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第3章:錬金術師は消毒薬の夢を見るか?(第3話)

「で、奴隷風情でお前は、この国の工具の精度が低いのは、ギルドのレベルが低いからだ、と言いたいわけだ」

「いえ、そういう事ではないんですが…」

「床屋で見た工具も、資材部で見た工具も、満足いかなかったのだろう?」

「それは事実です」

「ふん…なるほどな。やはり、みくびられたものだ。じゃあ、これを見てみろ。ほれっ!」

「…おっとっと…。これは…」

「今投げてよこしたのは、ギルド長である自分が作ったヤスリだ。そいつをどう思う?」

「すごく…精度が高いです。一般的な単目のヤスリですが…目の切れ目が高精度な直線だし、間隔も一定ですね。油目とは言えずとも、細目くらいの精度はある…。これなら現代でも充分に通用するぞ…」

「それなら満足か」

「…満足かと言われると、まだまだですね。でも、どうやってこの精度に仕上げたんですか? そして、これだけの技術がありながら、国の資材部にさえ卸していない理由はなんでしょうか?」

「まだ不足だというのか…。まあいい。簡潔に答えてやろう。なぜ自分にその精度がだせるのか。それは、自分が正確な直線を引いたり、間隔を揃えたりする特殊スキルを有しているからだ。つまり、自分にしか作れない。なぜ販売していないのか、も簡単だ。精度を上げれば高価になるが、オーバースペックでこのレベルの工具を使う場面がない。市場に求められていないのさ。一部の工芸品を除けば、粗くて安い工具でほとんどの仕事はまかなえてしまう。作れるのが自分しかいないから、少量しか供給できない、という理由もあるがな」

「ギルド長、工具の精度をあげられるとは聞いていない。スキル流出を恐れて出し惜しみをするのは避けてもらいたいところだな」

「おや、ミドルトン殿。そもそもこの国には、そんな精度の工具を要する仕事ができる技術者はいないのではないか?」

「…どうかな…」

「まあいい。で、奴隷氏はどのくらいの精度があれば満足なんだ?」

「…歯を削る用途で考えれば、紙やすりで言うところの80番から揃えて、贅沢を言えば2,000番くらいまでは順に欲しいところですが…他にも揃えて欲しい道具があるんです。設計図を描いて渡すので、それを作っていただくことは可能でしょうか? おそらく、この仕事はギルド長さんにしかできないと思います。支払いは…」

「心配するな。当面は、私が私費で賄う」

「ミドルトン殿こそ心配するな。よほどの物でない限りは開発費含めてギルドで負担する。本当に虫歯を治療できるならな。でなければ、自分の仕事は高いぞ…。あと、定期的に菓子の差し入れを忘れるな、ミドルトン殿」

「…菓子のバリエーションには自信がないが…。承知した」

「ギルド長さんも、ミドルトンさんも、ありがとうございます」

「ガチャッ! し、し、し、失礼しま、します」

(ん? 誰か部屋に入ってきたぞ)

「おい、ターコネル。何回言えば解る。部屋に入る時にはノックをしろ。といっても、今日で最後か」

「は、は、はい。おきゃ、お客様がいらっしゃるの、のに、し、失礼しました。さ、さいごの、ごあ、ごあいさつにと、思って…」

「ああ、解った解った、お前と話していると耳がおかしくなる」

「そ、それでは、しつれいします。い、いま、いままで、あ、あり、ありがとう、ございました」

「ギルド長さん、こちらの方は…?」

「奴隷氏は気にしなくて良い」

「ギルドに所属されている方なんですか?」

「所属していた、だ。たった今までな」

(怯えているじゃないか…。まだ少女だ。下手をすると小学生くらいなんじゃないだろうか。三編みのおさげに、まんまるメガネ。今日出ていく、というからか、沢山の荷物を抱えている…。ギルド長の扱いからすると、優秀ではなかったのだろう。吃音に…トゥレットの気もあるだろうか。この世界では誰にも理解して貰えないだろうな。ギルドの中でも、いじめられていたのかもしれない。かわいそうに…。ん? 少女が持っているカバンからはみ出している瓶…)

「ええと…ターコネルさん、あなたは、鍛冶屋ですか? それとも、錬金術師ですか?」

「わ、わた、わたしは、れ、錬金術です」

「その…瓶の中の液体を見せていただく事はできますか?」

「び、びん、瓶ですか? え、ええ…。どうぞ…。でも、き、きをつけて、くだ、くださいね。あ、あ、アクア・ヴィテ(エタノール)で、ですから…。す、す、素手で触ると、き、危険ですよ。つよ、つよ、強い、脱脂作用が、あ、あり、ありますから。こ、この、か、革のて、手袋を、つか、使ってください。わ、わたしのだから、ち、ちいさいかもしれないですけど」

「どうもありがとう。でも、手袋は大丈夫。フタのコルクを…ポンッと」

(香りは…。なるほど、ワインを蒸留しているのか。白ワインかな。かなり純度が高い様だ。手に出してみるか)

「あ、ああ、直接、て、手に出すのは…」

「おっと。なるほど、これは思っていたよりもずっと純度が高いエタノールのようですね。でも、この程度なら短時間皮膚につくくらいならそれほど問題なさそうです。舐めてみても?」

「な、な、なめるんですか?」

「ぺろっ…。ふふ、味も悪くないですね。どうもありがとうございます。70%~80%くらいの純度がありそうです。これなら消毒に充分使える」

「おい、シカイ、話についていけない。この液体は何なのだ?」

「ミドルトンさん、これこそが、探し求めていたものの一つの、消毒液ですよ」

「消毒液だと? 錬金術の薬品だろう? 何に使うというのだ」

「ですから、消毒です。例えば、怪我をした時に、この液体で患部を洗浄する事で、感染症を防ぐ効果が期待できます。もっとも、破傷風など効かない細菌もありますが…」

「なるほど、つまり、それは歯にも使えると…」

「まず、洗口液に応用する事で、日常の虫歯リスクを下げることができます。このままの濃度で使うと、口の中が痛いし、唾液量が減って逆効果ですが、ある程度薄めれば日常的に使えるようになるはずです。虫歯予防ですね。また、抜歯をした後の患部をこれで消毒する事で、感染症による死亡例を減らす事ができるはずです」

「なんだと? まるで夢の薬ではないか」

「夢の薬…は言い過ぎですが…。ギルド長さん、このターコネルさんは、ギルドの中で、どのように評価されていたんでしょうか?」

「奴隷氏はなかなか残酷だな。本人がいる前で、それを自分に問うのか」

「ええ。なぜなら、この少女の知識や技術が、突出しているのではないかと推測しているからです」

「そうか…。では言うが、この娘はうちのギルドではやっていけないと判断した。喋りが下手で声も小さいから、他の構成員とうまくコミュニケーションがとれず、他の構成員から度々苦情が来ていた。研究内容についてもあまり他の錬金術師と情報を共有しなかったから、金を独占しようとしている、という密告もあった。正直、自分もターコネルについては、のろまでどんくさいという評価をしている」

(吃音が受け入れられなかったのと、研究レベルが高度で他の錬金術師には理解できなかったのだろうな…)

「ギルド長さん、部下の評価とは難しい物ですね。評価する側が、評価される側の内容を理解できないと、評価のしようがないですから…」

「ほう、奴隷氏はやはり、遠回しに自分のことを蔑んでおられるようだ」

「薬品の調達についてはもともと錬金術師に頼るつもりでした。もし許されるのであれば、その錬金術師として、ターコネルさんを指名させてください」

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