第3章:錬金術師は消毒薬の夢を見るか?(第1話)
「資材部での調査は、あの程度でよかったのか? もっと協力を仰ぐこともできたと思うが」
「おおよそは理解できました。ありがとうございました、ミドルトンさん」
「お前の満足の行くような薬はなかったようだな。お前の国がそんなに薬学に秀でていたとは思えんが…。お前が特別なのか」
「そうですね。それはよく解りません。ただ、資材部で調達できる薬品は、多くがハーブ類のようでした。少し見せていただいたレシピ本だと、軟膏なのか飲み薬なのかといった薬の種類、患部への使用方法、薬の材料と調合方法が論理立てて書かれていたので、この国の薬学は比較的進んでいると思いました。ただ、蚊の目玉とか、蝿の糞だとかいう材料には疑義ありですが…」
「薬草だけでも数百種類以上が認知されているはずだ。それでは足らないか」
「薬草はいいんですが…カネマラさんを治療するのに必要な薬品は、もっと別の考え方で作られたものです。消毒ができる薬品があるとよかったのですが…」
「消毒…だと?」
「理想を言えば、口内殺菌ができるヨウ素、齲蝕を防ぐ効果が期待できるフロアゲル(フッ素)があると理想です。純度の高いエタノールでもいいんですが、口内洗浄を習慣的に行うにはちょっと不向きです」
「ヨウ…なんだって? それはお前の知識と技術で作れないのか?」
「フロアゲルは化学的な処理手順が多いので難しいと思いますが…ヨウ素とエタノールはなんとかなるかもしれません。この国では、蒸留酒を飲む習慣はあるのでしょうか?」
「蒸留酒だと?」
「ビールやワインなどを蒸留して作るんですが…」
「それは知ってる」
「と、言うことは、あるんですね?」
「ある事はあるが…酒として嗜まれることはあまりないな…」
「と言うと?」
「錬金術師達が、錬金術のために使っている」
「錬金術…ですか。なるほど。ちなみに、錬金術師たちには、どこに行けば会えるのでしょうか?」
「奴らと会うことはあまりお勧めしないが…鍛冶屋のギルドに行けば会える」
「で、この足で鍛冶屋のギルドに向かうというのか…」
「お忙しいところ申し訳ありませんが…奴隷の立場の僕だけでは、ギルドは受け入れてくれないでしょう? 国家公務員としてのミドルトンさんが必要です」
「ただの変人の集まりだ。何か役に立つとは思えんが…」
「残念ながら、資材部においても充分な精度の工具を見つける事ができませんでした。ギルドに腕利きの職人さんがいると助かるのですが…」
「治療道具の事か?」
「ええ、その通りです。理想を言えば、腕利きの職人さんに、僕が指示する治療器具を作って貰いたいんです」
「なるほどな…。お前の国の歯の医療は、かなり進歩していたと見えるが…にしては、奴隷として連れてきたどの男たちも、歯の状態に関してはこの国の人間とそうは変わらなかった。お前だけが特別なのか? お前は一体何者なんだ?」
「それは…僕自身にもまだ解りません。この国や世界のことがもう少し理解できて、僕自身のことももっと思い出せたら、お話できると思います」
「その口ぶりだと、何か歯の治療に関する特殊スキルをお前が持っている、という訳でもなさそうだ…」
(スキルか…。あの、魔法のちからのことだよな…)
「この国では、スキルの管理していたりはしないのですか? つまり、どんなスキルを持った人材がいるかの管理です」
「ほう、なかなか鋭いところをつくじゃないか。結論から言えば、ない。が、過去に国として一斉調査をしようとしたことがある」
「うまく行かなかったんですか?」
「いくつかの側面で、うまく行かなかった。もっともらしい理由は、定期的な調査費用を確保できなかったことだ。そして裏の理由は、自分のスキルを正直に話しているであろう人間の割合が、想定よりもずっと低かった事だ」
「なるほど…。国民性なんでしょうか?」
「国民性か…。あるいはそうかもしれないな。南の国では、国家機関が国中のあらゆるスキルを管理し、さらに研究を進めているらしい。どうやって費用を確保しているのか、どうやって正直にスキルを話させているのか、調査してみたいところだ」
「『南のお告げ所』ですか」
「なんだ、知ってるのか」
「南の国を攻略する予定はあるんでしょうか?」
「戦争をするつもりか、ということか? さあな。そこまでは私も解らない。ただ、今のこの国の戦力では到底かなわない。どちらかというと、攻め入られないための友好条約でも締結したほうが建設的だ。あるいは…この国の国民の虫歯を全て治療できれば、勝てるかもな。そのくらい、虫歯や、それに伴う様々な症状は、国民を苦しめているのだ。虫歯で苦しんでいる国と、そうでない国とでは、基礎兵力以上の差が出る可能性がある」
「なるほど…」
「さあ、ついたぞ。この建物が鍛冶屋のギルドだ」