一言も発さないし、最低限の動きしかしない。もし支狼の言っていた話のとおりなら、この者たちは鬼なのだろう。雪女の里の時のように、強い妖魔の気は結羅も感じることが出来るようだ。しかしこの者たちからそのような強い気は感じない。気配を消しているのだろうか。


 結羅は窓の外の景色にも目をやる。この辺りはまだ結羅のアパートの近くだ。誰か気付いてくれないかと思うが、外側からは見られないようになっているので、誰も気付かない。


「ていうかあなた何でそんなびしょ濡れなの? 不快だわ。私まで濡れちゃうじゃない」


 女子高生がそう言ったかと思うと、突然強烈な熱風が結羅の全身を襲った。地獄の業火かと思うほどのものすごい熱気で、炎こそ出ていないものの、口と体を押さえられたまま結羅は熱風に曝された。声にならない声で叫びながら、動かせる範囲で体を動かして悶えた。 

 熱風が止んだ時には、結羅は抵抗する力もないほど衰弱していた。

 

 ぐったりとした結羅を見て、女子高生はくすくす笑う。


「ドライヤーしただけで死にそうね。安心して。すぐには殺さないから。見せしめはキッチリしないと、威厳を示せないのよ」


 その言葉を聞いたのを最後に、結羅は気を失った。




 夜。沙苗は部屋で雑誌を読んでいた。恋愛特集はいつも飛ばすのだが、何となく今日は興味をそそられて読んでいる。


(結羅、元気なかったなぁ。そりゃそうだよね。好きな人にフラレたんだから。しばらくはそっとしとこう)


 特集ページの恋愛相談の内容と結羅のことが重なり、沙苗は話を聞いた時のことを思い出す。


 その時、コツンコツンと窓に何かが当たる音がする。


 沙苗が何だろうと思いカーテンを開ける。小石が窓にぶつかるのを見て、音の正体が分かる。


(誰だよ! イタズラか!?)


 沙苗は苛つきながら窓の外を見る。暗くてよく見えない。すると突然、人間が窓にへばりつくように目の前に現れた。


 沙苗は心臓が口から飛び出そうなほど驚いて、思いっきり叫んで窓から飛び退く。尻もちをついたまま、それを凝視した。


(へ、変質者!? け、警察!!!!)


 スマホを手に取り、通報しようとしたところで、その人物の正体が支狼だと分かる。支狼がひょこっと顔を見せたからだ。


 沙苗はまだドキドキしながらも、正体が分かって少し落ち着く。


 窓を開けると、支狼が身軽に入ってきた。


「お前どこから来るんだよ! 猿か!?」


 沙苗が不機嫌に支狼に言う。


「それどころじゃないぞ!! 結羅が攫われた!! ヤバいやつらに!!」


 支狼が叫ぶのを聞いて沙苗はきょとんとする。


「····攫われた? ········っ攫われた!?」


 沙苗は言葉を反芻してようやく意味を捉える。


「どういうこと!?」


「アイツに知らせろ!! あの妖狐!!」


「ヨーコ!? って誰!?」


「ゲン····なんとかってヤツだ! 許嫁の!!」


「幻夜さん!?」


「そう! ソイツだ! 早くしないと結羅は殺されるぞ!!」


 沙苗はアセアセとスマホを触るが、幻夜の連絡先を知らないじゃないかとベッドに投げる。


「幻夜さんの連絡先は知らないよ! ど、どうしよ····そうだ! 詩織!」


 スマホを拾い詩織に電話をかける。焦りから手が震えている。すぐに詩織が出た。


『もしもし?』


「あ!! 詩織!! 良かった!! あのね、太悟さんって人の連絡先教えて!! 結羅が大変みたいなの!! 幻夜さんのでもいいよ!!」


『····結羅ちゃんが? ····どうしたの?』


 詩織の声は暗くて小さい。沙苗は痺れを切らすように叫ぶ。


「ヤクザに攫われたの!!!!」


 詩織が電話の向こうで驚きの声を発する。すぐに太悟の連絡先を送ってくれると言った。


「あたしも詳しいことは分からないから、また連絡する!!」


と言って電話を切ると、


「もちろん警察には連絡したんだよね!?」


と支狼に聞く。


「ケーサツなんか役に立たねーよ!!」


 沙苗は支狼の言葉を聞いて耳を疑う。


「連絡してないの!? それこそ結羅が殺されちゃう!!」


 そんなやり取りをしているうちに、沙苗のスマホが鳴る。登録していない番号からの着信だ。構わず沙苗は電話に出た。


「もしもし!?」


『もしもし、沙苗さん!? 俺は結羅の保護者の太悟で、今詩織から連絡をもらって電話をかけた! どういうことか説明してくれないか!?』


 電話越しの太悟の声は焦っているようだった。沙苗は支狼を見て言う。


「あたしも詳しいことは分からなくて。直接シローと話してください! 結羅の友達の!」


 そして支狼にスマホを渡す。支狼は間髪入れずに大声で言う。


「結羅は鬼に攫われた!! アイツに知らせろ! 妖狐に! 場所は分かるはずだ!!」


 太悟は、幻夜とは連絡がつかないので詳しい場所を教えてくれと言い、支狼が答えた。最後に太悟は沙苗に、警察へは自分が連絡すると言い、通話は終了した。


 沙苗は珍しくオロオロしている。支狼は「妖狐を探す」と言って出て行った。


 窓から出て行った支狼を見送り、沙苗は自分にも何か出来ることはないかとスマホを持って外に出た。




 結羅は目を覚ました。手首が痛いと感じた。座った姿勢で、後ろ手に縛られているようだ。

 空気が少し冷たい。周囲は暗いが、夜目のおかげで様子が分かる程度には見える。

 結羅は広い部屋の中にいるようだ。無機質なコンクリートで出来たような壁に囲まれていて、窓はない。結羅から見て正面に扉はあるが随分遠い。

 今は結羅の他に部屋には誰もいないようだ。


(どうしよう····。捕まっちゃった。ここはどこだろう。私····死ぬのかな)


 支狼のことを思い出した。


(支狼が警告してくれてたのに、ノコノコと出歩いてたから····。でも家まで来られたんだからどっちみち捕まってたか)


 結羅は支狼が言っていた鬼の話も思い出す。


(千年以上生きてるって噂の夜叉姫って言ってたよね。あの子がそうなのかな。私の力が全く効かなかった。並の妖魔が束になっても敵わない鬼たちのリーダー····。確かに私にはどうしようもないのかもしれない)


 考えれば考えるほど、絶望感が押し寄せてくる。


(駄目だ····挫けそう····でも何とかしないと)


 その時扉を開く音がして、結羅はビクッと反射的にそちらを見た。


 先程の女子高生が中に入ってくる。拷問のような熱風を思い出して、結羅の体は震えてくる。


「あら、起きたのね」


 女子高生はそう言って結羅の方へ向かって歩いてくる。コンクリートに響くように、コツンコツンと足音が鳴った。


 結羅は効かないと分かっていても、威嚇するように冷気を纏う。部屋の温度が一気に下がる。壁や床には氷が張ったように光沢がかかる。


 それでも女子高生は気にせず歩いてくる。目の前に来た時、結羅の青い髪を乱暴に掴んで持ち上げた。


「痛っ!!」


 結羅が叫ぶと、女子高生はくすっと笑う。


「あなた美人ね。私とどちらが綺麗かしら? それと雪女なのに青い髪って珍しいわね。目も。まあどうでもいいんだけど」


 そう言ってもう片方の手から真っ赤な炎を生み出した。中心部は黒い。辺りが明るくなる。

 結羅は戦慄した。炎は恐ろしいほど禍々しい。たちまち部屋の温度は上がったようだ。結羅は汗が止まらない。


「あなたの美しい顔と体を燃やしたら、溶けてなくなるのかしら。それとも人間のように骨が残るのかしら?」


 恐ろしい言葉を放って、女子高生は炎をゆっくりと結羅に近づけてくる。


 結羅は恐怖で気絶しそうだった。死を覚悟した。


 結羅の目の前で、炎は止まった。結羅の髪を掴んだまま、女子高生は高笑いする。


「キャハハハッ その顔! そんな簡単に殺すわけないじゃない。甘いわよ。最後は地獄の炎で焼いてあげるけどね」


と言って、結羅の髪を放す。同時に体から凄まじい熱気を放ち、室温は急激に上昇する。結羅は異常な暑さに喉が焼かれる感じがした。全身から汗がふき出す。

 そして女子高生は体から太陽のような赤い玉を出し、床に置いた。その赤い玉からは異様な熱気が吐き出されている。


「サウナを楽しみながら、お喋りでもしましょ」


 女子高生はどこからか椅子を持ってきて、足を組んで腰掛けた。


 結羅はすでに意識を朦朧もうろうとさせていた。ただでさえ暑さに弱いのに、このままでは本当に体が溶けてしまいそうだ。


「私はね、生徒会長なの。偉いのよ。それにお金持ち。みんな私のことを羨望の眼差しで見るわ。すごく気分が良いの」


 女子高生は浸るように言う。

 結羅は何とか糸口を掴めないか探るため、意識をギリギリ保ちながら口を開く。


「あなたは····夜叉姫なの?」


 女子高生は黙って結羅を睨んだ。しかしふんっと笑って答える。


「そうよ。私は夜叉姫のせん。千夜叉姫とか千夜ちよ様とかいろいろと呼び方はあるわ。私的には千夜が一番気に入ってるわ」


「あなたは長く生きてると聞いたけど····ずっとこの辺りにいるの?」


 結羅がそう言うと、夜叉姫は急に顔を歪ませて、先程とは打って変わった低い声で言う。


「····あんたね。『長く生きてる』とか言うんじゃないわよ。今すぐ残酷に殺してやろうか?」


 結羅は夜叉姫の本性を見た気がした。女子高生のフリをしているが、中身は千年以上生きていると言われている夜叉姫。


 結羅は言葉だけで逃げられるとは思わないが、弱みを握ればもしかするとチャンスはあるかもしれないと考える。夜叉姫にとって怖いものとは何なのか。


「大天狗の知り合いなの? さっき刺客がどうとか言ってたけど」


 夜叉姫は嫌がるような顔をする。

 

「····あのジジイはねちっこいから昔から嫌いなのよ。情報通だからたまに情報は買ってるけど。あたしは情報集めは嫌いだから。手下も役に立たないのばっかだしね。あんた思ったより元気ね。パワー上げるわ」


 再び高い声でそう言って赤い玉を持ち上げると、より高温の熱を発するようになる。


 結羅は本当に死ぬ! と心の中で悲鳴を上げる。夜叉姫はそっと赤い玉を元の場所に置くと、


「お客が来たわね」


と言って踵を返し扉の方へ歩いていく。


「お客········?」


 結羅は焼けそうな喉から声を絞り出す。


「上で暴れられたら困るから、招き入れて殺すわ。それまで死なないでね」


 そして扉を開けて出て行った。


 結羅は高温の部屋の中で、今ある力を振り絞り体の周りに膜をはるように冷気を纏う。消耗するだけなのは分かっているが、これで少し楽だ。


(お客って誰だろう····もしかして、誰か助けに来てくれたのかな?)


 そんな考えがよぎったが、希望は持たないでおこうと思い、体力を温存するように目を閉じた。


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