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相次ぐ失踪事件③


 太悟は目撃情報を元に糸川講師を探していた。しかし未だに会えずにいる。


(もう大学の構内にはいないのか?)


 妖魔の気配は全くない。巧みに隠しているのか、もし妖魔だとしたら厄介だなと思う。


「さっきから糸川先生を探してるのって君?」


 突然後ろから声をかけられて、太悟は驚いて振り返る。


 見ると小柄な男子生徒がポツンと立っていた。


「あ、ああ。糸川……先生の居場所を知ってるか?」


「知ってるよ。呼び出されてるから。今から行くけど、一緒に行く?」


 太悟は勢いよく頷いて、一緒に廊下を歩く。


「糸川先生、新任なのに早速人気者だよね。ファンは男子ばっかだけど」


 ハハッとその男子生徒は笑う。


「呼び出されてるって、何でだ?」


「特別授業だよ。熱心な生徒にだけ特別授業をしてくれるみたいなんだ。君が先生のことを探してるのに気付いて、先生が君も連れてきてって」


(特別授業?)


 太悟は警戒心を高める。


 男子生徒は大学の敷地内のどんどん奥に向かって行く。それについていく太悟。


 やがて古びた建物が姿を現した。廃校舎のようだ。


(こんなものがあったのか)


 太悟は初めて廃校舎の存在を知る。それもそうで、鬱蒼とした藪を抜けなければここには辿り着かない。そしてこの建物は大学のものではなく、中学校か高校のもののように見えた。


「ここは知る人ぞ知る心霊スポットらしいよ。目立たない場所にあるから、あんまり有名じゃないけどね」


「こんなところで特別授業があるのか?」


 太悟は少しは怪しめよと言わんばかりに男子生徒に言うが、男子生徒は平然と答える。


「当たり前だよ。特別授業というのは建前で、先生との逢引あいびきの場なんだから」


 太悟はそれを聞いて絶句する。


「先生に選ばれた生徒しかここには来れないんだ。君もラッキーだね」


 妖魔が人間を襲うには最適な場所だ、と太悟は思う。


 微かだが建物に近づくごとに妖魔の気配が漂ってくる。


「帰った方がいいぞ」


 太悟が男子生徒に忠告するが、構わず生徒はさっさと建物の扉に近づいていく。


「帰るわけないだろ?」


 何言ってるんだというように、生徒は扉を開ける。扉の中は薄暗く奥はよく見えない。


 「先生、どこですか?」と言って先に中に入ってしまった生徒の頭上に、しゅるしゅるっと糸の束のようなものが降りてくるのが見える。


「! 危ない!!」


 太悟は庇うように生徒に飛びついて建物の中に飛び込んでいく。


 捕らえるものを失った白い糸の束は、うねうねと扉を塞ぐように蠢いている。


「な、何!?」


 生徒は糸を見て真っ青になる。


「まずい……」


 突然の強力な妖魔の気を感じて、太悟は冷や汗をかく。


(かなりの手練てだれだ……)


 考える時間はくれないようで、今度は別の所から糸の束が現れる。先程より太い束だ。


 太悟は間一髪で避けたが、真っ青になって座り込んでいる生徒はあっさりと糸に捕まってしまう。


「ぎゃあああっ!!」


 ギリギリと締め付けられてあえなく気絶する生徒。


「くっ!」


(他の生徒は生きているのか、それとも……)


 太悟は生存者がいることに賭け、このまま懐に飛び込むか悩む。獲物を捕らえて隠しているとしたらここでほぼ間違いないだろう。


(一人で妖魔を倒し、生存者を救出する余裕があるか)


 太悟は自分の力量と妖魔の力量を比べるように感覚を研ぎ澄ます。正直自分の力量では足りないと感じた。神石を使わなければおそらくすぐに殺される、と判断する。


(コイツもいるし、今倒さなければ逃げられる可能性もある)


 太悟はちらっと気絶している生徒を見て、勝算は少ないが逃げるわけにはいかないと覚悟を決め、姿の見えない妖魔と対峙する。


 すると奥の方から女の声がする。


「あら、あなたがあたしを探していた子? なかなかカワイイ顔してるじゃない。タイプだわ」


 近づいてくる気配を感じて、太悟は神石を出し構える。


 女の姿は太悟に近づくにつれあらわになる。メガネをかけて長いパーマのかかった黒髪をふり乱し、ピッタリと体のラインが出る白のブラウスを着て黒のタイトスカートを履いている。これみよがしに太ももを出し、ゆっくりと歩いてくる。


「何者だ……」


 太悟は警戒しながら言う。


「あんたこそ、何者? 手に持っているそれは何?」


 女は太悟の手元をじっと見ている。


「神石の数珠だ。これに触れたらお前は消し飛ぶ」


 女は太悟の言葉を聞いても、動揺しているような素振りは見せない。


「なにそれ。そんなのズルいわ。でも触れられるかしら?」


 女が消えたと思ったら、頭上から糸が飛んでくる。神石で糸を払うと、糸がジュッと音を立てて消える。


 何度かそれを繰り返し、女は「なるほどね〜」と言うと、バキバキッと突然脱皮するように服が裂けた。中から巨大な6本の蜘蛛の脚と胴体が現れる。人間の腕と合わせて8本だ。

 人間の上半身に蜘蛛の下半身がくっついているようなグロテスクなその姿に、太悟は思わず目を見張る。


 女が重そうな胴体を持ち上げ、蜘蛛の腹の部分が太悟の方を向く。


 針のような体毛に覆われた蜘蛛の脚の間には大きな穴があり、そこから先程とは比べ物にならないほど大量の糸が出て太悟を襲う。


 糸で女の姿が見えない。神石で円を描くように糸を浄化したと同時に、太悟は背後から強烈な一撃を食らい、壁に全身を強く打ち付けた。



------



 前に来た山の断崖絶壁のやや後方に腰をおろして、結羅は緊張した面持ちで幻夜の言葉を待つ。


 幻夜は結羅のすぐ隣に片膝を立てて腰をおろした後、しばらく黙って前方の木々を見ていた。


(いつまで黙ってるつもりだろう……)


 結羅は居たたまれなくなって、ソワソワしながら幻夜を見る。


 幻夜は落ち着いた表情で、立てた膝に片腕を置き相変わらず前方を見ていた。やはり幻夜は綺麗だ、と結羅はその端正な横顔を見て思った。


「以前」


 幻夜が唐突に口を開き、結羅はビクッとする。


「えっ!? うん!」


 変な相槌を打ってしまい、後悔する。しかし幻夜は気にすることなく続ける。


「『結羅は俺を解放してくれるからだ』と言ったのを覚えているか?」


 それを聞いて、確か結羅が『何故自分にこだわるのか』と聞いた時の回答だ、と

思い出しながら頷く。


「結羅がどのようにして俺を解放してくれるのかは……正直、全く見当がつかずに途方に暮れている」


 結羅は幻夜の話の内容がよく分からなかった。


「何故、私が幻夜を解放? すると思ったの?」


「……予感能力のある者にそう言われたからだ」


「予感能力?」


「具体的にどうするのかは分からないが、その時にこうするべき、という行動を予感する能力だ。極めて強力な力のある者しか身に付けることは出来ない」


 そんな能力があるのか、と結羅は驚いた。

同時にそれは何者なのかという疑問も抱く。

 幻夜の話は分からないことが多くて、何から聞けば良いのかも分からない。


 ひとまず、前に話した時に思った疑問をぶつけてみる。


「幻夜は……何から解放されたいの? 『運命』と言ってたけど、よく分からない」


 結羅の質問を聞くと、幻夜は結羅を真っ直ぐに見つめた。


「俺を縛っているものから。以前のように戻れるとは思わない。それでも俺は俺の意思で生きたい」


 そう言い終わると同時に、幻夜の様子が変わる。急に頭を抱えて呻きだす。

 結羅は驚いて、体を反らせる。


「ぐっ! ……ぐあああっ」


 見たことのない苦悶の表情で、幻夜はフラフラと立ち上がり、崖の壁面に頭を打ちつける。


「げ、幻夜っ!? どうしたの!?」


 結羅は驚いて立ち上がるが、苦しむ幻夜を前にどうすることも出来ずにオロオロする。


「うるさい!! 黙れ!!」


 もう一度頭を岩に打ちつけながらすごい剣幕で怒鳴る幻夜。わけが分からなかったが、その言葉は結羅に言っているのではなく、独り言のように叫んでいるように見えた。何かの精神疾患のようだと結羅は思った。もしかして前に話していた“罪”と関係があるのか。


 やがて動きが止まると、はあはあと激しく肩で息をしながら、岩肌伝いにズルズルとしゃがみ込む幻夜。ものすごい汗をかいている。


「げ……幻夜……」


 そんな幻夜にそっと近づく結羅。顔を見ると、額に手を当ててまだ苦しそうにしている。


 すぐ隣にしゃがむと、結羅は幻夜の背中をゆっくりと撫でた。


「大丈夫?」


「…………ああ。悪かった」


 少し経ってから立ち上がった幻夜の顔は、いつもどおりだった。汗も引いている。


「何だったの?」


 二人は岩肌を背もたれにし、座り直す。


「最近よく起こる。頭の中で声が聞こえるんだ。間隔が短くなってきている。もう時間がない」


「私はどうすればいいの?」


 先程の変貌ぶりには驚いたが、結羅は少しでも力になりたいと思った。幻夜は何かとんでもないトラウマを抱えているのかもしれない。


「分からない」


 幻夜は地面を見ながら言う。そしてふと顔を上げ、空を見上げた。太陽はまだ高い位置にある。


「結羅と星空が見たい」


 唐突に幻夜が言い出す。


「え?」


 結羅は突拍子もないセリフに目を見開く。幻夜はいつも唐突だ。


「星空? ……ここで?」


 幻夜がコクリと頷く。


(確かにここなら綺麗な星空が見れそうだけど、まだ大分時間があるよね)


「それまでどうするの?」


「ここで待つ」


 結羅は戸惑うが、幻夜の先程の様子を見て放っておけないような気もして、というか帰ることも出来ないので仕方ないと諦める。


 時間があると思うと、ふと話したい気持ちになって口を開ける。


「私ね、自分は人間じゃないんじゃないかって思ってるの」


 幻夜は少し驚いたような顔をして結羅を見る。

 結羅は幻夜のトラウマに悩まされる様子を見たからか、自分の悩みも打ち明けてしまいたい気持ちになった。


「幻夜や太悟兄ちゃんは、きっと知ってるよね」


 思いの外淡々と話せている、と自分で思う。


「お母さんは……知ってるのかな。知ってて欲しい、と思う。もし知らなくて、これから知るのならしんどいだろうから」


 母の顔を思い出し、結羅は少し涙が出そうになるのを堪える。


「…………」


 幻夜は黙って結羅の話を聞いている。


「お母さんは多分人間……だと思う。村でずっと生活してるし、村長さんとも仲が良いし。父親が妖魔……だったりするのかな、とかいろいろ考えちゃってるの。最近」


 へへっと結羅は笑いながら『妖魔』と口に出して言ったことで、改めて実感してしまう。


 何も言わない幻夜に肯定されているようで、結羅は分かってはいたが少し辛かった。

 しかし同時に誰にも言えなかったことを言えて、スッキリしたのも確かだ。


「自分が妖魔だなんて……考えたこともなかった。ずっと人間として暮らしてきたから。でも、もしお母さんや太悟兄ちゃんがそれを知ってて見守ってくれていたのだとしたら……なんかすごく……申し訳なくて……っ」


 堪えきれずに大粒の涙がこぼれた。次から次へと溢れる涙が止まらない。


 その時、突然幻夜に抱き締められた。


「…………!」


 結羅は驚きながらも、幻夜の胸に顔を埋めて泣いた。


 幻夜はずっと結羅が泣き止むまでそのままでいた。




「落ち着いたか?」


 幻夜に言われ、結羅は冷静さを少し取り戻してハッとする。


「ごめん!」


 慌てて幻夜から離れる。


(いやああ! なんか冷静になると恥ずかしい!)


 結羅はみるみる頬を上気させる。幻夜の胸でわんわん泣いてしまったことを認めたくない気持ちが大きくなる。


「構わない」


 逆に幻夜は落ち着いていて、特に何も思っていないのかな? と結羅は思った。


 少し顔の熱を冷まし、ぺちぺちと自身の左右の頬を両手で打つ。


「あーなんか、言いたいこと言えてスッキリしちゃった!」


 まだ赤い目をしながらそう言う結羅を、幻夜は横目で見てふっと笑う。


「もしお母さんも太悟兄ちゃんも知ってたなら、その上で大切に思ってくれていたのなら……私は今回このことを初めて知ったけど、私が今までと同じ私だということに変わりはないよね」


 結羅が前を見て笑いながら言うその姿を、幻夜は目を見開いて神聖なものを見るように見た。風が二人の髪を舞い上がらせる。


「あ、あのさ……」


 舞い上がった髪を整えるように片手で耳にひっかけながら、結羅はおもむろに口を開く。


「ちょっと聞いていい?」


 結羅に言われ、なんだ? と言うように首を傾ける幻夜。


「あの……美容院……辞めたんだってね」


 ああ、そのことか、という顔をしながら、幻夜は頷く。


「東京についてはもう分かったからな。いろいろと勉強になった」


 結羅は思い切って聞く。


「サキさん……と、付き合ってたって……ほんと?」


 幻夜は結羅の顔を見て、特に隠すような素振りも見せずにあっさりと言う。


「一緒に住んでいたのをそう言うなら本当だ。これまでも何度も誰かと一緒に住んだことはある。ああ、それは結婚か」


 結羅が聞き間違いかと思うほどあっさりと、幻夜は爆弾発言をした。


「何度も……結婚……?」


 結羅はサキと会った時から抱えていた重苦しい感情に加わり、沸々と怒りが込み上げてくるのを感じる。それが徐々に大きくなり、黙っていることが出来ず、思わず食って掛かってしまう。

 今まで幻夜が自分にしてきた振る舞いを思い出しながら。


「それなのに私に許嫁なんて言ってたの!? なにそれっ!? 許せない!! 何考えてるの!? それじゃあ幻夜の言ってることが全く信用出来ないよ!!」


 結羅は今までこんなに怒ったことがあっただろうか、というほど怒りに任せて大声で叫んだ。気づくと立ち上がっていた。


「ゆ……結羅、落ち着け」


 珍しく幻夜が焦ったように結羅をなだめる。


「結羅が嫌ならもうしない。今回はサキの要求に応える代わりに情報をもらっていただけだ」


「向こうはそう思ってないし、要求に応えないでよ!!」


「分かった。二度と会うことはない。結羅が嫌がることはもうしない」


 激しく叫んだので、息が続かない。何だか恋人の浮気を責め立てている彼女のようだ、と気付いて少し冷静になった。


(私……別に幻夜の彼女じゃないのよね? 何でこんなに怒ってるの? “許嫁”も幻夜が勝手に言ってるだけって分かってるのに)


 自己嫌悪で倒れそうになった。穴があるなら入りたいとさえ思う。


 でも謝るのは嫌で、結羅は少し仏頂面でやり過ごすことにした。


「結羅……」


 幻夜が様子を伺うように結羅の顔を覗き込む。


 結羅は幻夜の顔を見ないようにした。自分で分かっていた。矛盾していることに。幻夜が許嫁と言うのを否定しながら、認めてしまっていることを。そうでないと怒る理由がない。幻夜が誰と何をしようが、別に結羅には関係ないはずなのだ。


 モヤモヤして、結羅は膝に顔を埋める。


(泣いたり、激怒したり……何やってんの、もう)


 自分の感情をコントロール出来ていないのがもどかしく、情けなくて結羅はそのままの姿勢で幻夜とのコミュニケーションを避けた。


 幻夜はもう何も言わない。それはそれで不満だ、と思ってしまう自分のワガママさ加減に呆れる結羅。


「星空はまたにしよう」


 幻夜が突然そう言って、結羅はハッと顔を上げる。


 確かに落ち着いた気持ちで星空を眺める気にはなれない。結羅は黙って頷いた。


 幻夜が立ち上がって「送る」と言う。


 結羅がまた黙って頷くと、幻夜は結羅をひょいっ抱き上げた。


「…………!」


 何だか幻夜に触れているのが居心地悪くてソワソワする結羅。ここに来る時もそうしていたのに。


 結局移動している間ずっと、その感覚を消すことが出来なかった。


 アパートの前で降ろされて、幻夜はまたどこかへ行こうとする。さすがにサキのところへは行かないだろうと思うが、結羅は何も聞けずに黙って見送った。



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