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プロローグ

「7番がC2だね。他は…C1がいくつかありそうだけれど、とりあえずは大丈夫そうかな。日守くん、カメラ取ってくれる?」

「はい、山崎先生」

「ありがとう。じゃあ、前のディスプレイに写真映しますからね~」

「え? これカメラですか? 凄いですね、今の歯科医療は」

「はい、患者は今は喋らないで、口開けててね~。はい、カシャ」

「あ、映った。すごい。これがオレの歯ですか」

「日守くん、コントラとバーと重合機の準備しておいて。CRもね」

「先生、麻酔は?」

「麻酔も」

「麻酔? え? 削るんですか? 今日? 今から?」

「今から説明するから、落ち着いて座って、ほら」

「やだな~。これだから歯医者は嫌いなんですよ。クリーニングをお願いしに来ただけなのに」

「そう言って、前回途中で逃げたでしょ」

「あれ? そうでしたっけ? もしかして、その時の歯?」

「ほら、写真を説明するから、ディスプレイを見てくれるかな。ほら、ここ。解る? 両側が少し黒くなってるでしょ?」

「え~…なってるかなあ…」

「これ、歯の内部が両側面で虫歯になってるの。フロスとか糸ようじをちゃんと使ってればある程度予防できるんだけれどね」

「フロスですか~。たまに使いますけどね、歯茎から血が出るから嫌なんですよね。それに、結構臭いも出るじゃないですか。自分の口臭が解るのが、嫌なんですよね…」

「まあ、気持ちは解るけどね。ところで、詰め物だけれど、保険適用の銀歯と、保険適用外だけれど見た目が良くて耐久性も抜群のセラミックとを選べるけれど、どっちがいい?」

「でた! 出たよ、歯医者の混合医療。知ってます? 混合医療は歯科医以外じゃ違法だって話ですよ。漫画で読みました」

「いや、まあ、だから選択権を患者さんに預けてるんだけれどね」

「だいたい、いつも疑問なんですよね。歯医者だけじゃなく、どの医者もそうだ。治療中は、値段がいくらになるかなんて一切教えてくれない。値段がわからない不安なまま、患者は治療を受けるから、おかげさまで会計時はいつもドキドキですよ。いやね、先生が悪いって言ってるんじゃないですよ?」

「言いたいことは解るし、それには僕も同意見かなあ…」

「じゃあ聞きますけれど、先生は銀歯なんですか? セラミックなんですか?」

「僕は銀歯だけれど…」

「ほらね。じゃあ、オレも銀歯にします」

「先生、準備できました」

「ありがとう、日守くん。じゃあ、まずは麻酔のための麻酔からね。はい、これを歯茎に挟んで、しばらくじっとして」

「フガフガ」

「先生、今回はクラウンですか?」

「いや、インレーだね。型取りの準備もしておいてくれるかな」

「解りました。あと、先ほどのレントゲンの患者さんですけれど…」

「どうだった?」

「智歯(親知らず)が横から生えていて、それが他の歯を圧迫しているみたいです」

「あ~…そりゃ大病院の口腔外科送りだな。僕が確認した後に、紹介状を書くよ」

「それが…その…あの患者さん、結構、口臭が強いので、気をつけてくださいね。その…先生は嗅覚が鋭いでしょうから…」

「はいはい、ありがとうね」

「型取りの準備行ってきます」

「フガフガ」

「おっとごめんね。麻酔のやつ、外すね。どう? しびれてきたの解る?」

「ええ、解ります。便利ですね。麻酔のための麻酔があるなんて」

「歯を削るのは、それだけ痛いって事なんだけれどね。大昔の人は大変だったと思うよ。歯医者なんてないから、一度虫歯ができたら、死ぬまで苦しむ事になるからね。にも関わらず、歯磨きの文化も満足にはなかった」

「へえ。でも、抜歯はしてたんじゃないですか?」

「うん、治療と言える治療は、抜歯くらいだったろうね。中世ヨーロッパの貴婦人たちが、いつも扇で口元を隠していたのは、歯が虫歯でガタガタで、口臭もありえないくらいきつかったから、とか言うよね。虫歯が痛くて我慢できずに自殺した人もいるっていうから、相当だったと思うよ」

「ははあ。だから、先生に感謝しろって事ですね」

「そうは言ってない」

「先生、やっぱり歯医者の先生って、患者の口臭が気になるものなんですか? オレ、来る前にすごく歯を磨いたし、マウスウォッシュもしてきましたよ? それに先生は大げさなマスクしてるじゃないですか、それでも臭います?」

「はは。そうだねえ…。まあ、僕は結構気になる方かな。難しいんだよね、ちゃんと歯を磨くってのは。本当に多くの人が、少なからず不快な口臭があるよ。年齢差はあるけれど、男女差はあんまりないかなあ…。まあ、歯科衛生士の中には、そういう臭いが気にならないって娘もたまにいるけどね。ああ、君の名誉のために言っておくけれど、君の口は別に臭くない」

「そりゃどうも。あと気になったんですけれど、歯科衛生士さんってみんな美人ですよね? さっきの日守さん? でしたっけ。すごい美人」

「本人に言ってあげなよ」

「どうしてみんな美人なんでしょうね? 先生の趣味ですか?」

「日守くんが僕の趣味かどうかはさておいて、そうだねえ…。やっぱりマスクで顔の大半が隠れているから、美人に見えるんじゃないかな? あと、歯医者は口の中を覗く商売だから、照明設備が充実しているでしょ? その明かりで肌が白く見えるんだろうね。ほら、雪山とか、スノーボード行ったりすると雪面からの光の反射で女性が何割増しかできれいに見えるって言うでしょ? あれと同じじゃないかな。あとは…歯医者って、ライバル店が多いんだよね…。だから、美人の歯科衛生士が居たほうが患者さんが来てくれるのかもしれない」

「ああ…聞きますね。コンビニよりも歯医者の方が多いんじゃないかって。先生のところ、経営大丈夫ですか?」

「ほらほら、そろそろ口を閉じないと、麻酔が変なところに刺さるよ」

「おっといけない。おとなしくしてます」

「はい、口をあけて…今、麻酔を入れているからね…はいおわり。このまま麻酔が効くまで、静かに待っててね」

「日守さんとお話がしたいなあ…」

「それは無事に治療が終わってからにしてもらいたいものだね。僕は親知らずの患者さんのところに行ってくるから、おとなしくしてるんだよ」

「はいはい、解りましたよ」


「さてさて…お待たせしましたよ。親知らずが横から生えてきているそうですね」

(先生、この方、喋りかけても、なにもお話にならないんです。ちょっと変わった方かもしれません)

(ふむ…。確かに、風貌もちょっと変わっているな…。少し人間離れしているというか…。でも、いるよ、こういう人。それよりも、日守くんの言う通り、口臭が…かなりきついな。ここにいても解る。とりあえず、口を開けさせるか…)

「じゃあ、口を大きくあけて貰ってもいいですか? そう…。そう」

(歯は…別に気になるほど汚れてもいないし、歯並びが極端に悪い、という感じでもない。立派な歯だ…。しかし、この口臭はなんだ? 要因は歯ではなさそうだ。胃の中から発生しているのかもしれないな…。何か、悪い病気を抱えているのかもしれない)

「ああ…。これですね。なるほど。いや、立派な歯ですよ。親知らずが、4本中3本は普通に生えているし、顎のサイズもしっかりしている。でも、ここの歯ですね。歯茎の中に埋没しているけれど、横に生えてきているのが目視でも解りますね。日守くん、レントゲン映して」

「はい、先生」

「…ああ…これは結構、神経の近くで生えていますね。これはうちでは治療が難しいので、総合病院の口腔外科を紹介させて頂きます。紹介状を書きますから、ご自身で予約をして頂いて…」

(…なんだ…? 視界が歪んで見える…まさか、この男の口臭のせいか…?)

「…ええと…紹介状を…その…うう…」

(しまった、この患者、もしや、胃の中に毒物でも仕込んでいたか? 毒ガスが発生しているのか? 何のために? いや…でも、化学的な臭いでもないような…)

「先生? どうされました? 先生?」

(日守くん…声が出せない…声が出せないんだ…。救急車…呼んでほしい…意識が…保てない…)

「先生! 先生! 大変、誰か、はやく救急車を呼んで! 先生、しっかりしてください」

(患者の口臭で…死ぬなんて…嫌だ…。笑い話になっちまう…畜生…ああ…だめ…だ…)

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