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吟遊詩人の日記  作者: 立川みどり
王都の光と影
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王都の光と影・その1

音楽学校に入学して、都で暮らすことになった主人公。華やかな都の繁栄の影には、貧しい人々の暮らしがあり……。

ハウカダル共通暦三二一年ミウ麦の月十八日


 作曲の授業のあと、教室でみんなと雑談していたとき、食べ物の話題になって、ムグの話が出た。ムグのことは知識として知っていたけど、都に来るまで実物を見たことがなかった。おれの村にはムグを食べる習慣がなくて、飼っている家はなかったしな。大きな村の市場でも見たことがないから、周辺の村にもなかったんだろう。

 ムグは、もとは魔界の生き物だったのが、魔族が地上に連れてきたらしい。ネズミぐらいの大きさで、少しネズミに似ているが、毛皮の色はリスみたいな茶色で、腹は白い。しっぽはウサギみたいに太くて短い。

 都では、これをよく売っている。生きたのを売っている店も、殺して毛皮をはいだ状態で売っている店もあるし、丸焼きを売っている屋台もある。まだ食べたことはない。なんだか、ネズミに似ていて気持ちが悪くって……。牛肉とか豚肉とか羊肉とか鳥肉なんかに比べるとずっと安いんだけどね。

 そう言ったら、ほかの連中も同じだと言って笑った。ただ、ウォレスと、あとふたりほど、いやそうな顔をして立ち上がり、教室を出ていった。

「どうしたのかな? なんだか怒っているみたいだったけど」

 そう言ったら、「あいつらはいつもムグを食っているからさ」という返事が返ってきた。

 聞いてみると、シグトゥーナの貧しい家庭では、ムグを飼ってときどき食用にしている家が多いらしい。おれたちの村ではニワトリかガチョウを飼っている家が多くて、おれの家ではニワトリを飼ってたけど、それと同じなんだろうな。

 羊は村の共有財産で、領主様のものでもあるから、いくら羊飼いでも勝手に殺して食べるわけにはいかない。それは小麦をつくっている家でも牛飼いの家でも同じだ。でも、自分の家の庭で飼っているニワトリやなんかは自由に食べることができる。シグトゥーナの庶民の家庭でそれにあたるのが、ムグってことらしい。

 シグトゥーナでも、広い邸宅に住んでいる貴族やお金持ちは、庭でガチョウやその他のいろんな食用の鳥を飼っているし、中ぐらいに裕福な家庭では、肉は買って食べる。でも、貧しい家庭では、めったに肉を買えないし、かといって、ニワトリなどを飼うような庭もない。だからムグを飼う。ムグは家の中で飼えるし、よく繁殖するんだそうだ。

 そういうことなら、ウォレスに悪いことを言ってしまった。さぞ気分を害しただろう。

 それにしても、驚いたのは、ほかの連中の言い方にウォレスたちを見下すような響きがあることだ。

「優等生ったって、ムグを食ってるのさ」

 そういう言い方して笑うんだ。「よせよ」とたしなめたやつもいたけど、逆に「いい子ちゃん」なんて言われてからかわれてた。

 なんだかいやな感じだ。気のいい連中だと思ってたんだけどな。

 寮に帰ってからウォレスにあやまろうとしたんだけど、よけい怒らせたみたいだ。二重に彼のプライドを傷つけてしまったような気がする。



ハウカダル共通暦三二一年夏至の月二日


 このあいだからずっと、ウォレスとは気まずい。悩んでいたら、シグムンドに誕生パーティに出てほしいと誘われた。シグムンドはウォレスを怒らせる原因になったひとりだ。いや、シグムンドが悪いってわけじゃない。おれが考えなしだったんだ。

 でも、シグムンドのパーティーにいったら、ウォレスともっと気まずくなるかな……と思ったんだが、シグムンドはウォレスも誘って、ウォレスはそれに応じたらしい。考えてみれば、ウォレスとシグムンドたちが親しく話しているところを見たことがなかったけど、仲が悪いってわけでもなかったのか?

 シグムンドの招待を受けることにして、寮に帰ってからウォレスにその話をふったら、相変わらず機嫌が悪い。

「やつらを快く思っていないのに、しっぽを振るのがおかしいか?」

 冷たい口調でそんな言い方をするので驚いた。

「シグムンドと仲が悪かったのか?」

 そう聞くと、「べつに」という返事が返ってきた。

「仲がいいわけでもないし、悪いわけでもない。別の世界に住んでる連中ってだけだ」

 それって、「仲が悪い」というよりもっと嫌ってるんじゃないか? いや、嫌っているというより、見下しているような感じだ。

「ほんとうはパーティに行きたくないのか?」

 そうたずねたら、ウォレスは「これも勉強だ」と言う。

「宮廷詩人をめざしているんだ。宮廷詩人が無理なら、有力な貴族のお抱え詩人だな。上流階級のパーティに出るのは、その予行演習さ。おまえもそのつもりでいるんだな。単純に誕生祝いにいくつもりでいると後悔するぞ」

 どういうことなのかとたずねると、ウォレスはフンと鼻で笑った。

「やつがおれを誕生祝いに呼ぶのは、友だちだと思っているからではなくて、音楽学校の優等生を招いて歌わせたいからさ。余興係ってわけだ。だから、こっちも勉強と仕事と割り切ってる」

 そういうことだったのか。

「仕事?」とたずねたら、「料理の包みと手みやげを渡される」という返事が返ってきた。

「おまえに対してはどういうつもりか知らんが、たぶん、おれの場合と同じ理由はあるだろうな。吟遊詩人の奨学生試験に合格したやつなんだから」

 ウォレスの態度は相変わらずそっけないが、おれにこれを教えてくれたのは親切なのだと思う。余興係の扱いを受けて、おれがその場でとまどったり腹を立てたりしないよう、教えてくれたんだ。



ハウカダル共通暦三二一年夏至の月五日


 きょうはシグムンドの誕生パーティだった。

 シグムンドの家は、ずいぶんりっぱな邸宅だった。郷里の領主様の館よりはだいぶん小さいけれど、それは都にあるからだと思う。大きさは領主様の館より小さくても、領主様の館よりお金をかけているかもしれない。

 ウォレスに前もって聞いておいてよかった。シグムンド本人は学友として歓迎してくれているみたいだったけど、おおかたの人は、音楽学校の優等生や奨学生に興味をもっているという感じだった。前もって聞いていなければ、とまどったかもしれない。

 シグムンドの母上のソーラ夫人に頼まれて、入学試験のときに歌ったハンナばあさんの歌を歌った。みんながほめてくれて、帽子を差し出すように言った。帽子をひっくり返して出すと、みんながおひねりを入れてくれた。

 一同のなかに七つか八つぐらいのかわいい女の子がいて、「どうして帽子にお金を入れるの?」と聞いていた。イーナという名前で、シグムンドの妹だという。

「とても歌がじょうずで、きれいだったでしょう? そういうときは、帽子にお金を入れるの。おひねりっていうのよ」

 ソーラ夫人にそう言われて、気持ちがよかった。

 イーナも、竪琴と歌を先生について三年ほど習っているらしくて、子供用の竪琴でそれを披露した。まだ小さいのに、けっこううまかった。この子、才能があるんじゃないかな。

 みんなが拍手してほめたら、女の子はうれしそうに自分の頭飾りをはずして差し出した。

「おひねりちょうだい」

「まあ。……おまえはもらわなくてもいいの」

 母親にたしなめられて、がっかりしているようだったから、さっきもらったおひねりのうち、錫貨を一枚入れた。

「とてもじょうずで、きれいな歌声だったよ」

 イーナはうれしそうに「ありがとう」と言ったけど、夫人はそれを取り上げた。

「レディはこういうものをいただかないものなのよ」

 イーナは不満そうで、周囲は困惑している。ソーラ夫人の態度にではなく、おれのやったことに驚いたり、困惑したりしているみたいだ。

 夫人はこちらに錫貨をさしだした。

「ごめんなさいね。子どものわがままにつきあわせて」

 イーナがかわいそうだと思ってためらっていたら、ウォレスがこつんと脇腹をつついてささやいた。

「前もって教えておいただろ。その子は余興係じゃないんだ」

 ああ、そうかと、気がついた。彼女は貴族のお姫様で、おれたちは余興係。くれたお金は、余興係への報酬という意味合いがあるんだ。そういう習慣だったんだ。ウォレスに前もって聞いていたのに、気づかなかった。おひねりは純然たる称賛のしるしだと受け取っていたけど、違ったんだ。吟遊詩人におひねりを渡すようなものだったんだ。

 前もって聞いていなければ、とまどったかもな。ウォレスがシグムンドを嫌っているのに誕生パーティにやってきたのは、仕事と割り切ってのことだったんだ。

 でも、ウォレスは、歌いながら、なんだかいやそうだった。歌はすばらしいし、なんだか迫力もあったんだけど、不本意ながら歌っているという感じがした。上流階級の人々を憎んでいるようにさえ見えた。いや、憎んでいるってのはいいすぎか。反感を感じているってところかな。ウォレスは、ほんとうに上流階級のお抱え楽士になりたいんだろうか?

 イーナの音楽の先生という人も、演奏や歌がウォレスと少し似ていた。すばらしくうまくて、でも、聴いている上流階級の人たちに反感をもっているみたいだった。ただ、教え子のイーナに対しては、やさしい目を向けていたけれど。

 彼らの反感の理由は、少しわからなくはない。最後にシグムンドが歌って、そのあと雑談になったとき、貴婦人のひとりが、領民たちについて愚痴をこぼして言ったんだ。

「年貢を安くしてほしいと言ってきましたのよ。スープにもう何日も肉を入れていないとか言いますの。で、わたし、言ってやりましたの。わたしも、いつも具の入っていないスープを飲んでいますよって。そうしたら、ものすごい目でにらみつけますのよ」

 そばで彼女の夫もうなずいて言った。

「まったくだ。農民どもはなまいきでいかん」

 驚いたことに、他のお客たちもうなずいている。うなずいていないのは、ウォレスとか、イーナの先生とか、楽士や給仕の人のほかは、ごく数少ない人たちだけだ。

 みんな、知らないのだろうか? 庶民のふつうの夕食はスープとパンで、スープには肉や野菜が入っている。スープに肉の一切れも入れられないというのは、かなり貧しい食事だ。でも、上流階級では、スープと料理を別々に食べる。おれたちも、結婚式とかお祭りみたいな特別なときには、スープは具の少ないあっさりしたのにして、それとはべつに肉を焼いたり蒸したりした料理を食べるけど、上流階級ではそれがふつうの食事らしいと聞いたことがある。

 ここにいる人たちって、庶民もスープとは別に料理を食べてるって思ってるんじゃないのかな? だとしたら、わかってもらえなくて年貢を下げてもらえない村人たちも、無知なばかりに自分の領民たちに憎まれているこの領主夫妻も気の毒だ。

 そう思ったんで、おれは思わず口をはさんで説明した。庶民にとっては、パンとスープが食事で、それとは別に肉料理をたべたりはしないんだって。

 驚いてくれるかと思った。おれがいとこのホープの村の貧しさを見て、ショックを受けたときみたいに。

 でも、みんなは困ったように顔を見合わせただけだった。さっき、イーナにおひねりを渡そうとしたときと同じように、妙な空気が流れている。と、さっき愚痴を言っていた貴婦人は、眉をひそめてこう言った。

「下々の者たちの食事って変わっていますのね。……でも、あなた、そういう言い方は失礼ですわよ。まるで、わたしや夫が領民にひどい扱いをしているみたいではありませんの」

「まったくだ」と、彼女の夫も言う。

「音楽学校で期待されていると聞いたが、礼儀のほうはなっておらんな」

「まあまあ」と、年配の貴婦人が口をはさんだ。さきほど、この夫妻の言葉にうなずいていなかった女性だ。

「その少年は、善意で親切に説明しようとしてくれたのですよ。そのようにいうものではありませんわ。それに、領民にひもじい思いをさせないほうがいいのはほんとうですよ。とくに子どもたちにはね。疫病がはやったときには、飢えている者ほどかかりやすくなるのですよ」

「わたしたち、べつに……」と、先ほどの貴婦人は気まずそうだ。

「領民たちが不満たらたらで文句を言ってくるだけで、飢えさせたりはしておりませんわ」

「そうですか。それならいいのですが」

 老貴婦人がため息をついた。相手の言葉を全然信じていないのだが、それ以上は言ってもむだだと思ったようだ。

 それから話題が切り替わって、その場の人たちは、領民が飢えているかどうかという問題には、すっかり興味をなくしたようだった。というより、最初から興味はなかったのだろう。

 この人たちが悪い人たちというわけではないと思う。残酷な人たちというわけでもないと思う。ただ、感覚がどこか違う。さきほどの老婦人のように、そうじゃない人もいるみたいだけど。でも、おおかたの人たちは、自分が治めている者たちのことを全然わかっていなくて、わかりたくもないみたいだ。ウォレスたちが反感をもつのって、上流階級のこういうところなんだろうな。


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