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第2章:美少女でも歯並びが悪ければ口臭はキツイ(第1話)

「なるほど、立派なおうちですね。僕はまだ、あなたの立場を存じ上げていませんが、偉い方だという事は推察できました」

「そう思うか? ならば、お前の目は節穴だと言わざるを得まい。確かに家の立地は最高だ。街の中心部からそう離れていないところに建っているし、頑丈な3階建てだ。だが、これは私の所有物ではないし、全てが住居でもない」

「社宅みたいなもの、ってことでしょうか?」

「その通り。住居は3階だけだ。2階はブリーフィングルーム。1階は私の部下たちが使っている」

「福利厚生がしっかりしているのですね。反社会組織のようなものでしょう?」

「奴隷の立場で、随分な口の利き方じゃないか」

「気を悪くしたなら、スミマセン。でも奴隷商売なんて裏稼業でしょう?」

「私はお前のことがよく解らなくなってきた。お前は利口だし、好奇心旺盛だ。だが、世間をあまりにも知らなさすぎる。まるで別世界からやってきたかのようじゃないか?」

「別世界…。そうかもしれません」

「冗談にしては笑えん。ギャグのセンスはもっと磨いた方が良いな。生きるための手段でもある。まあいい、教えてやる。奴隷は国家の重要な労働資源であり、施策だ。他国に戦争をしかけて、その資源を自国のために役立てるのは道理だろう? 土地、金、物資、技術、そして労働力だ」

(そうか…。ある意味、それは現代社会でも変わらないな。ん? ということは…)

「ミドルトンさん、あなたは国家公務員なんですか?」

「表向きの職業は、あるいはそうなる。実際は国に雇われた一兵卒さ」

「傭兵という事ですか?」

「家柄は貴族ではないが、いわゆる傭兵ではない。雇い主は国だ。だから公務員であることには違いない」

「なるほど、理解しました。奴隷の取り扱いも重要な国のお仕事なんですね。でも、なぜ闇商人のような奴隷商人に、奴隷を売り飛ばすんでしょう? 僕も、危うく奴隷商人の手に渡るところでした」

「勘のいい奴隷は嫌いじゃない。シンプルに言えば、国は直接的に奴隷を使役していない。管理に莫大な人足と費用がかかるし、一箇所に集めると反乱因子になりかねん。そもそも国としてのクリーンなイメージが損なわれるしな。だから、奴隷は市場に卸している。そうすれば国庫には金が入るし、市井には労働力が供給される」

「そういう事でしたか。合理的ですね」

「私の仕事は、汚れ仕事だ。兵士として国のために前線で戦うわけじゃない。どちらかと言えば、終わった後の屍肉にたかるハイエナさ。察しのいいお前ならもう解っただろう。私は、出世コースから外れてしまった男なのだ」

(…どのような世界でも、同じような悩みがあるものなのだな…)

「さあ、喋りすぎたな。3階へ上がろう。そこで、治療してほしい人間を紹介する。お前の能力が本物なら、あるいは私はまた出世の道を歩めるかもしれん。もし能力が偽物なら、ここまで国の事情を聞いた奴隷を生かしておく合理的な理由は、残念ながら私には見つけられない」


「紹介しよう、カネマラだ。私の娘だ」

「娘さん…でしたか…」

(歳は15、6くらいだろうか。顔の輪郭で解るくらい、歯並びが悪いな…。矯正すれば、かなりの美人だろう)

「こんにちは…。あなたは…奴隷なのね…。パパ、うちでは奴隷は使わないって言ってなかった?」

「その通りだ。だから、この男には、奴隷としてではなく、歯の医者としてここに来てもらった」

「歯の…お医者様? 床屋ではなくって?」

「歯の医者だ。おい、お前、娘を診てやってくれるか?」

「もちろんです。ちなみにカネマラさん、何か、自覚症状がありますか?」

「カネマラ、こいつに痛いところを教えてやってくれ」

「ひとつひとつを伝えられないくらい、色々なところが痛んでるの。歯のかみ合わせも悪いみたいで、硬いパンを食べる時はとてもつらいのよ。でも、本当によくなるの…?」

「まずは、診せて貰わないとなんとも言えないですね。ええと…あそこのベッドに横になって頂きたいんですが…。陽の光が口の中に当たる姿勢でね」

「ベッド? え…ええ、解りました。椅子ではないのね」

「床屋は椅子で抜歯をするんですか?」

「椅子に腰掛けて、上を向かされて、歯をペンチで抜くときいてます。場合によっては、ノミとトンカチで…」

「…その様子だと、あまり床屋での抜歯は評判が良くないみたいですね。現に、カネマラさん、あなたはそこまで酷くなっても、床屋には行っていない」

「ええ、失敗が多いんです。骨が変形して容貌が変わってしまうくらいならまだしも、化膿して発熱して、そのまま死んでしまう人も少なくないの」

(やっぱり、感染症対策が充分じゃないんだな…)

「言われた通り、ベッドに横になったわ。どうすればいい?」

「じゃあ、大きく口を開けて貰えますか?」

「あぁ…ん」

「そう、うん、充分です。そのままキープしていてね」

(なるほど、酷い歯並び、虫歯、歯石、歯周病だ。所々出血しているし、この美形からは想像できないほど、口臭もキツイ。残念だが全て永久歯。この国の食事事情や、歯のお手入れ事情はゆくゆく調べていく必要がありそうだな)

「おい、どうなんだ? 良くなりそうか?」

「…抜けている歯がそんなにないのは幸いですが、この歯の治療には色々な薬品や道具が必要です」

「なんでも言ってくれ。資材部門に友人がいるから、必要なものはある程度揃えられる」

「…C3までの齲蝕(虫歯)部は全て削って銀を当てたいですね。顎が小さいので、それより酷いものは抜歯した上で、矯正をするのが良いでしょう」

「難しくてよく解らんが、後ほど必要な資材を教えてくれ」

「あとは、普段の歯磨き指導ですね。毎日、朝起きてから夜寝るまでに、歯をどうやって手入れしているか教えて頂けますか? あ、もう口は閉じて大丈夫ですよ」

「はみがき…? 初めて聞く言葉だけれど…それって何?」

(おっと、そのレベルなのか)

「ええと…食事の後とかに、歯をブラシで磨いたりしないんですか?」

「歯をブラシで? うふふ、面白い事を言うのね。靴をお手入れするみたいに?」

「おい、ブラシは口に入らんぞ。それに、そんなもので歯を擦ったら口の中が血だらけになってしまうではないか」

(歯ブラシの歴史はそんなに深くない。爪楊枝のような物は古代ローマからあったそうだけれど、現代のブラシのような形状になったのは、ここ200年くらいだったはずだ。歯磨き粉に至ってはもっと後だ。この世界の文明レベルは、やはり16世紀から17世紀くらいを想定しておいた方がよさそうだな…。場合によっては、それよりももっと昔…)

「ちなみに、食事をした後に、口の中を洗浄したりはしないんですか?」

「洗浄…か…。娘は食事の後、水で口をすすいでいるくらいだろう。私は、寝る前に果実酒を嗜むので、果実酒で口内を軽くすすいでいるかな」

(ワインか。アルコール度数で言えば、せいぜい15%くらいだろうか。タンニンが含まれるけれど、糖質は無視できないだろうな。ウィスキーとかウォッカのような蒸留酒は、この世界ではまだ作られていないのだろうか。となると消毒できるレベルのエタノールは存在していないと考えるべきだろうな)

「ミドルトンさん、カネマラさん、ありがとうございました。状況がよく掴めました」

「それで、娘の歯はなんとかなりそうなのか? 一生痛みに耐えるのは不憫だし、このままだと結婚もままならん。私の自慢の美貌なのだ…」

「今の段階では、まだ治せるとは言い切れません。どんな薬品や道具を揃えられるのかを確認しなければならない。それに、治療にはおそらく長い時間を要すると思います」

「そうか、解った。明日、資材部に同行してくれ。私の友人に尋ねれば、すぐに解るはずだ」

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