結羅の気持ち②
太悟の退院日には詩織も病院に駆けつけてくれた。後から聞いたのだが、実は詩織は太悟が入院中、頻繁に病室を訪れていたらしい。
その理由は、妖魔払いの修行のためだった。詩織は自分の体質を生かし、妖魔を自身で撃退出来るようになるために太悟に師事し密かに修行していたらしい。
太悟自身も修行中なので、師匠が帰った後は詩織も弟子入りすることになる。今はそれまでの準備期間のようなものらしい。
結羅は確かにあの事件の少し後くらいから、詩織に会っても頭痛が起きなかった。不思議には思っていた。
詩織は妖魔であると分かった結羅が体調不良に苦しまないよう、御札を手放せるように修行を始めたそうだ。
初めのうちは御札を手放すことが怖かったようだが、今では平気になったらしい。低級の妖魔ならすでに撃退出来るようだ。
太悟によると、詩織は太悟以上に素質があるとのことだ。
結羅は自分のせいでそうさせてしまい申し訳ないと思うが、詩織が戦える力を持つことは良いことかもしれない、とも思った。
そして結羅は何となく、太悟は詩織とばかり話して自分とは必要最低限のことしか話していないと感じた。
(修行で距離が縮まったのかな? 詩織ちゃんは太悟兄ちゃんのことが好きだから嬉しいよね。もしかして太悟兄ちゃんも····)
そう考えると少し寂しいような感じもするが、良いことだと結羅は思うようにする。
(太悟兄ちゃんも彼女が欲しいよね。旅行の時も気遣ってあげよう)
結羅はそう思って、敢えて話しかけないようにした。
アパートに着いて、太悟の部屋に荷物を持って行くのを手伝おうとすると詩織に、
「今から太悟さんの部屋で修行するから、私が持って行くね」
と言われ、「あ、うん」と言って二人を見送った。
(詩織ちゃん、積極的だなぁ)
結羅は感心した。詩織が頑張っているのを見て、自分も頑張らなくては、という気持ちになった。
幻夜はあれからまた姿を見せない。本当に気まぐれだ、と結羅は溜息をつく。それでもそれに救われているとも思う。毎日会っていたら心臓がもたない。突然現れるのも心臓に悪いのだが。
沙苗に言われたことが頭の中を巡る。
三階の通路を歩いて部屋に向かう。
ショルダーバッグから鍵を出し、開けたところで後ろから自分の名前を呼ばれる。
結羅はドアの方を向いたまま、充電切れのロボットのように停止した。額に汗がじんわりと滲むのを感じる。
「········」
結羅は動けなかった。今動いたら絶対におかしなことをしてしまう。でもおかしなことをしたとしても、この場から逃げたいとも思う。
後ろにいる人物は、その後何も言わない。
結羅はこのままでは駄目だ、と思う。詩織のことを思い出した。太悟の部屋へ行く詩織を。
意を決して振り向く。そこには結羅を見つめながら佇む幻夜の姿があった。結羅はその姿を見ただけで、何を言うんだったか頭から抜けてしまう。『しっかりしろ!』と沙苗の声が頭の中に響く。
「は、入る?」
結羅は強張った顔でそれだけ言った。幻夜は目を見開いた。
「お、お茶····は飲まないよね?」
結羅は一応聞いてみる。幻夜がお茶を飲んでいるところなど見たことがない。
「飲む」
結羅は耳を疑う。人間の食べ物(飲み物だけど)は口にしないんじゃなかったっけ? と思い出すが、そう言われては出すしかない。
二人分の麦茶をコップに注ぎながら、旅行に誘う、旅行に誘う、とまた頭の中で唱える。とりあえず部屋に入れてはみたものの、早いところミッションをクリアして追い出さなければ、と考える。
麦茶をテーブルに置いて、どこに座ろうかな? と早速問題が発生する。
幻夜は一つしかないソファに座っている。小さいソファで一緒に座るなら密着することになるので却下だ。周囲を見ると、ソファの向こう側にある勉強机の椅子が目に入る。結羅はキャスターつきの椅子を押してテーブルの近くまで持ってきた。そこにちょこんと座る。
「何故ここに座らない?」
その様子を見ていた幻夜が、自身の隣のスペースに手を置いて不思議そうに言う。
結羅は「別にいいでしょ」と努めてあっさりと流すことにする。動揺しては駄目だ。話の主導権を握らなければ、と支狼や女郎蜘蛛と話した時のことを思い出す。
「あ、あのね、一つ話があって! それを話したいから部屋に入れたの。幻夜は、毎日何してるの? 暇なの? もし暇なら····なんだけど····」
「暇ではない」
「········」
····そうなんだ。と結羅は思う。話の腰を折られて続きを話しにくくなってしまった。それにしても、本当に何をしているのか。
そこで結羅はハッとした。
(まさか新しい彼女が出来たとか!?)
そして幻夜との会話を思い出す。確かにサキとはもう会わないと言っていたが、別の女が出来たならそれは分からない。
結羅は急激に気分が悪くなった。沙苗にはああ言われたが、自信なんて持てるはずはなかった。確かに自分は幻夜のことを好きだと気付いたが、幻夜が自分を好きかは分からないのだ。
そしてその時、一つ重大なことに気付いてしまう。
サキとのことを聞いた時、幻夜が言っていた。自分は情報をもらう代わりに、要求に応えていただけだ、と。
それはそっくり自分にも当てはまるのではないか、と思った。というか、完全に当てはまってしまう。
幻夜を解放する代わりに、結羅の要求に応える。つまり結羅が自身を好きなので、キスで応えた。でもそれは交換条件のようなもので、結羅が『見返り』と言ったのでしたことなのではないか――――。
結羅の手は震える。もし幻夜を解放すれば、サキのようにあっさり捨てられる。そしてまた新しい彼女を作るのだ。
結羅はサキの姿を思い出した。『上手くいってたのに』と言っていた。それは未来の結羅の姿と重なるような気がして、吐き気がする。幻夜はずっとこういうことを繰り返したから、たくさんの女性と関係してきたのではないか。付き合ってと言われれば付き合い、結婚してと言われれば結婚する。幻夜は交換条件のつもりで、女から相応の対価をもらう。そんな地獄のような想像を、結羅はしてしまった。
全てがどうでもいいと思えてしまった。自身の頭の中で考えただけのことなのに、それが真実のように感じた。そうとしか考えられなかった。
「いいや。どうでもいい。最後に一つだけ聞かせて」
結羅は自身の目は死んだ魚のそれのようになっているだろうと思いながら言った。
「女の人を本気で好きになったこと、ある?」
幻夜は表情を変えない。
「話とはそれか?」
「いいから答えて!」
「········ない」
結羅は終わった、と思った。これ以上何も話すことはない。無表情のままショルダーバッグを掴んで、足早に玄関へ向かう。廊下で幻夜に手首を強く掴まれた。
「何を考えてる? わけが分からない」
幻夜は眉をひそめて少し不機嫌そうだ。
結羅は堪えきれず涙を溢れさせた目で幻夜を見て言った。
「さようなら!」
その瞬間、幻夜の手の力が緩んだので、手を振り払い部屋を出て行った。
結羅は泣きじゃくりながら、駅までの道を走った。太悟の部屋には行けない。沙苗の顔が浮かんで、真っ直ぐに沙苗の家を目指した。
その間、今までの幻夜との記憶を思い出し、涙が止まらなかった。
幻夜と出会う前に戻りたいと思った。
電車は空いていた。席に座って結羅は考える。
(太悟兄ちゃんなら、絶対裏切ることはないのに····。私も太悟兄ちゃんみたいな人を好きになれば良かった。····詩織ちゃんが羨ましい)
沙苗の家の前に来る。連絡せずにここまで来てしまった、と結羅は今更ながら思う。スマホは家に置いてきてしまった。
門の前に突っ立っていると、
「何か用?」
と声をかけられる。
見ると沙苗によく似た男子学生が立っていた。結羅の泣き腫らした顔を見てか男子学生はギョッとした顔をした。
「あ、ごめんなさい。私、沙苗さんの友達で····」
結羅が言いかけると、「ちょっと待ってて」と行って門の中に入り、石段を登って家の扉を開けた。
「姉ちゃん! また泣いた女が来てるぞ」
扉が閉まるまでの間に、家の中から漏れ聞こえる声。
(聞こえてる····。『また』って、前にもあったってこと?)
あれが支狼に(勝手にだけど)服を貸してくれた弟くんかぁ、と思いながら結羅がとりあえず待っていると、扉が再び開く。
「結羅!? どうしたの!?」
パタパタと沙苗が石段を下りてくる。結羅の顔を見て、「幻夜さん!?」と言った。
結羅はコクリと頷く。
「とりあえず入りな」と言われ、結羅は沙苗の家に上がらせてもらう。
リビングに母親がいた。キャリアウーマン風のカッコいい母だった。挨拶して沙苗の部屋へ向かう。洗面所から弟が出てきたので、結羅は軽く会釈する。弟も会釈した。
「お母さんも弟くんもカッコいいね! さすが沙苗の家族」
「そう?」
沙苗は軽く部屋を片付けながら言う。結羅はベッドに腰掛けている。
片付けが終わると、沙苗は結羅の横に腰をおろした。
「さて。どうした?」
面白がる様子はなく、わりと真剣な感じで聞かれたので、結羅はまた涙腺がゆるんでしまった。
そして大粒の涙を流し、沙苗の前で号泣してしまった。結羅が泣き止むまで、沙苗は同情するように眉を傾けて、結羅の背中を擦っていた。
やがて落ち着いた結羅は、今日のことを話した。それを黙って聞く沙苗。心情をより分かってもらうために、幻夜が結羅に求める要求があることも話した。『解放』の話だ。もちろん詳しい内容は言えなかったが。沙苗は特にその部分には拘らないといった反応だった。
話し終わった後、沙苗は開口一番に、
「考えすぎ!」
と言った。
結羅はズバッと言い放たれた言葉にポカンとする。
沙苗はフォローするように「気持ちは分かるけど」と付け加えた。
「結羅のその出来事は、全部頭の中だけで考えたことでしょ? 幻夜さんの『わけが分からない』って言葉は本当にそうだと思うよ。だってほんとにわけ分かんないもん」
結羅は沙苗にそう言われると、そんな気がしてくる。
「結羅はさ、たかだか15年しか生きてないわけじゃん? そんだけの経験しかないのに、頭の中だけで他人を推し量ろうなんて自惚れだよ」
沙苗は本当にいつもハッキリ物を言うなぁと結羅は感心してしまう。沙苗もたかだか15年しか生きていないはずだが、妙に説得力のある言葉を放つのはなぜなのか、と結羅は思う。
「そう····だよね。幻夜からしたら、暇なのか聞かれて、暇じゃないって答えただけで、勝手にいろいろ想像されて、もう一つの質問に答えたら突然泣かれて出て行かれたんだもんね····確かに幻夜の立場で考えてみると····ヒドいよね私····」
結羅は先日のベランダでのことも思い出す。
(幻夜は質問に答えただけなのに、その後無言で部屋に入られて鍵閉められて。····どんな気持ちだったんだろう)
自分のことで精一杯で、幻夜の気持ちを全く考えてなかった、と結羅は初めて気付き反省した。
沙苗は結羅の言葉に頷きながらも言う。
「ただ、幻夜さんが疑われるようなことをしてるのが悪いのは前提だよ。女ならそう思って当然だよ! でもその対応はもっと上手くやらなきゃね」
「上手くって、どうやるの?」
結羅は恋愛指導を受けているような気分になる。沙苗は本当に頼りになる。
「まず、これからの結羅の課題! 頭の中だけで考えるんじゃなくて、本人に何でも聞いてみること! 思ってること全部言ったらいいんだよ。特に男は言わないと永遠に分からないよ。察して欲しいとか思ってちゃダメ! むしろ幻夜さんなんて察してくれてる方だよ」
結羅はほうほうと頷く。
(何でも聞いてみる····か)
「あと、ちゃんと旅行に誘おうとしたのは偉かったよ。引き続き頑張って」
沙苗は笑顔で結羅を褒めた。
「それにしても、幻夜さんは厄介な人だね。モテるのは分かるけど。今まで本気で女の人を好きになったことなくて、数々の女性遍歴。容姿のせいもあるのかな?」
「その女性遍歴も、サキさん以外は幻夜の話でしか聞いてないし、詳しいことは何も分からないんだけどね。でもサキさんのインパクトが強すぎて。自分もああなるんじゃないかって恐怖心が凄くて踏み込めない····んだと思う」
沙苗はうんうんと頷く。
「それはほんとによく分かるよ。でもさ、幻夜さんにとってサキさんと結羅、同じように考えてるとは限らないじゃん」
「でも違うとも限らないよね?」
「そうだけど····そこは聞いてみないと何とも言えないんじゃない? 考えても仕方ないよ。あたしはそこで勝手に線を引いて別れるよりも、確かめた方がいいと思うけどね」
「ちゃんと答えなかったら?」
「そこは結羅がしっかりと聞くしかないよ。ミッションが増えちゃったね」
ハハッと沙苗は笑う。結羅は沙苗と話していると、自分の抱えている途方もないような問題が、何でもないことのように思えてくる。
そこで結羅は幻夜との別れ際を思い出す。
「私、『さようなら!』って言ったのにまたノコノコ出ていって問い詰めるとか、『なんだ? コイツ』って思われないかな?」
「それは思われる可能性あるね。てか思うよね、普通」
「ど、どうしよう」
「それは結羅が何故そんなことを言ったのかを説明するしかないね。その上で幻夜さんに気持ちを聞く。旅行中のミッションをクリアしてさらにその先まで進んじゃうことになるね。でもそれはそれでいいじゃん。その後旅行に行くかは結果次第ってことで。てことは結果次第ではあたしが行けるかもしれないのか!」
アハハッと沙苗は笑えないセリフを吐いて笑った。結羅はそれを想像して蒼白となる。
今日は泊まってったら? と沙苗に言われたが、突然お邪魔してそれでは家族に悪いし、明日の学校の用意も何も持ってきていないので帰ると行った。沙苗のおかげで精神も随分落ち着いた。
沙苗に見送られて、お礼を言い結羅は駅に向かう。
(そういえば、支狼に最近会ってないな)
ふと結羅は思ったが、今は目の前のことを片付けることに集中しようと足早に帰路についた。
恐る恐る部屋を覗いた。鍵をかけずに出てしまったので、ドアは閉まってはいたものの侵入し放題の状態だった。
(泥棒がいませんように)
出たのは昼間なので、電気は点いていなかった。結羅はすぐさま点けられるだけの電気を手当り次第に点けて、部屋の中に不審者がいないかを探る。
いざとなったら氷づけにしよう、と思いながら見て回る。
幸い部屋には結羅の他に誰もいなかった。ほっとして結羅はショルダーバッグを肩からおろす。
そして幻夜は出て行ったのか、と思う。愛想を尽かせてもう現れないかもしれない、とも思う。思えばいつも幻夜が結羅に会いに来ていて、結羅から会いに行ったのはサキに会ったあの一回だけだ。
結羅は今度は自分から行かなければ、と思った。そうしなければ何も変わらないような気がした。
そう思ったらいてもたってもいられず、今度は鍵を閉めて部屋を出た。
幻夜がいそうな場所にあてがあるとしたら、あの場所しかない。あの断崖絶壁。移動した時の方向や景色、時間などから、スマホで位置を特定しようとする。おそらくここ、という場所が見つかったのでアパートを出る。近くまで電車で行くことにする。
電車を乗り継いでとある駅に着いた。結羅の住むところよりは人が少ないと感じる。日曜日の夜なのも関係があるのかと結羅は思う。
山に向かって歩いた。思ったより距離がある。山に近づくにつれ人気がなくなる。
全く人のいない住宅街を歩いていると、後ろからヒタヒタと足音が聞こえた。結羅は警戒しながら歩く。しばらく歩いても足音はついてくる。住宅同士も距離があき、畑が多くなってきたところで、突然足音が近づいてくる感じがした。
結羅は足音が真後ろに来たところで振り向いて手をかざす。髪と目は青くなっていた。
見ると人間の男だった。無精髭の生えたおじさん。
結羅は威嚇するように冷気を纏う。手には特に大きく力を込めると、冷たい風が渦巻いたように手や手首の辺りに纏わりつく。
「········!」
男は怯んだように一歩下がる。結羅はすかさず言い放つ。
「早く去らないと氷づけにするわよ」
男は慌てて結羅に背を向けて走り去って行った。
ほっと一息ついて、結羅は力を抜く。人間に見せるのは良くないとは分かっていたが、そうしないと身を守れないと思った。
「····結羅?」
背後から声がして、結羅の背筋は伸びた。聞き間違えることはない。幻夜の声だった。結羅が力を使ったからそれを感知したのだろうか。
「········」
結羅は来てはみたものの、完全に心の準備が出来ていなかったことを実感する。言葉が出てこない。幻夜の声を聞いた瞬間、また何を言えばいいのか分からなくなってしまった。
しかし目を閉じて、覚悟を決める。いつまでも逃げているわけにはいかない、と強く思う。勢いよく振り向いて、言い放つ。
「五月三日の朝、まだ何時か決まってないけど、東京駅の新幹線乗り場に来て!! 旅行に行くから用意も持ってきてね! 来なかったら置いてくから!!」
大声でそれだけ言うと、結羅は鼻息荒くそのまま踵を返す。
(言った!! ついに言った!!)
「ま、待て。····家まで送る」
「いい! 一人で帰れるから!」
結羅はそのまま走り去った。興奮が冷めなかった。ここまで来て、あれだけのことしか言えなくても、結羅は満足していた。ボールは投げた。来るか来ないかは幻夜次第。
問題は先送りになってしまったが、最初の目的は達成した。
それからあっという間に日々は流れた。
結羅は幻夜を誘ったことを沙苗に話すと、沙苗は「よくやった!」と褒めてくれた。
詩織の修行も順調のようだった。
太悟には会うのは会うが、事件のことで忙しくあまり家にはいないらしい。
(まだ怪我が完治してないのに、そんなに動いて大丈夫なのかな)
と心配にはなるが、詩織のことを考えて、必要以上に太悟に構わないようにしようと結羅は思う。
ついにゴールデンウィークになった。あれから幻夜とは一度も会っていない。今日は来るかどうか分からない、と結羅は思いながら部屋を出た。
太悟の部屋のインターホンを押す。すぐに太悟が出てくる。
「おう」
太悟は短く挨拶する。楽しい旅行なのに、あまり楽しくなさそうな感じがするのは気のせいだろうか。
太悟と二人で話すのは久しぶりだった。事件のこともあまり聞けずで、今どのようになっているのか全く知らない。
そして重大なことを太悟に言っていない。もし来たらの話だが、幻夜が参加することを言えていないのだ。
結羅は東京駅に着くまでに言った方がいいだろうと思うが、もし幻夜が来なかった場合言い損になるので少し迷う。幻夜が来なければ結羅の恋は終わるのだが。
太悟と並んで歩くが、どう話を切り出そうか迷う。太悟も黙っている。
結羅は違う話から入ろうと、詩織の話を出してみた。
「し、詩織ちゃんの修行はどう?」
太悟は結羅の方を見ずに答える。
「順調だ。筋がいいよ、詩織は」
結羅は「そうなんだ。すごい詩織ちゃん」と返す。
結羅は何となく太悟がピリピリしていると感じた。
(事件のことで大変なのかな。それとも体のこと?)
それでも旅行に一緒に行ってくれるのは良かったと思う。
駅に着くと詩織が待っていた。
「え!? 詩織ちゃん!?」
結羅は驚く。詩織とは電車の中で一緒になると思っていたからだ。
「おはよ。楽しみで早く出すぎちゃって、ここまで来ちゃった!」
詩織はへへっと笑う。
三人は一緒に電車に乗る。太悟は詩織とは普通に会話している。結羅はやはり二人の距離が縮まっていると感じた。
詩織を真ん中に三人は歩く。電車も混んでいたが、東京駅はすごい人だった。
「さすがゴールデンウィーク!」
結羅は目を丸くして周囲を見た。
結局、幻夜のことを太悟に話せなかった。
(幻夜····来てるかな)
結羅は急に不安になる。もし幻夜が来なければ、自分はフラレたことになる。太悟の反応は気になるがそれよりも、幻夜が現れるかどうかの方が気がかりだった。
出発の時間が近づいたので詩織が結羅に小声で言う。
「幻夜さんは?」
「分からない。····来ないかも」
詩織は下を向く結羅を心配そうに見る。
その時、周囲が少しざわついたかと思うと、銀髪をなびかせた幻夜が現れた。半袖のTシャツに青いジーンズのラフな装いだ。荷物は何も持っていない。
結羅は目を見開いた。
(来た!!)
胸が高鳴るのを感じた。まだ何も話をしておらず、結羅の悩みが解決したわけではないが、来てくれたことが嬉しかった。今はそれでいいと思った。




