表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/32

第2章:美少女でも歯並びが悪ければ口臭はキツイ(第2話)

「1階の部屋が余っているから、お前にひとつくれてやる。クローゼットに、使い古しだがそれよりはマシな服があるから、着替えるんだな。二の腕の焼印は絶対に隠すなよ。厳冬でも奴隷が焼印を隠す事は厳罰になっている。運が悪ければその場で刺殺、運が良くてもその場で刺殺だ」

「ねえ、着替え終わったら、わたしの買い物の荷物持ちを手伝ってくださる?」

「いいぞカネマラ。どんどん雑用で使ってやってくれ。少なくとも、お前の歯を治療できる事が解るまでは遠慮はいらん」

「うふふ。それじゃ…ええと…何とお呼びすればいいのかな?」

(それは、僕も訊きたい…)

「カネマラ、奴隷は奴隷だ。奴隷と呼べばいい」

「それではあんまりではなくって? ねえ、あなたのお名前は?」

「……」

「…言いたくないのなら、ごめんなさい…。そうね、自分の里を奪われたんですものね…」

(いや、その記憶はないんだ…)

「カネマラ、それが戦争だ。私たちも同じリスクを背負っている。特に、お前は女だ。それも美しい。私は、それが心配だ」

(歯並びと口臭以外は…か)

「でも、呼び名がないと、何かと不便じゃない? …ええと…」

「こいつは『シカイ』だ。そう言っていた。そうだよな?」

「シカイ…ええ、そうですね」

(『歯科医』だろ…。解って言ってるな…)

「シカイさん…ね。ちょっと変わったお名前なのね。よろしくね」


「ええと…ミドルトンさんはついてこなくてよかったんでしょうか? 今日会ったばかりの、奴隷である僕と、自分の大切な娘の二人だけで買い物に出させるなんて…」

「そうね。でも、パパはあなたの事を信用しているんだと思うのよね」

「信用? そうでしょうか」

「あなたが、自分の命を危険に晒すリスクを負ってまで、わたしに何か危害を加える理由はない、と判断したんじゃないかな?」

(ああ…そうか。そうだよな。少なくとも僕の歯科医療技術が本物であれば、僕がカネマラをどうこうする必然性はない、と考えた訳か)

「…今日は、何を買いに行くんですか?」

「食材よ。小麦粉とか野菜とか。小麦は特に重いから、持っていただけると助かるの。それにね…ほら、これ…」

「あ、扇子…。いい香りがしますね」

「ふふ。いいでしょ? パパが買ってくれたんだよ。布地に香水が染み込ませてあるの。外に出る時や、人と話す時は、これで口を覆って、歯並びが悪いのや、お口の臭いを防いでいるの」

「ああ…そういう事…。確かに、それがあると、両手は使いづらいでしょうね」

(となると、この世界、あるいは時代にはマスクは存在しないんだな。逆にマスクを作って売り出せば、そこそこいい稼ぎになるかも…)

「僕…どうも、奴隷として連れられて来る時に、頭を酷くぶつけてしまったみたいで…」

「あら…。大丈夫? かわいそうに」

「それで、記憶がなんだかおかしな事になってるんです。だから、色々訊いてもいいでしょうか?」

「ええ、いいよ。道すがらは暇だもの」

「ありがとうございます。それじゃあ…まず、この世界には『電気』がありますか?」

「でん…なんですって?」

「電気です」

「…ええっと…知らない言葉だわ…ごめんなさい」

(やはり電気はないか。街中なのに、電線らしきものは一切見当たらないからな…。となると、コントラがあったとしてもバーを回せない。空気圧式のやつでも、電気がなければ空気圧を送れないだろう。カネマラの歯を削るのは絶望的だ。あるいは、ヤスリを使って…。いやいや、麻酔がないとすると、考えるだけでも痛い…。レントゲンを望むのは、もっと酷だろう)

「じゃあ、薬についてはどうでしょう? エタノールとか、フッ素とか、ヨウ素とか、キシロカインとか…」

「うふふ、シカイは難しい言葉を色々と知っているのね。でも、ごめんなさい、どれもわたしには解らない言葉ね…。それは、歯の治療に必要な薬品なの?」

「ええ、そうです。でも、ありがとう。期待した僕が悪いんです」

「そう…。でもね、ええと…もしかすると、クーリーなら何か解るかも」

「クーリー? それは…職業の名前?」

「ううん。この街で一番評判のいい、床屋の主人の名前よ。この大通り沿いにあるの」

「あ~…なるほど」

「抜歯や瀉血は勿論、学府の人体解剖の時なんかには、いつも呼び出されているみたい。腕がいいのね」

「この街には、抜歯を行っている床屋は何軒くらいあるんですか?」

「さあ…解らないけれど…10軒以上はあるんじゃないかしら」

(そんなにあるんだ…。この街の人口規模は解らないけれど、5万人住んでいるとすると5,000人に1人以上か…)

「そんなに腕のいい床屋でも、カネマラさんは信用していない、ってことなんでしょう? 抜歯をしないって事は…」

「え、ええと…そうね。その、なんというか…」

「あ~! カネマラちゃんじゃん!」

「あ、ほらね、だから…」

「奴隷なんか連れて、どうしちゃったの? ついにあたしの腕に世話になる気になった? そのボロボロの歯と酷い口臭を治したくて、うずうずしてるんだからさ~」

(カネマラさん、こちらの威勢のいい女性は? 随分お若いようですが)

(今話していた、クーリーです。わたしが避けたくなる気持ち…解るでしょう?)

(ああ…。てっきり、白髪の中年男性だと思っていました)

「こんにちは、クーリー。今日は外出なのね」

「出張だよ。横丁の爺さんに瀉血を頼まれてさ。歩けないっていうから。悪い血を出しに行くのさ」

(…大丈夫なのか? それって爺さんに死亡フラグ立ってないか?)

「あたしに抜歯される覚悟を決めたんなら、夕方ころにあたしの店に来てくれよな。大丈夫、心配すんなってさぁ…。知ってるだろう? どうして、あたしの腕が評判がいいのか…さ?」

「え、ええ…。それはそうなんだけれどね…」

(抜歯の腕のいい床屋か…。となると、色々な専用道具を見ることができるかもしれないぞ。行ってみる価値はあるな)

「じゃ、あたし急ぐからさ、あとでね。きっと来るんだよ! 待ってるから! じゃあね~…」

「……行ってしまいましたね」

「…はあ…。困ったものね…」

「毎回、この調子なんですか?」

「街で会った時はね。学生時代の先輩にあたるんですけれど…床屋になってからは、わたしの歯を治すんだって、ちょっとしつこいの」

「その感じだと、クーリーさんの抜歯が要因で亡くなった方もいるんでしょうね」

「ええ、その通りよ。でも、彼女は、一生歯が痛いまま生きるよりも、死ぬリスクを背負ってでも抜歯してしまったほうがいい、という考えの持ち主なの」

(この世界の死生観という物だろうか…。命が軽いのか、輪廻転生みたいな考えが根付いているのか…)

「ちなみに、彼女の腕が評判…というのは? 他の床屋とは、何が違うんでしょうか?」

「彼女の抜歯は、痛くないんだそうです。瀉血もね。それ以外の手術も」

「痛く…ない? それは…麻酔薬がある、ってことでしょうか。例えば、麻薬とか…。または強いお酒…?」

「ううん。そんなんじゃないよ。彼女は、スキルの持ち主だから…」

「スキル…? それは一体?」

「彼女は『痛みを一時的に消す』という特殊スキルの持ち主なの」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ