~婚約破棄は傾国の薫り~
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王太子が殺害された!
犯人は誰だ!
目の上のたんこぶに思っていた第二王子か?
婚約破棄された公爵令嬢か?
はたまた野心ある第二王子の母か?
それとも敵国から嫁入りしてきた王太子の母か?
不自然にも留学に訪れていた隣国の王太子か?
探偵陛下は事件を解決するために動き出した!
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「きゃーーーーー!!!! 王太子様が倒れていらっしゃる!!!」
王城に侍女の声が響き渡る。
三方を敵国に囲まれているヴェーデ王国は海に面している南方以外はすべて隣国との膠着状態だ。小さないさかいは日常茶飯事。密偵も毎日検挙される。毎日食事の毒見をされ、城内であろうとも油断はできない。
この国の王太子サルーダが、王城三階にある陛下の私室にて倒れ伏していた。
その蒼の瞳は閉じられ、顔は血の気が引き、後頭部からは血を流している。毛足の長い絨毯には血痕が付き、王太子の近くには血の付いたトロフィーが倒れている。おそらくそのトロフィーで王太子の後頭部を殴打したのだろう。
「いったいこれはどういうことだ!!」
侍女とともに鍵を開けて私室に足を踏み入れたカラード陛下はその蒼の瞳を見開いた。彼は大股で息子の前まで歩み寄るとその脈をとった。
「し……死んでる!」
陛下と同じ金髪を持つサルーダ王太子の身体はまだ少しだけ温かく、死後硬直が起きていないことからも犯行時刻からまだそれほど時間は経ってなさそうだ。
この王太子サルーダは、第一王子という己の立場に胡坐をかき、つい先日「真実の愛に目覚めた」と長年婚約を続けていたカレン公爵令嬢を一方的に振り、婚約破棄をしたことで国民の人気がだだ下がりしていた。
国外どころか、国内の民衆にも疎まれていたのだ。彼の元婚約者カレンがもしヤンデレ属性もちだったらまっさきに彼女が疑われるだろうが、カレンは逆にサルーダに愛想をつかしていたくらいだった。
そして彼の弟、ガルーダは目の上のたんこぶである第一王子のことを疎んでいたし、第一王子と第二王子は腹違いの為、第二王子の母親であるメンサ妃も王太子となる第一王子を疎んでいた。メンサは自分の息子こそが次期王座にふさわしいと思っているのだ。
そして、さらに第一王子の母親は敵国から嫁入りしてきた政略結婚相手だ。もしかしたら敵国の間者だったのかもしれない。
つまり、王太子の命を狙える動機のある人物はーー元婚約者、実の弟、弟の母親、実の母親ーー城内にも身内にもいるのだ。
ああ、人望のなさよ!!
「どうしたんですか、今の悲鳴は……ひ! サルーダ王子!」
やわらかめの声に陛下が振り向くと、明るい栗色のふわふわした髪に、水色の二重のくりくりとした瞳を持つ隣国のカヌレ王子が来ていた。今の悲鳴を聞きつけてきたのだろう。彼は西の隣国カヌレットから交換留学で城に滞在していた。素直で可愛らしい性格だと聞き及んでいる。が、しかし、こういったミステリではそういう好人物ほどまっさきに疑うべきだ。
「カヌレ王子、どうしてここの部屋に?」
陛下はその蒼の瞳を眇めた。敵国の王子が殺人現場に真っ先に駆けつけてくるなど怪しいにもほどがある。
「僕はたまたま近くを通りがかったら悲鳴が聞こえたんで声の方にとんできただけですよ。ほら、他の人もどんどん集まってきています」
彼の言う通り、陛下の私室の前にはやじ馬で人だかりができていた。その人込みをかき分けるようにして、第二王子が割り込んでくる。
「親父! なんだこの人込みは……うわ! あ、兄貴!!」
王太子である第一王子は厳しくしつけたものの、その反動でほったらかしにされていた第二王子は随分と自由人に育っていた。彼は兄の俺様な態度にいつも反発し兄弟仲は最悪だった。直情型ですぐにかっとなる性格で、今回の事件のようにトロフィーで後頭部を殴打など、計画性のない犯行をいかにもやりそうな性格だ。
「ガルーダ、お前さっきまでどこにいたか」
陛下の問いにガルーダは目を見開く。
「お、親父……俺を疑ってんのか!? 俺じゃあねえよ! 俺がやるわけないだろ!!」
ガルーダは反抗期だった。
「ガルちゃん! ああ、あなた。どうしてガルちゃんがそのようなことをしでかすでしょうか!! 言いがかりはやめてくださいまし!」
ガルーダの母親、メンサ第二王妃が駆けつけてきた。彼女の赤の髪はガルーダとお揃いで、ガルーダの蒼の瞳は父親譲りだ。メンサはその碧の瞳を眇めて心底腹をたてている。
「あなた! その第一王子はつい先日婚約破棄をいいだしたばかりですのよ! 疑うべきはこの城内にふてぶてしくも居座ってるカレン公爵令嬢じゃあありませんこと?」
びしっとメンサが指を突きつける先には、やじ馬に混じって立っているカレン公爵令嬢の姿があった。たしかに……婚約破棄されてまだ城内をうろうろしていただなんて、恨みを晴らしにきたと思われても不思議ではない。
「わたくし、荷物をとりに来ただけですわ。急に好きな人ができたから婚約破棄しろといわれて即日城を出ろだなんて、情がないにもほどがあります」
カレン公爵令嬢は長い銀の髪に、赤い瞳のアルビノだ。色白の肌が儚さを感じさせる。が、しかしその内面はまったく儚くなどなかった。クールビューティーにふさわしいキレキレの超リアリストだ。
「ほら! 恨んでいるじゃあないの!」
メンサは金切り声をあげた。彼女はヒステリーもちなのだ。陛下は耳がキンとした。
「お、おちつけ」
陛下がなだめにかかろうとすると、第一王子の母親が騒ぎを聞きつけて現れたのだ。
「Oh,マイベイビー。天使ちゃんが本当に天使になってしまったのデスね。この世の理から解き放たれて自由になれてよかったデス」
はちみつ色の濃いブロンドに、水色の瞳、この世の女神を体現した姿でうっそりと笑って正妃マリアは白のドレスをゆるりとゆらし現れた。この官能的な姿にノックアウトされた陛下は北の敵国の王女である彼女と政略結婚したのだ!
「マ、マリアすまない……」
陛下は蒼白になった。彼女の息子が死んでいるのだ!!!
「カラード。アナタ気にすることない。サルーダ天国いった。もうコワクナイ。自由。しあわせになっタ」
陛下の顎もとに手をやってマリア王妃は薄く微笑んだ。聖母の微笑みだ。だがしかし彼女は独特な死生観を持っている。
「マ、マリア。君が自分の息子を手にかけるだなんてそんなこと私にはとてもいえない。だが、アリバイがあるかどうかだけでも教えてくれないか……」
「アリバイ? ないヨ」
ーーこの場には五人の容疑者がいる!!!
①隣国のカヌレ王子
②ガルーダ第二王子
③メンサ第二王妃
④カレン婚約破棄令嬢
⑤マリア第一王妃
だが、だれもがアリバイがなく、動機だけはみんな持っている!!
陛下の逡巡した視線は容疑者を一通り流し見た後、床に倒れた王太子に目を留めた。
王太子の近くの壁には小さな血文字が書かれている。
途中で力尽きたのだろう、書きかけの文字を目にとめて陛下はその蒼の瞳を見開いた。
「これは……! ダイイング・メッセージ !!」
犯人を示唆する手がかりとしてお決まりのものだ。
Ka
ここまで書かれている。
「カ……この文字が犯人を示唆しているだと!?」
陛下はくっと唇を噛んだ。にがにがしい顔だ。
この場の容疑者のなかでも、①隣国のカヌレ王子と④カレン婚約破棄令嬢がよりいっそう怪しくなった。
「な! 陛下! わたくしをお疑いになるのですか!? 裁判に訴えますわよ」
カレン公爵令嬢の赤の瞳は冷たい。ただでさえ、息子に婚約破棄されているというのに、その父親には殺人の容疑を掛けられそうになっている。
「ぼ、僕だってこんな……国際問題に発展しますよ!?」
隣国のカヌレ王子も顔面蒼白だ。友好の印に訪れているはずがとんだ濡れ衣だと声を震わして抗議している。
「お、俺は常日頃兄貴なんて死んじまえって思ってた。俺は念じるだけでひとを殺す神なるチートを授かったのかも……」
ガルーダ第二王子は声を震わせて唸った。
「お、おちつけ」
陛下はなだめにかかった。カオスだ。修羅場にもほどがある。
「嗚呼、うるさくてうるさくて、……ワタシここ一帯を燃やして綺麗に消毒したくなってきました……」
ほうと色っぽくマリアが口走った不穏な言葉に陛下は息を呑んだ。このままでは妃が放火魔になってしまう……!
「よ、よしわかった。犯人はーーお前だ! カヌレ王子!」
陛下の指先は隣国のカヌレ王子を指した。
とりあえずこの場を静かにするために陛下はこの事件を解決することにしたのだ。
「な! なんでなんですか!!」
一方犯人となってしまったカヌレ王子は顔面蒼白だ。地下牢に監禁される未来しか見えない。これでは隣国への体のいい人質だ!
「は、はめられたんですね、僕は。友好の印としての交換留学だと聞いていたから来たのに。こんなのあんまりです。国に報告しますから」
「お前は殺人の容疑者だ。外部と連絡をとることなど認めん」
陛下は冷たい蒼の瞳を眇めて言いきった。その金の髪は恐ろしいほど冷酷な色を反射して、血も涙もない君主の酷薄さをにじみだしている。
「あらー不思議ですわ」
のんびりした口調でカレン婚約破棄令嬢は首を傾げてみせた。
「どうしてわたくしではなくてカヌレ王子が犯人だと陛下は思われたのでしょう~」
カレン婚約破棄令嬢の冷静な分析に陛下はくっと唇を噛んだ。
(どう考えても、お前が、トロフィーで後頭部を一突きだなんて直情的な犯行ができるようには見えないだろう! お前なら緻密に計画を立てて密室犯罪にアリバイ作りまでやるだろうが……!)
そこまで考えて陛下ははっとした。
ーー密室!!
陛下の部屋には鍵がかかっていたのだ。内側から。何のために? おそらく犯行現場を見られないためだろう。侍女に部屋が開かないと連絡を受けて駆け付けた陛下が部屋の鍵を開けた瞬間に密室はとかれた。犯人はどこに消えたんだ? 部屋の中にまだいてもおかしくはない。
「あれーこの本棚動きますの~」
カレン公爵令嬢の目ざとい視線は床の引きずられた後の線と、その本棚の周辺だけ埃がたまっていないことを見抜いた。
ーー隠し扉だ!!
水平方向に移動された本棚の向こう側は暗い先の見えない小道であり、王家の隠し通路であることは明らかだった。
「これはどうみても内部犯……それもかなり地位の高い方の犯行ですわ~」
カレン公爵令嬢の赤い瞳は獲物をとらえる肉食獣のそれだ。ギラリと瞳がひかり、その苛烈さに周囲は思わず身震いする。眠れる獅子ここに牙を剥いたり。
オー! ジーザス! ドンドコドンドンドンドン ドンドコドンドンドンドン
国王お抱えのシャーマンが人ごみを割って高らかに神のお告げを知らせに来た。
シャーマンは一日一回陛下に国の未来を予言するという仕事を抱えているのだ。
「この国は滅びる!!!」
白髪に年季の入ったしわがれた声でシャーマンは取りつかれたかのように叫んでは去っていった。重苦しい空気があたりに立ち込める。
陛下は口がからからになった。一方、カレン公爵令嬢はどこ吹く風だ。
「ホワイダニット(殺害の動機)よりまずはフーダニット(誰がなしえたのか)ですわ。隣国の王太子はこの城のからくりなど知らないでしょう。どうしてここを密室にするという知恵まで回るでしょうか」
公爵令嬢の視線は侍女の下げている鍵の束に向いている。ここが密室だったと気がついたのだろう、いや、彼女は自分ならば密室にすると考えただけなのかもしれない。
「この部屋の壁は防音ですから扉さえ閉めておけば悲鳴が響くことはないでしょう、でも第三者が偶然部屋に入るとも限らないから鍵は閉めますよね。そして普通ならば犯行後ドアから出る時がもっとも危険性が高い、顔を見られる可能性がありますから。当然ですよね、こんなに人通りがおおいんですもの」
公爵令嬢は野次馬の方々をぐるりと見回した。完全に探偵側のノリだ。陛下は絶句した。探偵の役を完全にとってかわられたのだ。
「陛下が探偵を気取ったのはなにも息子を殺された責任からではない。そうでしょう、陛下!」
びしっと指を突きつけてカレン公爵令嬢は断罪した。みんなあっけにとられる。完全に主導権が入れ替わったではないか!
いきなり容疑者に引きずり降ろされて陛下は目をぱちくりさせた。まさかこうなるとは思わなかったのだろう。
「城のからくりを知っているのは王城でも王家の血筋のみ。つまり隣国の王太子とわたくしは候補から外れます」
涼やかに言い切るカレン公爵令嬢はその赤い瞳を冷たく眇めた。
「ですよね? カラード陛下」
その場の空気がしんとする。静寂を切り裂いたのは陛下の乾いた笑いだった。
「く、くくく。は、はははははははははは!!!!!!!!」
周囲の者はぞっとした。陛下の酷薄な口元がゆるりと持ち上がる。
「まさかこんなことがあるとはな。私の負けだ」
思いもがけない言葉に一同は目を剥いた。
「私がやった」
シンプルな自白に周りの一同は恐怖した。いつからジャンルはサイコホラーにかわったのだろうか。
「……サルーダは核爆弾のスイッチを押そうとしていたんだ。止めようとして揉み合ったら、サルーダがトロフィーを取り出して襲い掛かってきてな……無我夢中で揉み合っていたら殺してしまった」
……一同愕然とする。
こんな展開誰が予想できただろうか。カレン公爵令嬢はさらなる追撃を仕掛けた。展開の速さに茫然と立ち尽くしているカヌレ王子に詰め寄った。
「カヌレ王子、 わたくしとこの録音データもらってくれません?」
「え! え? え!?」
かやの外だったカヌレ王子は目を白黒させた。なんとまあカレン公爵令嬢は一連の流れを録音していたのだ。裁判に訴えますの伏線を見事に回収しに来たのである。
「ま、待て! た、たのむ!! その音源を渡してくれ!! なんでもするから!!」
陛下は慌てた。とんだスキャンダルだぞ、これは!!
「わたくし、あなたの息子に婚約破棄されましたの。陛下はわたくしのこと、全然かばってくれませんでしたね」
「それは……すまない!! この通りだ!! 王太子は死んでしまったが、第二王子と婚約させるから!!」
「な! お、俺やだよ!!! この女こえーよ!!!!」
「結構です。わたくし、もうこの国には愛想をつかしましたから」
場は混乱した!!!!
「ええと……」
カヌレ王子は混乱した。カレン公爵令嬢は性格はアレだがかなりの美少女であり、なにしろ胸が大きい!! カヌレ王子の好みど真ん中だった! カヌレ王子は急に詰め寄られてどきどきしていた。距離が……近い!!
「カヌレ王子、わたくしを亡命させてください」
カレン公爵令嬢は真剣な面持ちだ。なにしろ彼女は不敬罪で投獄されてもおかしくはないのだ! ここで陛下かカレン公爵令嬢かどちらかの人生は転落するだろう!
「あ、ああ」
カヌレ王子は冤罪を回避し隣国の弱みが手に入り、……未来の嫁とボーイミーツガールした!!!
その後、公爵令嬢は陛下の悪行を隣国に売り、カヌレ王子を補佐して隣国を豊かにしつつ、自国にざまあをしたのだった!!
国王お抱えのシャーマンのお告げ通り、王家は傾いた!!!
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後日譚
「ここが、カヌレット……素敵なところですね」
風そよぐ隣国の城の庭園にてカヌレ王子はカレン公爵令嬢を散歩に誘った。
咲き誇る季節の花々には色とりどりの鮮やかな蝶々が舞っている。
カレン公爵令嬢はその銀の髪をかきあげ、赤の瞳を細めて笑った。
その横顔にカヌレ王子は思わずくぎづけになる。
「こ、この庭園はあちらに小さな池もあるんですよ。小さなカメが居ついていて……」
カヌレ王子のたどたどしい案内に、カレン公爵令嬢はふふっと笑った。
「まあ、それはぜひ見に行きたいですわ」
にこりと笑ってそっとカレン公爵令嬢の手はカヌレ王子の手を取った。
二人の恋物語は始まったばかりだ。
~HAPPY END~
お読みいただきありがとうございます!