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第1章:歯並びがいいから殺される(第3話)

(あっ…つ…ぐううぅぅ)

「よし、次!」

「ぐ…ぐぐ…」

「よし、次!」

(何のマークを捺されたんだ…? まさか、二の腕に焼印をされるとは…。奴隷である事を示す烙印だろうか。皮膚の焦げる臭いがこんなに吐き気を催すものだとは思わなかったし、熱いというよりも、冷たいものが沁みるような痛みだった。破傷風や風土病に気をつけないと。それに、痣になるまでは皮膚が突っ張ってだいぶ痒くなるに違いない…この烙印の形状は…これは…文字なのかな…。日本語を喋っているのに、文字は見たこともない形状をしている。まあいい、生き残れば、いずれ解るはずだ。それで…結局、何人残ったんだ? 半分よりは…多いくらいか。半数以上は、晴れて烙印をされた上で、奴隷として売られて行くわけか…。さっき、向こうに連れて行かれたあの男は、どうなるんだろう。やはり、殺されてしまうのだろうか)

「向こうに連れて行かれた人たちは、どうなるんですか? 彼らは焼印をされていない」

「ほう、それが気になるか。質問を質問で返すのは私の趣味じゃない。だが、お前に問おう。なぜ、お前たちを崖を背に並ばせたと思う?」

(…なるほど…)

「よし! 焼印が終わった者から幌馬車にもどれ。喜べ、さっきよりもだいぶ広く感じられるはずだ」

(半数近くが選別で落とされたからな…。さっきの男が…恨めしそうな目で僕の方を見ている。気持ちは解る。でも助ける義理がない。助ける術もない。その視線の期待に答える正義感のためだけに、自分の命を投げ出す事はできない。そして、この世界に生きる限り、僕も常に同じリスクを背負い続けるだろう。だから、さよならだ)



(馬車が…停まった。しばらく街の喧騒が聞こえていたけれど、ここは静かだ。外から…男たちの声が聞こえる。奴隷商人だろうか? 馬車の中の、周りの男たちは、始終俯いて黙っているか、震えている。僕だって、そうだ。そして、腕が痒い…)

「よおし、話はついたぞ。大変寂しいが、お前たちとはここでお別れだ。全員降りろ~」

(なるほどね。僕たちの所有権が、他の人間に移されたって訳だ。僕はいくらで売られたんだろうか。自分の売値は気になるけれど、僕が開業歯科医ではなくサラリーマンだったら、わざわざ奴隷にならなくともそれが解るんだよな。年収で)

「おっと、歯医者のお前! お前は私と来るんだ」

「あなたと…ですか? 僕は、商人に買われたんじゃないんですか?」

「お前は私の商品だ。他人に売るも、自分で使うも私が判断する」

「…つまり僕はまだ、あなたの所有物、という事ですね」

「理解が早い者は嫌いじゃない」

「でも、なぜですか? あなたの歯を治療するためですか?」

「それもあるが、それだけじゃない。私はまだお前のスキルを認めたわけじゃないが、他に診て欲しい人がいる。実際、虫歯は歴史的、国家的な大問題なのだ。ほとんどの成人が何かしら歯のトラブルを抱えている。それも、生涯に渡ってだ。私だってそうだ。お前の指摘通り、私は虫歯が要因で、もう随分長い間、頭痛に悩まされている。抜歯してもいいが、抜歯が要因で厄介な病に感染して死ぬ場合があるから、そのリスクとのトレードオフになる。時々思うよ。この痛みがなければ、もっと出世できたんじゃないか…とな。だから、もしお前のスキルが本物なら、当面は私がお前を奴隷として使役する」

「そういう事ですか。でも、それでは僕にメリットがありませんね」

「へっ。奴隷がメリットを口にするのか。少なくとも、用があるうちは衣食住が与えられて生き延びられるだけで満足だろう。それ以上を望もうとするな」

「…確かに、そうですね。で、他に診てほしい人、というのは? あなたの上司とか?」

「上司にへつらってお前のスキルを献上するのは悪いアイデアではないが、あいにく私の趣味じゃないし、尊敬するような上司は存在しない。とりあえず、黙って私について来い。紹介してやる」

「それはどうも。ところで、自己紹介がまだでした。僕の名前は…」

(あれ…? 僕の名前って、何だっけ?)

「お前は奴隷だ。奴隷に名前はない。そして、私の名前はミドルトンだ。だからお前は『ミドルトンの奴隷』と呼ばれる事になる。強いて言えば、それがお前の名前だ」

「ミドルトンの奴隷…」

「よし、行くぞ。ここからは歩きだ。馬車はレンタルだからな」

(「わ」ナンバーの馬車ってわけか…)

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