第六十四話 笑いのツボは?
モケゾウの、拳シュッシュで壁に埋もれている魔族。
もしかしたらヤっちゃった? と思った瞬間、壁の中からその魔族が這い出してきた。
「だ、誰だ! この私に攻撃してきた馬鹿は?! 絶対に許さぬぞ! アリにして踏み潰してやろうか、それともナメクジにして塩を振ってやろうか! 」
怒っているんだろうけど、結構言っていることは小さい。
ナメクジにして塩って………あ、うちの子達も笑ってるわ。
特にマサムネはツボに入ったのか、ゴロゴロ転がりながら笑っている。
「ぐぬぬぬ! そこの転がっている精霊! なんて失礼なやつなんだ! それにお前たちも全員、なんでそんなに笑っているのだ! そこは恐れ怯えるところだろう?! この、魔族の中の魔族の、この私が、今からお前たちを退治すると言っているのだぞ! 」
そう言われましても………。
マサムネなんか、あの魔族の言葉がいちいちツボらしくて、さっきから転がるのが止まらない。
何故かカッパが巻き込まれて、一緒に転がっているし。
『別にお前なんて怖くないモケ〜。それより、うちの部下をよくも酷い目にあわせたモケね。覚悟は出来ているモケ? 』
笑うのをやめてモケゾウが、あのおかしい魔族にそう言った。
「うん? 今、面白い言葉が聞こえたな。もしかしてこの私を倒そうと考えているのか? この魔族の中の魔族、ヴォルガノフ・ヴァンプ様を?! お前たちが束になってかかってこようが、私を倒すことなど出来ぬよ。私は完全完璧な能力の持ち主だからな」
ついさっき、モケゾウによって壁にめり込まれていたのはなんだったんだろう?
『ねえねえ、主ちゃん! あの魔族ってバカなのかな? きっとバカだよね? バカじゃないとあんなこと言わないよね?』
トナトナが比較的大きめな声で、バカバカ言っている。
もちろんその声は魔族にも聞こえたようで………。
「おい! なんだそこのトナカイは?! 私のことをバカ呼ばわりしたな………。決めた! そこのトナカイは捕まえて鍋にしてやる! 少々小さいが我慢してやろう」
その言葉にトナトナがまた言った。
『主ちゃん! 凄いよ! あの魔族、本物のバカだよ! 』
なんでかはわからないけど、トナトナが楽しそうだ。
キラキラした目であの魔族を見ている。
しかしあの魔族、なんであそこまで自信満々なんだろう?
何か変な能力でも持っているのかな?
「どいつもこいつもこの偉大なる魔族の中の魔族、ヴォルガノフ様を舐めきりおって! お前たちはな、私に勝つことなど絶対に出来ないのだ! 何故か知りたいか? 知りたくてしょうがないよな? ふん、特別にこの私が説明してやろう! 」
うん?
別に知りたいわけじゃないのに、勝手にベラベラと話し始めたぞ。
その姿に、一度は止まっていたマサムネが、痙攣するように笑い始めた。
もしかして、こうやって戦力を削ぎにきているのか?
『主〜、たぶん違うモケ〜。アレは本当に、ただの、バカだモケ〜』
私の心の言葉に、モケゾウが答える。
いつも思うんだけど、なんでわかるのかな。
『主はすぐに顔に出るモケ。わかりやすいモケ〜』
ぐぬぬぬ、それで良いのか、貴族令嬢の私。
そして、あそこで高らかに自分の能力を説明する魔族………良いのか? それで。
「ふっふっふっ! 聞いて泣き叫ぶが良い! 私の能力は『未来視』だ! お前たちがどんな攻撃をしてくるか、そんなものは私にかかれば丸裸なのだよ。これがどんなに凄いことかわかるか? お前たちの攻撃は、この魔族の中の魔族、ヴォルガノフ様に全て防がれるのだ! どうだ? 恐ろしいだろう? どんなに攻撃しようとも、自分たちの攻撃が一発も当たらんのは? 」
「いや、さっき普通にモケゾウの攻撃で、壁にハマっていたけど………」
私の一言に魔族は赤くなっている。
「あ、あ、アレは! 油断していただけだ! だが今度は違う! 私はお前たちを完全に敵と認定したからな。お前たちは、手も足も出せず、この私に倒される未来しかないのだよ!………ところで、なんでそこにちびっ子がいるのだ?………ふん! そんなちびっ子を倒してもなんの足しにもならん。おい、そこのリスのちびっ子、お前、ここからとっとと出てけ。しょうがないからその手を繋いでる、黒豹のちょっと育っている子供も出て行って良いぞ。ほら、早く出てけ、巻き込まれるぞ」
あれ?
なんか急に心配されたんですけど。
どうやら殿下と私を、ここから脱出させようとしているらしい。
私と殿下は顔を見合わせた。
「変な魔族ですね? 」
「そうですね、何故か私たちを逃そうとしているようですが」
私たちが小声でそう話していると。
「ほら、いいからここから早く出ろ! ………もしかして、怖くて動けんのか? うーん………おい! そこの護衛っぽいやつ! お前、そこのちびっ子どもを抱えて出てけ! 今からここでは戦闘が始まるんだぞ! 」
この魔族………やっぱりちょっとおかしい。




