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結羅の正体①


 太悟は、結羅が妖魔を見ている間に先程の教室に神石を取りに行った。


 結羅の元に戻り、凍りついて全く動かない妖魔を見る。

 先程までは恐ろしかった凶暴な妖魔だが、氷の彫刻と化した姿には、思わず見入ってしまう。氷の中で、永遠に生き続けているように生々しい。それほどに、結羅の作り出した氷は透明度が高く美しい。


 神石を当て、その体を浄化する。大きな体からは霧のようなものが立ちのぼり、やがて妖魔の姿は跡形もなく消えた。


「そんなことも出来るんだね」


 結羅は驚いて神石を見る。


「それはこっちのセリフだ」


 太悟は青い髪と目をした結羅を横目で見て言う。これね、と言って結羅は話し出す。


「……何か分からないけど、意識を失っている間に夢を見たの。竜のようなものが出てきて、私に何か言ってた。自分が妖魔だってことは、実は前から気づいてたの。目が覚めた時には力の使い方が分かってた」


「…………」


 太悟は釈然としないというような顔をしている。


(神石に当たったことがきっかけで力に目覚めたのか? でも妖魔なら、神石に触れると無事では済まないはずだ。結羅の場合、気絶はしたが外傷はなさそうだ。今まで妖魔の力を使えなかったことが関係するのか?)


 それなのに太悟は結羅に神石を当ててしまったので、結果無事だったとはいえ、そのことは深く反省する。


「結局、アイツが失踪事件の犯人だったんだよね?」


「……そうだな。生徒は皆殺したと言ってたが、生存者がいないか探さないといけない」


「そんな……。あれは何者だったの? 蜘蛛のような脚があったけど……」


「あれは女郎蜘蛛の妖魔だな。おそらく百年以上生きていた相当力を持ったやつだった。それを一瞬で凍らせるとは、結羅は恐ろしいな」


 厳雪山の主の娘というのは本当かもしれない、と太悟は幻夜の話を思い出す。


 教室を一部屋一部屋見ていく。ある部屋で一人の生存者を見つけた。


「お前!」


 太悟は生存者に声をかける。


「あ……ば……化け物……は?」


 その人物は、太悟と一緒にここへ来た男子生徒だった。


「死んだ。もう大丈夫だ」


「先生……は?」


「……“糸川先生”という者は存在しない。悪い夢を見たと思って忘れた方がいい」


 生徒は目が覚めた後もずっと気絶したフリをしていたそうだ。太悟はその対応は正解だと頷く。あの妖魔は人間をもてあそんで快楽を得るのを目的としていたようだから、それで助かったのだろう。

 なかなか機転が利く、と男子生徒の対応に感心した。それと同時に生きていてくれたことに感謝した。太悟が怪我を負った際、生徒は糸に捕らえられて気絶していたので、助けることが出来ずにその場を離れたことをずっと悔やんでいたのだ。

 その後隙あらば生徒を探していたが、見つけることが出来なかった。


 そして太悟は沈痛の面持ちで犠牲者たちを悼んだ。


 校舎内をくまなく探したが、他に生存者は見当たらなかった。被害者の痕跡を探すには警察の協力が必要だ、と太悟は思う。しかし妖魔の仕業とは言えないので難しい。


 校舎を出ると、扉の前でウロウロしている詩織がいた。


「あ!!!! 太悟さん!! 結羅ちゃん!!」


 詩織は大粒の涙を流し、二人に駆け寄る。三人は抱き合って再会を喜んだ。結羅は詩織がここを見つけてくれたのだと太悟に説明した。


 太悟が詩織にお礼を言うと、詩織は恥ずかしそうに笑った。


「物凄い音が何度もするし、途中別の大きな気配がして、もう中がどうなってるのか私、心配で心配で……」


 結羅の髪と目は、神石で妖魔を浄化した後いつの間にか元に戻っていた。そのためその姿は太悟しか見ていない。


 後ろをついてきている男子生徒は、結羅と詩織にデレデレしている。


「太悟兄ちゃんも……えっと……」


「あ、佐々木だよ。佐々木け……」


「佐々木さん。二人とも、怪我の具合はどう?」


 佐々木という生徒は、名前を名乗り損ねたが、上機嫌で答える。


「大丈夫! 何ともない」


「太悟兄ちゃんは?」


「うーん、たぶん2〜3本折れてる。まあでも大丈夫だ」


 結羅と詩織はギョッとして太悟を見る。


「え!? 折れてるの!? 病院行かなきゃ!」


「いや、大丈夫だよ」


「大丈夫じゃないよ! お願いだから病院行って!」


 結羅に必死に頼まれ、太悟は渋々了承する。駅前の大病院に即入院になった。


「寝間着は貸してくれるそうだけど、いろいろと必要なものを買ってくるね」


 詩織と佐々木はそれぞれ自宅へ帰り、結羅だけが病室に残った。小さい個室を案内されたのでゆっくり休めそうだ。


 結羅は病院内の売店で買い物をしながら、改めて太悟が無事で良かったと思った。


(自分が妖魔を倒す力を持っていることを肯定的に考えられるなんて……)


 あの時、力を出せていなかったら二人とも死んでいたかもしれない、と思うと怖くなる。


 病室に戻ると太悟は眠っていた。


(疲れてるよね)


 結羅はベッドの横に買った物を置くと、太悟の寝顔を見てからその場を立ち去ろうとした。


 その時、ギュッと手首を掴まれる。


 ハッとして振り向くと、太悟が上半身を起こしているのが見えた。すぐにそのまま手首を引かれ、結羅は太悟の胸に飛び込んでしまった。


(あ! 骨折してるのに!)


 結羅は離れようとしたが、そのまま両手で抱き締められた。


「え?」


 太悟の顔は見えない。


「太悟兄ちゃん……」


「結羅。俺はお前が妖魔だとずっと前から知ってた。だから人間だとか妖魔だとか、そんなことは俺にとってはどうでもいい。結羅は結羅だ」


 太悟は力を込めて言う。


 結羅は太悟がずっと自分を守ってくれていたことを知っている。妖魔だと分かっていても、それを自分に気付かせまいと気に遣ってくれていた。それはどんなに大変だっただろうと思う。


「有り難いなぁ……どうしてそんな風に考えられるの?」


 目から涙が流れ出る。


「……っ太悟兄ちゃん……ありがとう!」


「……結羅……」


 それから太悟は申し訳なさそうに言う。


「それと御札のことだが……本当に悪かった。まだ時期的に反応があると思わなかったんだ」


 結羅は首を振って言う。


「気にしないで。御札を渡したのは正解だし、太悟兄ちゃんは何も間違ってないよ。渡した時は同じ高校だって知らなかったもん」


 続けて結羅は疑問に思っていたことを聞いてみる。体を離し、太悟の顔を見る。


「あのね、太悟兄ちゃん。お母さんって……このことを知ってるのかな?」


 太悟は頷く。


「知ってる。結羅が妖魔だと知っているのは、俺とキエおばさん、そして親父だ」


(村長さんも……)


 結羅は母親が知っていると聞いて、どちらかというと安堵した。


「俺が知ったのはいろいろと分別がつくようになってからだけど、親父とおばさんはもっと前から知ってる。その辺りの話は、おばさんに直接聞いた方がいい。俺が知らない話も聞けるだろう」


 結羅はコクリと頷いた。


「太悟兄ちゃんは全治二ヶ月だよね。今度の休みに一人で村に帰って、お母さんと話してくる」


「入院は二週間だけどな。でも早めに話し合いたいだろうから悪いが一人で行ってくれるか?」


 太悟は一緒に行きたそうだったが、結羅の気持ちを考えてそう言った。結羅は頷く。


「ていうか太悟兄ちゃん、そんな怪我でよく動けたね。私が気絶した後、どうやって別の部屋に移動したの!?」


「もちろん抱えてだ。そんなものは気力でなんとでもなる!」


 結羅は苦笑したが、そうしなければ死んでいたと考えると、火事場の馬鹿力というヤツなのかと納得した。


 そこでふと、大事なことを思い出した。


「太悟兄ちゃん!! 誕生日おめでとう!!」


 唐突な結羅の言葉に、太悟は目を丸くする。


「あ、ああ。そうだった。すっかり忘れてた」


 そしてふっと笑って言った。


「ありがとう」


 結羅はついさっきまで忘れていたことを悔やむ。いろいろあったとはいえ、申し訳ないと思う。


「危うく誕生日が命日になるところだったな」


 ハハハッと笑う太悟に


「笑えないよ!」


と結羅はツッコむ。


 それから今までのことを話していて、気づくと夕方になっていた。誕生日のお祝いは退院後に改めてすることになった。結羅は太悟にゆっくり休んでと言い、病院をあとにする。


(支狼に会わせる件も延期だよね)


 結羅は明日支狼から服を受け取らなければと考えながら、しばらく確認していなかったスマホを開く。


 沙苗からメッセージが来ていた。


(えっ!?)


 内容は、朝玄関前に支狼に貸していた服が畳んで置いてあった、というものだった。


(支狼……意外とキッチリしてるのね)


 感心しながら沙苗に返信する。支狼の服も同じ場所に置いておくつもりだそうだ。


 帰り道、結羅は妖魔について考える。支狼や幻夜のような話の通じる妖魔もいる一方で、女郎蜘蛛のような残忍な者もいる。

 自分は前者でいたい、と思う。女郎蜘蛛のようになるとは今はとても思えない。女郎蜘蛛は百年は生きているだろうと太悟が言っていた。自分の寿命がどのくらいか分からないが、長く生きていると変わることもあるのかもしれない、と神妙な面持ちで考えた。


 


 次の日、校門近くで詩織に声をかけられた。


「結羅ちゃん! おはよう!」


 明るく肩を叩かれ、結羅は笑顔で返す。


「おはよう!」


 ちょうど後ろからやってきた沙苗がその様子を見て、


「あれ? 仲直りしたの?」


と言う。二人はそれを聞いて顔を見合わせて笑った。

 あの後の詩織とのメッセージのやり取りで分かったのだが、やはり詩織は太悟に、結羅に近づかないよう釘を刺されていたのだそうだ。理由を言ってくれなかったため、詩織といると妖魔が近づいて危険だからだと思っていたそうだ。


 沙苗は教室に入った後、昨日玄関の外に置いていた支狼の服が、今朝にはなくなっていたと言った。


 結羅はその日一日、複雑な思いで過ごした。

 妖魔であることが確定してしまった自分が、普通の高校生活を送っていて良いものかと考えてしまったのだ。


(私の他にも、人間のフリをして学生生活を送っている妖魔はいるのかな)


 結羅は支狼のことを思い浮かべる。支狼はカフェに行ったのも初めてと言っていたし、人間に慣れていないようだったから学校へは通っていなさそうだと思う。


(幻夜……は、美容院で働いてたし適応能力が高そうよね)


 幻夜はどうなのか聞いてみたいと思ったが、すぐに長い間眠っていたと言っていたことを思い出す。


(『長い間』ってどのくらいだろう。そして封印される前の幻夜はどうだったのかな)


『数え切れない数の人間を殺した』


という言葉が突然脳裏をかすめて、ゾッとした。


(今の幻夜からは想像出来ない。あの突然様子がおかしくなったことと関係あるのかな)


『もう時間がない』と言っていたことも思い出す。


 『時間がない』とはどういう意味か。結羅はいろいろと分からないことが多い、と頭を悩ませる。


 そして結婚歴のことも思い出して気分が悪くなる。


(結婚してたってのは、妖魔と? それとも人間と?)


 どちらでも嫌だ、と思った。


(まさか子供なんていないよね!?)


 最悪の想像をしてしまい真っ青になっていると、沙苗から「大丈夫?」と言われる。


 学校が終わり、部活の時間になった。結羅はまだ部活を決めていない。沙苗はバレー部、詩織は家庭科部に決めたそうだ。


 結羅は部活をどうしようか悩んでいる。これから妖魔に遭遇する機会が増えたり、事件に巻き込まれることもあるだろうということを考えると、呑気に部活に入っている場合ではないのかも、と思う。


 運動部は毎日練習があり、朝練があったりもするので忙しい。それに編入生以外は基本的に途中入部を認められていない。

 その点文化部は空きがあれば途中入部出来るし、毎日活動がない部活も多い。


(とりあえず運動部はやめとくか)


 結羅は自分の立場を考え、残念だが諦めようと判断する。体がこれからどう変わるかも分からない。夏の暑さも心配だ。


 太悟が以前詩織に言っていた『特殊な体質を持つ者は16歳になるとその特性が強くなる』という条件で考えると、自分は少し早く覚醒したのか、それとも16歳になるとさらなる覚醒があるのか、というのも結羅を悩ませることの一つだ。

 詩織の誕生日は八月と言っていた。ということは詩織も少し早く目覚めたことになる。

 それに結羅の場合、神石に触れたことにより強制的に目覚めた可能性もある。


(お母さんや村長さんに聞けば、それも分かるのかな)


「結羅、今日は口数少ないな。ボーッとしてること多いし。何か悩み事?」


 沙苗が心配して言う。


「あ、ううん、ごめんね。何でもない」


 結羅が眉をハの字に傾けて笑うと、沙苗は「あっ!」と思いついたように声を出した。


「もしかして超イケメンの婚約者の件?」


「え? 何の話?」


 隣を歩いていた詩織が興味津々に聞く。新入生の部活はゴールデンウィーク明けからなので、三人はいつもどおり校門までの道を並んで歩いている。


 沙苗は土曜日に幻夜に会った件を話した。詩織は驚いて結羅を見る。


「え!? 太悟さんは!?」


「太悟って誰?」


 沙苗と詩織に問い詰められて、結羅はタジタジだった。


 沙苗と別れた後、結羅は幻夜のことも詩織にざっと差し障りない程度に説明した。詩織は妖魔のことを知っているので、幻夜が妖狐であることも打ち明けた。


「結羅ちゃん、いろいろと大変だね」


 詩織は同情するように言う。結羅は幻夜に対してどう思っているのかは、自分でもよく分からないので話さなかった。なので詩織は結羅が幻夜に一方的に付きまとわれている、と理解したようだ。


 沙苗には太悟のことを保護者代わりの幼なじみと説明した。幻夜のことは沙苗に説明するのが難しいので、婚約者として留めておいた。もっと話したそうにしていたが、また今度と誤魔化した。


 帰りに反対方向の電車に乗り、太悟の病院に寄る。


 太悟の病室の扉を開けようとすると、中から話し声が聞こえた。結羅が聞き覚えのある声だなと思いながらノックすると「どうぞ」という太悟の声が聞こえる。


 中に入ると石田がいた。


「石田さん!」


「ああ。あの時の! えっと……結羅ちゃん!」


 石田は今日は非番らしい。今回の事件の話をしに太悟の元へ来たそうだ。


 太悟は石田に電話し、女郎蜘蛛のことを伝えて警察にどう言うべきか相談した。すると直接来てくれたというわけだ。

 石田が帰った後、太悟は結羅に石田とのやり取りを話した。


『そんなに強力な妖魔だったとは……一人で対処させて申し訳ないことをした』と言って石田は豪勢な御見舞いを持ってきてくれたそうだ。焼き菓子やチョコレートなど、たくさんの品が台に置いてあった。


 石田はこの地域の管轄ではないため、自由に動くことは出来ない。かと言って地元警察を動かすには根拠が必要だ。『知り合いがここの管轄だが、結局妖魔に辿り着くことは出来なかった。辿り着いたところで、対処は出来なかっただろう』と言っていたらしい。


『建物を調べて、被害者の痕跡があれば失踪事件が殺人事件に変わる可能性が高い。失踪事件は地元警察も頭を悩ませてるから、太悟さんが被害者として訴えれば捜査が入る。糸川香凛を殺人犯として指名手配することになるだろう。犯人が見つかることはないが……』


とも言っていたようだ。

 太悟は結羅が関わっていたことは石田に話さなかったらしい。結羅が妖魔であることを知られるわけにはいかないからだ。


 それからもう一つ。太悟が気がかりなことがあった。


「糸川香凛が架空の人物ならいいが、もし本物を殺し成り代わっていた場合、指名手配してしまうと厄介なことになる」


というものだった。それも石田に言ったらしい。その場合は糸川自身も被害者ということになる。親族からすれば、被害者か指名手配犯かは大きな違いだ。


 石田はその点も踏まえて考えて、また連絡をくれるらしい。


「事後処理も大変そうだね……」


 結羅は太悟に言う。


「被害者の供養もしたいしな。退院後は忙しくなる」


 太悟はふぅと息をつく。


「無理しないでね。何か必要な物はある?」


 太悟は結羅を見て笑顔で言った。


「いや、大丈夫だ。ありがとう、結羅」


 結羅はもっと話したかったが、太悟が疲れていそうなので早めに帰ることにした。




 アパートに戻り、一息入れる。そしてスマホを開いて、母親に『今週末に帰る』と連絡する。


 すぐに返信音が鳴った。


『なによ、もうホームシック?(笑)』


と、母親から早くも返事が来た。


 結羅はふっと笑ってさらに返信する。大事な話の内容は会って直接言いたいので、今は当たり障りのない返事をする。





 次の朝、風が気持ちよくて結羅は布団で寝返りをうつ。昨夜暑さに耐えられず窓を開けたのだ。


「目覚めたのか?」


(……まだ。もうちょっと寝たい)


「…………」


 結羅はガバッと飛び起きる。

 目覚めたばかりの目に、見慣れた派手な容姿が飛び込んで来る。


「な……なな…………なんでいるのっっっ!?」


 結羅はみるみる真っ赤に染まる顔を隠すように片腕を上げて叫ぶ。寝起きから幻夜の顔を見るのは心臓に悪い。寝癖のついた髪もとりあえず手でおさえる。


 幻夜はそんな結羅をじっと見ている。今日も瞳は赤い。


「……気配が変わった。覚醒したのか?」


「!」


 結羅は落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせ、大げさだが深呼吸をすることにした。

 少し落ち着いて、息を整える。


「……うん。神石に触れた後に突然。必死だったからあんまりちゃんと覚えてないけど、氷のようなものを出した……と思う」


「…………そうか」


「…………」


(何この空気。耐えられない。聞いといて反応薄っ!)


 結羅は幻夜と二人きりでいることに落ち着かない。早くこの場から逃げたいと思う。


(ていうか、幻夜が出ていってくれないかな)


 ちらりと幻夜を見る。居座る気なのか、どっかりと座っている。学校へ行く用意もしなければならないし、少しイライラする。


「太悟はどこに行った?」


 結羅の感情とは裏腹に幻夜がマイペースに聞いてくるので、幻夜を見ずにぶっきらぼうに答える。


「太悟兄ちゃんは妖魔と戦って重傷だから入院中!」


 幻夜は「そうか」と言ってまた結羅をじっと見る。


「何を怒っている?」


 察したのか、結羅の顔を覗き込んでくる。そして思い出したように言う。


「この前のことか?」


 結羅は幻夜の元奥さんや子供のことを想像していたのを急激に思い出す。


「違うわよ!!」


 無性に腹が立ってつい怒鳴ってしまう。


「出てってよ!! 学校に行くんだから! 二度と来ないで!!」


 幻夜に向かって枕を投げつける。顔に当たる直前に手で防がれるのにも腹が立つ。


 自分でも何故こんなに怒っているのかが分からないので説明のしようがない。


 分からないがとにかく腹が立つのだ。


 幻夜は分かった分かった、とばかりに腰を上げる。


「また来る」


「来ないで! 今週末はいないし!」


「なぜだ?」


「実家に帰るから!!」


 幻夜を窓から追い出して窓を閉め、勢いよくカーテンまで閉める。


(ほんと、なんで私こんなに怒ってるんだろ……)


 幻夜がいなくなると急に冷静になり、客観的に自分の言動を考えるとちょっとやりすぎたかなと思えてくる。


(いや! でも! 私に許嫁許嫁言っといて何回も結婚してて、新しい彼女まで作ってるって、そっちのがおかしいでしょ!)


 そう思った後、ふと考える。


(幻夜が私を許嫁と言ってるのは、私が幻夜を『解放』するから……なのよね。別に私のことを好きだからではないのよね。……それなのに私がそう思うのはおかしい……?)


 ずーんとなにか重たい物が心にのしかかったような気がして、気分が悪くなる。


 これ以上このことを考えるのは嫌だった。


 のろのろと学校へ行く準備をして家を出る。



「おはよ……って暗っ!!」


 沙苗は結羅の肩を後ろからポンッと叩いて顔を見たと同時にギョッとして言う。


「あ、おはよ……」


 結羅は自分がそんなに暗い顔をしているとは思っていなかったが、沙苗にそう言われて少し口角を上げてみる。


「いや……なんか怖いよ。目が笑ってないし。何かあったの?」


「あ―……うん。あった」


 結羅は白状することにした。これ以上自分の中だけで抱え続けるのはしんどかった。


 沙苗に幻夜が妖魔であること以外の大まかな事情を説明した。


「何それ最低じゃん!!」


 沙苗が大声で言うと、教室にいる周りの生徒が沙苗を見る。しかし全く気にしない様子で沙苗は続ける。


「そんなやつと縁組させる親も親だよね。知らないの!? 婚姻歴があること!」


「あーそれは……知らないと思う」


 幻夜が勝手に『親が決めた許嫁』と言っているだけなので、母親を巻き込みたくなかったが、予感能力のある者の紹介だとかの説明は出来ないので、心の中で謝る。


「騙してたってことだよね? 今から解消出来ないの!?」


「さぁ……でもそれよりも、幻夜の心境が分からないというか……。何でサラッとそんなことを言ったりするのか。私がどう思おうがどうでもいいってことなのかな?」


 沙苗は意外という顔で結羅を見る。


「……結羅は幻夜さんのことが好きなの?」


「えっ!?」


 そんなわけないでしょ! と思うが、そう言われるとよく分からなくなる。『好きになる』とはどういう状態のことを言うのか、結羅は恋愛経験がないので分からない。


「何でそうなるの?」


「だって、騙されてたなら解消するのが筋じゃない!? でもそれよりも幻夜さんの気持ちの方が気になるってのは、そういうことなのかなって」


「…………」


(解消……。そもそも私たちの関係ってどんな関係なの? 本当の許嫁じゃないし。考えてみると、私が幻夜を“解放”してあげる義理はないよね。ただ単に幻夜がそれを期待して私に近づいてきただけなんだから)


 結羅は沙苗の言葉に頷く。


「そうだよね。関係を解消するのが筋よね。私に特にメリットないのに協力する意味が分からないし」


 沙苗は結羅がうんうんと頷きながらそう言うのを少し心配そうに見る。


「解消して、結羅は本当にいいの?」


「…………」


 そこで担任が教室に入って来る。担任の話が始まり、結羅たちは話を中断した。




 授業中も結羅は幻夜との関係について考えていた。やはり自分が幻夜を解放するのに協力する理由が見つからない、と思う。


 そして苦しむ幻夜を思い出す。


(そりゃ……何とかしてあげたいとは……思ったけど)


 犬神や支狼から助けてくれたことも頭をよぎった。


(それも全部、私を利用したいからなんだよね……)


 胸が締め付けられるような思いがして、きゅっと眉を寄せた。




 帰りに沙苗と詩織と並んで歩いていたが、沙苗は幻夜の話をしなかった。詩織は結羅の元気がないのでどうしたのかと尋ねる。


「まあいろいろある年頃だから」


 沙苗がニッと笑って詩織に言う。詩織はきょとんとしていたが、何も言わずに歩を進めた。


 沙苗と別れて、詩織と結羅は二人でいつもの帰り道を歩く。


(そういえば、最近支狼見ないな。詩織ちゃんといるからかな)


「結羅ちゃん、いろいろあるの?」


 唐突に詩織が聞いてきた。


「え? あ、ま、まあね」


 詩織は少し黙って下を向いていたかと思うと、また顔を上げて言った。


「もしかして……太悟さんとのこと?」


 結羅は目を丸くして詩織を見る。


「え!? 太悟兄ちゃん!? 違うよ」


 即座に否定する。結羅のその反応を見て、詩織はほっとしたように、


「そ、そっか! なぁんだ」


と言う。


 何故太悟のことだと思ったのだろうと不思議に思っていると、


「結羅ちゃん、私ね」


と詩織が緊張したような面持ちで話し始めた。


「太悟さんのことが好きみたい」


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