プロローグ
メインテーマ『恋愛』の現代ファンタジーです。
現実に近い世界観ですが、実在しない地名や異形の者が出てきます。
初めて書いた作品なので拙い文章ではありますが、読んでいただけますと嬉しいです!
主人公と妖狐の出会いから始まり、様々な妖魔(著名な妖怪)に関する事件に巻き込まれていくうちに、登場人物の背景が見えてくる作りにしています。
辛抱強く(笑)読んでいただけますと幸いです。
(プロローグから徐々に気になる部分を改稿していく予定です)
結羅は信じられないというように、唖然と目の前にいる人物を見た。
幼馴染の太悟の隣には、銀色のロングヘアをなびかせた「妖狐の幻夜」と名乗る人物が、にこやかに片手を差し上げ結羅に挨拶していた。
数十分前――――――
「太悟兄ちゃん! これ重い……手伝って」
冷山 結羅は、本日引っ越したばかりのワンルームで、終わりの見えない荷解きを始めている。
部屋に敷き詰められた段ボールの山にうんざりしながら。
「結羅、無理するな。俺が運ぶ」
幼馴染の大学生、太悟が結羅の抱える大きな箱をひょいと受け取る。
「そんなに荷物持ってきてないはずなのになぁ。部屋が狭いからすごい量に見えるね」
はぁ、と溜息をつきながらも、初の一人暮らしに胸は高鳴る。
(太悟兄ちゃんのいるアパートの部屋が空いててほんとに良かった!)
この春から高校一年生になる結羅は、太悟の住む東京へ上京したばかり。
二人は都心から電車を乗り継いで二時間と、さらに車で三十分ほどの場所にある『雪里村』の出身。
雪里村は、厳雪山という山の麓にあるこじんまりとした村。まあいわゆる超ど田舎だ。
冬は他の町との行き来が困難なほど雪が深く、ほとんど孤立しているような状態となる。
そのため村の人々は、遠くまで食料や物資を買いに行かなくて済むよう自給自足の生活を営んでいる。
そんな村出身の結羅が、なぜ東京へ出てきたのかというと、母親の強い勧めがあったからだ。
勧められるまま東京の高校を受験し合格したので、晴れて都会の女子高生となる。
「今日中に荷物を片付けよう」
太悟はテキパキとダンボールを適した場所へ運び、電化製品を使えるようにセットする。
「ほんと、太悟兄ちゃんがいてくれて良かったよ。まあそうじゃなきゃ東京なんて来られなかったけど」
太悟は現在二十歳で、この春から大学三年生になる。大学に合格してから丸二年東京で暮らしている、新米の結羅からすると一人暮らしの大先輩であり、幼い頃からよく面倒をみてもらっていた、頼りがいのある実の兄のような存在だ。
昼になったので、太悟がコンビニに昼食を買いに行く。コンビニはアパートの目の前にあるのでとても便利だ。
ピンポーン
太悟の留守の間、結羅が荷解きを進めていると、ふとインターホンが鳴った。
「忘れ物かな」
扉の向こうにいるのが太悟であると思い込み、確認せずに玄関の扉を開けると――――
腰までかかる派手な銀色のロングヘアが目に飛び込んできた。
「ど……どちら様……」
都会では確認なしに扉を開けてはならないということを忘れていた、と後悔すると同時に、目の前に立つ驚くほど整った顔の美男を凝視してしまう結羅。
芸能人か何かかなと考えていると、
「お前が『結羅』か?」
と、銀髪男が聞く。
なんで私の名前を知ってるんだろう、と不思議に思うのと、男の瞳が血のように赤いのに結羅は恐怖心を覚える。
すると結羅の心情などどうでもいいというように、あろうことかその男は結羅の顎に手をやり、クイッと顔を上げさせた。
「答えろ。『結羅』はお前か?」
突然の出来事に結羅は激しく嫌悪を感じ、男の手を跳ねのける。
「や、やめてください! 誰なんですか!? 警察を呼びますよ!!」
息荒く叫ぶと、男は面倒くさいと言わんばかりに眉を寄せ、前進し部屋へ入ってくる。
思わず後退りし、シューズボックスを背に追い詰められた結羅は、あまりの恐怖に全身を震わせる。
「質問に答えろ。『結羅』以外に用はない」
「や……」
男の185センチはありそうな長身と、真顔で迫ってくるその異様なほどの威圧感に、混乱と恐怖が入り混じり涙ぐむ。
――――その時、
ガチャリと扉を開ける音がして、間もなく開いた扉から太悟が顔を出す。
「何してるっ!!?」
刹那、険しい表情をして叫ぶ。
結羅は反射的に声を出した。
「太悟兄ちゃん! 助けて、不審者が!」
太悟が男の服を掴み、自らの方へ振り向かせる。
が、その顔を見るやいなや、眉を寄せた。
「お前……!」
そしてコンビニで買ってきた昼食の入った袋を玄関の床に投げ捨てると、どこからともなく白い数珠を出す。
「ここから立ち去れ!! さもなくば浄化する!!」
と、まるでテレビで見る霊媒師のように、太悟は袖を翻し男と対峙する。
するとそれを見ていた男は、数珠を一瞥して鼻を鳴らす。
「ふん。そんなものは効かないな」
赤い瞳を細め、馬鹿にするように太悟を見る男は、背筋を伸ばすとやはり背が高い。このアパートはわりと新しく、天井が高いのに、男が立つと圧迫感がすごい。
「それはどうかな。これはどこにでもある代物じゃない。神獣が作った神石の数珠だ」
太悟が薄く笑い、それを聞いた男の眉がぴくりと動く。
――――その瞬間、太悟は目にも留まらぬ速さで数珠を男に向かって振りかざす。
さらにそれを上回る速さで、さっと男が廊下に飛び退いたので、太悟は結羅の腕を引いて自身の元へ引き寄せる。
「太悟兄ちゃん!」
「大丈夫。任せろ」
そして慎重に言葉を選ぶように、結羅に言った。
「結羅。よく聞け。信じられない話かもしれないが、こいつは人間じゃない。おそらく高等の妖魔だ。そして言ってなかったが俺は妖魔払いの仕事をしている。こいつは一筋縄ではいかなさそうだ。危なくなったら迷わず逃げろ」
「そ……そんな」
結羅の混乱は当然である。
突然の現実離れした太悟の台詞の意味が、結羅には到底理解出来ない。
しかし一飛びで玄関から廊下まで退いた男の跳躍力は、ただの不審者では片付けられないのも事実。
太悟の額には汗が滲んでいる。
緊張する二人を他所に、男は突然、平然とした顔で言う。こちらは汗をかいている様子はない。
「まあ待て。争いに来たんじゃない。俺は『結羅』の許嫁だ」
唐突の爆弾発言に、結羅は思わず太悟の方を見るが、太悟は冷静に
「聞く耳を持つな。妖魔は言葉巧みに人を騙す」
と数珠を握る手に力を込める。
男はさらに続ける。
「『結羅』の母親に言われてここへ来た。疑う前に確認するんだな」
それを聞いて、結羅は反論する。今朝、ホテルから母親に電話をかけた時のことを思い出しながら――――。
「嘘! 今朝電話で話した時は何も言ってなかった!」
「そっちの母親じゃない」
男のその言葉を聞いた瞬間、太悟はハッとした表情で男を見る。
「待て! 俺は結羅の保護者だ。結羅のことは全て俺を通せ!」
と言い、廊下へ出るよう促す。
男はそれに素直に従い、怯える結羅の横を通り、玄関から外へ出た。
「結羅。鍵をかけてここで待て」
と言い残して、太悟は結羅を残し、ガチャリと扉を閉めた。
◇◇◇
男と並んでアパートの屋上へ上がると、太悟は突然男の胸ぐらを掴んで力いっぱいドア横の壁に叩きつけた。
「お前の目的は知らないが、結羅に余計なことを言うな!!」
太悟のその態度を見て、男は胸ぐらを掴まれたままニヤリと笑う。
「なるほど。お前だけが知ってるのか」
太悟は苛立ちながら男を睨みつける。
「結羅に近づく目的は何だ? まさか本当に婚約者じゃないだろ?」
「本当だ。結羅の実の母親から許可を得て来た」
「赤ん坊の時に捨てたんだぞ! 母親の資格なんかない。無効だ!」
「そんなことは関係ない。俺は結羅をもらう。条件を飲めば俺も結羅に真実を話さない。出生がどうであろうが興味ないしな」
飄々と話す男に、太悟の苛立ちはマックスになる。
結羅の出生の秘密は、絶対に本人に明かされてはならない。彼女は育ての母親が、実の母親と信じて疑っていない。それが崩れれば、どうなるか。
太悟は、結羅が幼い頃に秘密を知り、それをずっと隠したまま、彼女を守り続けてきた。
それをいとも簡単に、このような素性の分からぬ男に明かされたとなっては、怒りが収まらない。
しかしこの男は、何故か結羅の秘密を知っている。
解決方法はただ一つ。
太悟は心を決める。
「今この場でお前を消す!!」
太悟が腕につけた数珠で攻撃しようとしたと同時に、男は太悟の腕を振り払いするりと逃れる。
「力の差が分からないか? 愚かだな。神石を持っていようが、使いこなせなければ意味がない。お前、結羅のことが好きなのか」
「なっ!」
不意をついた言葉に太悟の表情は固まる。
銀髪の男は、太悟が本気で向かってくることなど意に介さないというように、余裕の表情で太悟の心を掻き乱す言葉を放つ。
感情的な太悟と裏腹に、男は常に冷静沈着。その時点で勝負は決していると言える。
それが分かっていながらも、男はおちょくるように太悟の心に少しずつ針を刺していく。
「図星か。だからそんなに怒っているんだな。少し冷静になれ」
「五月蝿い! 黙れ!!」
渾身の太悟の攻撃を、当然のように男は軽やかにかわす。
「確かに美人だ。まだガキくさいのが惜しいが、すぐに母親似の美女に成長するだろうな」
「母親の話をするな! 結羅には育ての親がいる! 実の母親に会うことはない!」
「だから関係ないと言っているだろう。結羅にバラされたくなければ大人しくしていろ。別にお前を殺すことに何の躊躇いもない。結羅が信頼しているようだから生かしておくだけだ」
男は鮮やかな動きで一瞬の隙をついて吠える太悟の背後にまわり、首元に鋭い爪を突き立てて切れ長の目を妖しく光らせる。
「少しでも動くと首が飛ぶぞ」
動きを封じられた太悟は、横目で男を睨みつけながら叫ぶように言う。
「俺は結羅をずっと守ってきた。結羅が悲しむことも傷つくことも許せない。お前が約束を守るとは思えない!」
「なら力づくで奪うまでだ。俺にも結羅は必要だ。お前を殺して彼女に恨まれるのは気が進まないが、仕方ない」
鋭い爪は太悟の首の皮を容易く突き破る。痛みに顔を歪めながらも、太悟は眼光を失わない。
「俺の部屋にある神石の勾玉にお前の妖力を全て封じ込めたら信じてやる。そうじゃなければ絶対に認めない!」
太悟は実のところ余裕はなかったが、対妖魔では弱気になったら終わりだと分かっていたので、努めて気を強く持って言う。
男は爪を突き立てたまま、ふんと微笑する。
「……いいだろう。乗ってやる。勾玉が俺の力を全て封じ込められるとは思わないが。その代わりその条件を飲んだら俺を結羅の婚約者と認めるんだな」
男はそう言うと、太悟の首に当てていた爪を離す。
解放された太悟は、思わず地面に膝をつき、首を押さえながら意外にもあっさり条件を飲んだ男を訝しげに見上げる。
見たところ、相当な力を持った上位の妖魔。
何故、結羅に関わろうとするのか。
太悟は不信感を拭えないが、戦闘で負けた以上取り引きを成立させるしかないと、ゆっくりと立ち上がり、
「こっちだ」
と言って、自分の部屋へ男を連れて向かった。
「これだ。手にすると勝手にお前の妖力を吸い取る。それと婚約者と認めたわけじゃない。ひとまず話を信じてやると言っただけだ」
太悟の手には白く光る勾玉が握られていた。
男が勾玉を手にすると、白い蒸気のようなものが男の体から噴出し、それが小さな勾玉の中に吸い込まれていく。
全て吸い込まれて、男は満足そうに手の中の勾玉を握った。
◇◇◇
結羅は玄関で膝を抱えて座っていた。ひどく心細い。
(太悟兄ちゃん、大丈夫かな。妖魔……とか言ってたけど、まさかね。ただの変質者にしては美形すぎたけど。警察に突き出しに行ったのかな。早く帰ってきて)
結羅は抱えた膝に額を当てる。
しばらくすると、玄関のドアをノックする音がした。
結羅の心臓は跳ね上がる。
「結羅、俺だ。開けてくれ」
ドアの向こうから太悟の声がして、結羅はほっと胸を撫で下ろす。
「太悟兄ちゃん、良かった! 待って、今開ける」
鍵を開けドアを開くと、太悟とさっきの銀髪男が立っていて結羅は戦慄する。
「な、何で!? 警察に行ったんじゃ……」
そう言いながら後ずさりする結羅に、太悟は気まずそうに話す。
「悪い、結羅。厄介なことになった。詳しいことは後で説明するが、しばらくコイツは俺の部屋で暮らす」
結羅は信じられないといった表情で太悟と男を見る。
「妖狐の幻夜だ。よろしくな、結羅」
太悟の表情とは真逆のにこやかな笑顔で、幻夜と名乗るその男は片手を上げて挨拶した。