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吟遊詩人の日記  作者: 立川みどり
新生活
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新生活

王都の音楽学校に入学した主人公の新しい生活がはじまる……。

ハウカダル共通暦三二一年ミウ麦の月四日


 けさ、洗濯女が注文を取りにきた。うちの村では、洗濯場は村のすぐはずれにあって近かったし、専門の洗濯女なんてなかったから、おふくろが洗濯していたけど、都では洗濯女に頼むのがふつうらしい。おれは節約のために自分で洗濯に行くつもりをしてたんだけど……。

「洗濯場は城門の外で、自分で洗濯しようと思えば、いちいち城門から出ていって、また入らなければならない。けっこうめんどうだぞ。それに、洗濯女は専門職だから、生地を傷めない洗濯のしかたとかがよくわかっている。自分で洗濯するより専門職に頼んだほうが、長い目でみれば得だぞ」

 ウォレスがそう主張するので、日を決めて洗濯を頼むことにした。あとでわかったんだが、注文を取りにきたのはウォレスのねえさんだった。ちゃっかりしてるなあ、もう。

 とはいえ、洗濯は洗濯女に頼んだほうが合理的というのは、まんざらウソではないらしい。時間的な問題もあるけど、洗濯場はいつも洗濯女たちでいっぱいで、いい場所は彼女たちのなわばりみたいになっていて、素人、とくに男が行くと入りこみにくいんだそうだ。で、寮生のなかには、はじめ自分で洗濯しようとしたやつもいたんだが、結局、洗濯女に頼むようになったということだ。

 うーん。都の暮らしはやっぱりお金がかかるなあ。寮の食事は、朝食代は寮費に込みだから、卒業してから返せばいいけど、夕食は違うもんな。夕食は寮で食べないやつがたくさんいるから、寮費とは別計算で、毎回お金を払わなくちゃいけないからな。昼食もちゃんと食べたいし。

 早く仕事を見つけなくちゃなあ。



ハウカダル共通暦三二一年ミウ麦の月五日


 きょうは午前中に授業があいている時間があったので、学校の仕事斡旋所に仕事を探しにいってみた。でも、思うようなのはない。

「一般教養をちゃんと習得したあとなら家庭教師の仕事ができるし、音楽の勉強が進んだあとなら、酒場とか金持ちの家の宴席とかで、楽器を弾いたり歌ったりする仕事もできるんだがね。音楽学校に入学したばかりで、しかも一般教養も終わってないんじゃ、皿洗いぐらいしか仕事はないよ」

 そう言われてしまった。

 皿洗いはひどく給料が安いし、それに、日を決めて長期的に働ける仕事はどれも授業と重なってしまっている。とりあえず、宿屋兼食堂兼酒場で、夕方の授業が終わってからいける三日間だけの仕事があったんで、その仕事を紹介してもらった。

 はっきりいって、待遇は悪かった。夕食付きということだったけど、夕食はひどくまずかった。スープとパンというのは寮食堂と同じだが、スープはやたらに薄くて、具は野菜クズと鳥の骨だけだった。聞いたところでは、客に出すスープをとったあとのだしがらに水をたして煮たものらしい。パンも何日か前の売れ残りみたいで、寮食堂のよりずっとまずかった。

 使用人でも、上のほうの人はもっとましそうなものを食べていたけど、皿洗い三人の食事は同じ。ひとりはおれと同じ学生だけど、もうひとりはここの常雇いらしい。ってことは、この人はいつもこういう食事をしているんだよなあ。栄養とかだいじょうぶなのかな?

 なんだか、いとこのホープのことを思い出してしまう。彼女の村もひどく貧しかったから、やっぱりこれに近い食事なんだろうな。

 報酬は真鍮貨一枚だった。あすの昼食で消えてしまう。時間が短くて、いちおう食事付きなんだから、安くてもまあしかたがないのかもしれないけど。こんな調子でやってたら、お金を使いはたすのは時間の問題だよな。

 昼食を安く食べる方法をウォレスに教えてもらってよかった。広場にいけば、平べったいパンに好みの具を巻いたのが買える。細長く切った野菜とかチーズとかハムとか、具がいろいろあって、三種類の具を選んで巻いて真鍮貨一枚。このほかに飲み物を買うお金もいるけど、それでも食堂で食べるより安くすむもんな。きょうの夕食よりずっとおいしくて、たぶん栄養もあるとあると思う。

 でも、きょうみたいな仕事をちょこちょこ探してやってるんじゃ、これでもお金が足りなくなってしまうよなあ。食費に洗濯代、それにペンやインクなどの文房具もいるし。うーん、つらいなあ。



ハウカダル共通暦三二一年ミウ麦の月七日


 地理と歴史の授業はけっこうおもしろい。遠くの国のこととか、ずっと昔のできごととかを知るのは、吟遊詩人の歌を聞いているみたいだ。どうして吟遊詩人に地理と歴史が必須なのか、よくわかった。そうだよな。地理も歴史も知らなければ、遠くの国のこととか、昔のこととか、歌えないもんな。

 でも、語学は苦手だ。ハウカダル島には、方言みたいなのを別にしても、五つの言語があるからな。そのうち二つはごく限られた地域で使われている言語だから、三つ話せれば、たいていどこでも話は通じるけど。

 おれはホルム語しか話せないもんな。ホルム語はいちばん広く使われているし、ホルム語圏外でも、身分の高い人とか商人なんかはたいてい話せるということだけど、村人とか、都市でも貧しい民衆とかはまず話せない。だから、吟遊詩人は三つの言語を話せないとだめなんだ。それに、方言もあるていど覚えないと。でないと、旅できる範囲がかぎられてしまって、仕事にならないからな。

 なんだか不便だ。ハウカダル島の人間は、いくつかの民族が何回かに分かれてハウカダル島に移住してきたらしいから、それで言語がいくつもあるんだろうな、きっと。



ハウカダル共通暦三二一年ミウ麦の月九日


 定期的にできる仕事が見つかった。羊飼いだ。都にきて、また羊飼いをすることになるとは思わなかった。

 それにしても、羊飼いが技能職になるなんて知らなかったな。仕事斡旋所の職員に「なにか特技はないのか?」と聞かれて、「羊飼いしかやったことがありません」と答えたら、「羊飼いの経験があったのなら、早く言いなさい」と言われた。で、紹介してくれたんだ。

 都に羊がいるというのも驚いたけど、村みたいにずっと飼ってるわけではないらしい。都に運ばれてくる肉は、おおかたは塩漬け肉とか干し肉になっているんだけど、身分の高い方々とかお金持ちは新鮮な肉を食べたがることもあって、生きた家畜も運ばれてくる。で、到着してから注文がくるまで、しばらく飼っておくんだそうだ。

 でも、都には家畜の世話に慣れた人間はかぎられている。それで、経験者は人手不足ぎみらしい。

「とくに朝は人手が足りないらしくてね。寮の門はその時間なら空いているから問題はない。早起きするのが平気なら、行ってみるかね?」

 そう言われて、二つ返事で紹介してもらうことにした。羊の世話は嫌いじゃないし、給料がいいんだ。時間はこのあいだの皿洗いと同じで、給料は一日あたり真鍮貨七枚。こちらは食事が付いていないというのを計算に入れても、三倍以上の給料だ。朝の短い時間でいいから、勉強時間もちゃんととれるし、一日に真鍮貨七枚あればなんとかなるだろう。授業が休みの日に仕事が忙しくなりそうだったら、臨時に朝以外の時間も働くことができるみたいだし。少しずつお金を貯めて自分の竪琴を買うのも夢じゃないかもしれない。楽器は学校のを貸してもらえるけど、できたら自分のを手に入れたいもんな。

 で、授業が終わってから面接に行ったら、すぐに採用された。給料は月に二回、十一日と二十二日に精算して払ってくれるんだそうだ。さっそくあすの朝から仕事をすることになった。

 寮に帰ってウォレスにその話をしたら、冷やかされた。

「その時間でその給料なら、臨時雇いの仕事としちゃかなりいいぞ。羊飼いをやめて吟遊詩人になるのが惜しくなったんじゃないか?」って。

「おれの兄貴なんか、あちこちの工事現場で働いているんだけど、朝から日が暮れるまで働いて、平均でその倍ていどだ。たいていは昼食付きだけど、昼食ったってひどいもんらしいしな」とも言ってた。

 うーん、働く時間が数倍で、給料が二倍しかもらえないのか。工事現場の仕事って、意外に給料が安いんだな。みるからに重労働なのに。

「吟遊詩人でも、稼ぎが悪ければもっと少ないぞ。へたをすれば皿洗いなみの稼ぎだ。だから、おれは吟遊詩人にはならないんだ。できれば王宮に、無理なら貴族か金持ちの家のお抱え楽士になるんだ」

 ウォレスはそう力説していた。言葉の端々から推測すると、彼の家は貧しいみたいだから、家族に楽をさせてやりたいんだろうな。

 だけど、ほんとに吟遊詩人が皿洗いなみの稼ぎだったら、おれだって困ると思うぞ。なにしろ、奨学金の一部が卒業後に借金として残るんだからな。まあ、でも、そんなことはないと思う。吟遊詩人たちはみんなちゃんと暮らしているんだから。ウォレスが言ったのは最悪の場合だろう。最悪の場合を考えてしりごみしてたんじゃ、なにもできない。まあ、吟遊詩人が所帯をもったりするのはむずかしいと思うけど、それは覚悟しているからかまわない。


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