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結羅の正体②


 結羅は詩織の言葉が一瞬理解出来なかった。

 少し沈黙して考えて、やっとその意味を理解する。


「え····ええ!? 太悟兄ちゃんを····好きなの!?」


「しっ! 声が大きいよぉ」


 詩織が泣きそうな顔で結羅の口をおさえる。

 結羅はまさか詩織が太悟を好きだとは思っていなかった。確かに、太悟のピンチにすぐ駆けつけてくれたし、河童の時も協力してくれた。でもそれは太悟に対する好意からだとは思わなかった。


 それは結羅が今まで恋愛というものを身近に考えて来なかったことが関係する。


 結羅は中学の終わりまで同級生があまりいなかった。地元の小学校、中学校は人数が少なく、加えて女子が多かった。それに皆ほぼ幼なじみだったので恋愛対象として考えたことはなかった。


 太悟も同じだ。幼なじみのお兄ちゃん、という感じで、太悟に彼女が出来ることなど十分あり得ることなのに、結羅はそれを今まで全く考えて来なかった。


(詩織ちゃんと太悟兄ちゃんが付き合ったら····太悟兄ちゃんと今までと同じように接することは出来ないな)


と結羅は思う。


「太悟さんには、絶対に言わないでね」


 詩織は真剣に結羅に言う。


「言わないよ! でもびっくりした」


 結羅はヘヘッと笑う。詩織も「言っちゃった」と言って少し恥ずかしそうに笑った。




 結羅は一人、部屋で考えていた。今日も帰りに太悟の病室に寄ったのだが、詩織のことがあったので何だか照れくさくて早めに帰ってきた。


(詩織ちゃんは、太悟兄ちゃんが好きだからいろいろと協力してくれてたのかなぁ。河童の時は命を危険に晒してまで····)


 結羅は『好きになる』とは何なのか考える。


(相手のために何かしてあげたいと思うもの? でもそれは家族もそうだよね)


 結局よく分からない、と思う。




 詩織とはそれ以来その話はしなかった。幻夜とも支狼とも会わず、週末を迎えた。




 土曜日の朝、結羅は一泊分の荷物を持って、カーテンを閉め家を出た。

 電車を乗り継ぎ、村から一番近い最寄り駅に降り立つと久しぶりの故郷の空気を目一杯吸い込んだ。


(うーん! やっぱり落ち着く!)


 母親が車で駅まで迎えに来てくれるはずだ。結羅は改札を出て外で待つことにする。 ここからまだ三十分ほど車で移動しなければならない。


 しばらくすると一台の古びた自動車が、数台分しかない小さな駐車場に停まった。


「結羅!」


 窓が開いて、母親のキエが顔を出す。


「お母さん!」


 結羅は笑顔で車に駆け寄る。ほんの半月ちょっとの別れからの再会だったが、結羅は長い間会っていなかったように懐かしんだ。キエの腰についても聞いたが、もうすっかり良くなったようだ。


 車での移動中、結羅は新生活についてキエに話した。アパートや学校、太悟のことなど話は尽きなかったが、妖魔については一切触れなかった。なかなか話し出すタイミングが難しい。


 村に着くと、多くの村人が車越しに声をかけてくれた。家の脇に車を停め、中に入る。東京に住んでから改めて村を見ると、自然の多さや村人の温かさが身に染みる。


 結羅は慣れ親しんだ畳の居間で寛ぐ。ちゃぶ台の上にはキエの好きな煎餅が、木の器に入って置かれている。


 雪里村の人口は千五百人ほどだ。一応村の中に役所もあるし、小学校や中学校もある。村の中でやりくりできるように、市場や商店、小さな工場などもある。ただ若い世代の人口は減っている。皆都会へ出て行って帰って来なくなっているからだ。親の世代は子供のことを考えるとそれでもいいと思ってはいるが、跡継ぎ問題は深刻だ。


 結羅はお茶を持って居間に入ってきたキエをチラリと見る。


「あのね、お母さん」


「なぁに?」


「お父さんって、何してる人だったの?」


 結羅はこの質問を小さい頃にしたことがある。工場で働いていたと言っていたのを覚えている。その後事故で亡くなってしまったと。


 結羅はキエの辛そうな顔を見て、それ以来父親に関することは聞かなかった。


「····工場で働いていたのよ」


 同じ答えが返ってきた。


「事故で亡くなった?」


「そうよ。何よ、急に。お父さんの話なんかして」


 キエは困ったような顔をして結羅に言う。


「········私、自分が人間じゃないって気付いちゃったの」


 言ってしまった。と結羅は思った。母の反応が怖くて顔を見れなかった。


 結羅は下を向いていた。汗がじんわり顔の側面を流れる感じがした。


 あまりにも長い沈黙の後、結羅が顔を上げると、キエは涙を流していた。


「····お、お母さん····」


「····いつか、こんな日が来ると思ってた。でも····もっと先のことだと····」


 キエは嗚咽を漏らした。結羅はキエの元に寄り添い、抱き締めた。


 キエは落ち着くと、ゆっくりと話し始める。


「あなたは、本当は私の子じゃないの」


 その言葉は結羅にとって衝撃的だった。母は母だと思っていたからだ。


「········え?」


 父親が妖魔なんじゃないの? と結羅は頭が混乱する。


「結羅。本当は私はずっとあなたの母親でいたかった。でもね、雪白さんに言われたの。『その子は妖魔だから、いつか仲間の元へ戻る』って。確かに書いてあったの。あなたを山の中で拾った時『十六歳までこの子を育てて』って手紙が····」


「ちょ····ちょっと待って! ごめん! 話についていけない」


 結羅は額に手を当てて、混乱する頭を整理しようとする。


「私は山で拾われたの!?」


 キエは「順序立てて説明するわ」と言い、再び話し始める。


「私はお父さんとの子供を出産したの。人間の子供。その子は生後数日で病気で死んでしまった。その子を妊娠中にお父さんが死んで、その子だけが希望だった私は、もう生きる意味を失くしてしまったのよ····」


 キエは思い出すように遠い目をして言う。


「その子を山に埋めに行った帰り、私は死のうと思っていた。その日は大雪で、誰も外に出ていなかったわ。山の奥に入った時、赤ん坊の元気な泣き声が聞こえて、まさかと思って声のする方へ行ってみたら、あなたがいたのよ」


 キエは少し笑った。その瞬間を思い出すように。


「白い産着を着て、真っ白な綺麗な顔をした赤ちゃんだった。大雪なのにとっても元気だったのよ。私は何も考えずに、気づいたらあなたを家へ連れ帰っていた。我が子を連れ帰るように。そして、それまでどおり我が子を育てるようにあなたを育てたの」


 結羅は黙って話を聞いていた。衝撃的な内容だが、不思議と受け入れられないでもなかった。


「最初のうちは問題なかったの。みんな私の子供だと思ってたわ。でも雪白さんに気づかれてしまった。『微かだけど妖魔の気配がする』って。私はその時妖魔なんて知らなかったし、問い詰められた時もシラを切ったわ。でも薄々おかしいと思ってはいたの。そして二歳になった冬、あなたはマイナス20度の寒さの時に、下着姿のまま裸足で外を走り回っていたの。それはそれは元気に。その時、ゾッとしたわ。それで雪白さんに話したの。あなたのことを」


 結羅は自分の体質について考える。寒さに強く、暑さに弱い。それは何を意味するのか。


「雪白さんは、すぐにでも山に返した方がいいと言ったわ。そうした方がいいとは分かってた。でも出来なかった。だってニ年間育てたんだもの。手放せなかったの。泣いてこの村に置いてくれって頼んだわ。雪白さんは困ってた」


「さっき言ってた手紙っていうのは、何なの?」


 結羅は思いの外冷静に話を聞けていた。キエが実の子ではない自分を愛してくれていたと思えたからだろうか。


「あ、そうそう。あなたは山で小さなカゴに入っていたんだけど、そのカゴの中に手紙が入ってたの。さっきの内容ね。それはあなたの、実の母親が書いたんでしょうね····」


 『実の母親』のところで少し言葉に詰まった感じがしたが、母親がハッキリとそう言ったのを聞いて、結羅は自分の運命を受け入れ始めていた。


「私はあなたが16歳になると、母親が迎えに来ると思ってたの。だからあなたを東京へ行かせた。出会わせないために。少しでも長く私の子でいて欲しかったから」


 キエは再び涙を流して結羅を抱き締めた。結羅も泣きながら母の背中を両手で包む。


「お母さん····私はずっとお母さんの娘だよ。これからもずっと」


「結羅····」


 そしてキエは思い出したように言う。


「『結羅』という名前も、手紙に書いてあったの。そのまま名付けるかは迷ったんだけど····まだ届けを出してなかったから、結局そのまま届けたのよ」


「そうなんだ····」


(実の母親が名付けた名前····)


 それから村長が太悟を結羅の世話役のようにしたそうだ。そして頃合をみて結羅が妖魔であることを話した。太悟は驚いてはいたが、すんなり受け入れたそうだ。


 結羅は母が居間から出た後、一人静かな気持ちで座っていた。


(案外落ち着いてる····私)


 結羅は母が自分をどれだけ愛し育ててくれたかが、今まで以上に分かって満たされた反面、実の母親が別にいるという現実を突きつけられ少し複雑だった。

 しかしその複雑さは、自身を否定するほどではなかった。年齢がもう少し低ければ受け入れられなかったかもしれない。

 結羅はすでに受け入れていた。そして前に進もうとしていた。


 その道は二つに分かれている。


 人間として生きるか、妖魔として生きるか。


(今は決められない。でも前に進めばいつか必ず決めなければならない時が来る)


 結羅は今は気づかないフリをした。道は二つに分かれた後、また一つに合わさっていることに。しかしそれは人間として関わってきた人たちとの決別を意味する。今の結羅には辛すぎる現実だ。だから今はその先は見ないフリをする。


 夕食をキエと二人で用意する。たくさんダメ出しをされ落ち込む結羅。しかしそれすらも優しい一時と思えた。


 夜。結羅は眠れなかった。縁側に出て体を冷やす。やはり東京よりは涼しい。


 キエとの会話を思い出す。


(実の母親は、山に住んでる妖魔なのよね。どんな人なんだろう)


「一緒に行ってやろうか?」


 不意にどこからか声が聞こえて、周囲を見渡す。まさかここにいるわけがない者の声が。


「幻夜?」


 結羅は夜中なので声をおさえて言う。左右を見てから上を見ると、屋根からひょこっと顔を出す幻夜が見えた。


「何でいるの!?」


 小声だが叫ぶように言う。幻夜は屋根から飛び降りると、華麗に結羅の目の前に着地した。


「『実家に帰る』と言っていただろ? つけてきた」


 結羅は開いた口が塞がらない。ストーカーか! と突っ込みたくなる。


「一緒に行くって、どこに行くのよ」


 結羅はぶすっとして聞いた。


「もちろん、結羅の故郷にだ」


「········え?」


(私の故郷?)


「厳雪山の主のところだ」


 結羅は頭が吹っ飛びそうになる。確かに実の母親はどんな者なのか気になるが、会いに行こうとは思っていなかった。


「いやいや! いいよ! 会いに行くつもりないから! どんな顔して会ったらいいかも分からないし! ていうか厳雪山の主のところに母親がいるの?」


 結羅は慌てて言う。


「厳雪山の主が結羅の母親だ。雪女の里にいる」


(雪女····!! 厳雪山の主····が私の母親!?)


 そこで結羅は気づく。幻夜は全て知っていて、キエとの会話も聞かれていたことに。


 そして厳雪山の主とは誰だったかを思い出す。妖狐族を返り討ちにしためちゃくちゃ強いヤツ····と支狼が言っていた。


(ええ!? その人が私の母親なの!?)


「雪女の里····てことは、私は雪女?」


「そうだ。正確には雪女と人間の混血らしい」


(えっ!? 私半分は人間なの!? てことは父親が人間!?)


 衝撃的なことを幻夜はいつもさらりと言う。結羅は頭が沸騰しそうになりながらも、努めて冷静に考えようとする。

 半分は人間であるというのは、母親の話を聞く前にも思っていた。父親が妖魔、母親が人間だと。それが逆だったらしい。あくまで幻夜の話が本当なら。

 結羅は何故か母親の話を聞いてから、自分は純粋な妖魔だと思い込んでいた。


「····そこに行ったとして、私は何を得られるの? 混乱するとしか考えられないんだけど····」


「真実を知れる。自分がどのような存在なのか。これからどのように生きていくのかも、自分を知らなければ決められない」


「········!」


 確かに、と結羅は思った。雪女とは言っても、それがどのような者たちなのかは分からない。自分が何者かを知る。それは確かに必要なことであると結羅は思った。


「····厳雪山に行く。一緒に来てくれる?」


 幻夜はふっと笑って頷いた。


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