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吟遊詩人の日記  作者: 立川みどり
禁断の秘歌
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禁断の秘歌・その3

ハウカダル共通歴三二四年準備の月二十一日


 今日からいよいよ魔族の歌を教えてもらえる。

「やはり、順序からいって、最初は、魔族が人間の世界に初めてやってきたときの歌からいこう。まず、秘歌ではなくて、一般に広まっている部分から」

 校長先生がそう前置きして、おれもよく知っている歌を歌ってくれた。


 むかしむかし、世界にまだ太陽がなかったころ、魔族も人間も同じ寿命だった。

 あるとき、神が人間と魔族に訊ねたもうた。

 「汝らに、それぞれ、光に満ちた世界か長き命か、いずれかを与えようと思う。

  いずれを望むか?」

 「われらは長き命を望みます」と、魔族が答えた。

 「長き命なくして、光が何になりましょう」

 「われらは光に満ちた世界を望みます」と、人の子が答えた。

 「光なくして、長き命が何になりましょう」

 かくて魔族は人間の七倍の寿命をもち、薄闇の魔界で長き生を生きることになった。

 人間は太陽の光がそそぐ地上で、短き生を生きるようになった。


「ここまでは同じだが、この先は、よく知られている歌と少し違う歌が秘歌として残されている。よく知られている歌では、欲深な魔族の一団が、長い寿命だけでは飽き足らず、太陽の光もわがものにせんとして、人間の世界にやってきたとなっているが、秘歌は微妙に違う。魔族の一団が禁忌を破って太陽を求めたという点は同じなのだがね」

 そう前置きして、校長先生は歌ってくれた。


 魔族に割り当てられたのは薄明の地。

 太陽はなく、かすかな薄明かりだけが光のすべて。

 太陽を求めることは許されぬ。

 だが、サガシュは太陽の光にあこがれた。

 まばゆいほどの光とはいかなるものか。

 太陽のもとで暮らせるなら、人間と同じ寿命になってもかまわない。

 あこがれは日々高まるばかり。

 婚約者のユランカも、サガシュと想いは同じ。

 妹のカジュラも想いは同じ。

 親友であり、カジュラの婚約者でもあるゴーガも想いは同じ。

 かくて四人は二つの世界を隔てる門を通り抜け、

 光あふれる世界を訪れた。

 魔族が太陽を求めるのは掟破り。

 されど、人間のために尽くすなら、許されるのではないか。

 四人の想いは人間に通じた。

 人間たちははじめ警戒したけれども、やがて彼らを受け入れた。

 人間たちは彼らに住居を与え、彼らは人間たちの知らなかった知識を授けた。

 四人につづいて、ときおり少人数で人間界を訪れた魔族たちも、

 先駆者たちの功績によって受け入れられた。

 かくて人間の十二の王国では、多くの魔族たちが人間に混じって、

 助け合って暮らすようになったのだ。


 魔族が人間の世界にやってきたのは掟破りだったという点は、たしかに俺たちの知っている歌と同じなのだが、掟を破った動機とか、人間に対する気持ちとか、ずいぶん違う。

 これなら、掟を破ってハウカダル島にやってきた魔族たちに共感できるし、好意をもてる。

「これは、史実というより、神話か伝説のように、人間社会で生きていた魔族のあいだで伝わっていた話らしい。それが、人間と魔族が仲よく暮らしていた時代には、人間の間にも広まっていたのだが、戦争になってから、秘歌となってしまったのだ」

 うなずきながら聞いていて、ふと素朴な疑問が湧いた。

「戦争前に広まっていた歌なら、お年寄りは聞いたことがあって、知っているのでは?」

「そうだ。秘歌というのは、必ずしも継承者しか知らないわけではない。だが、年寄りの大半は、知っていても、あえてそれを広めようとは思わないだろう。戦争によって憎しみが増していくにつれ、忘れ去った者も多かろう。そうして、いつか覚えている者がいなくなってしまう。継承の意思をもって後世に伝える者がいないかぎり」

 たしかにそのとおりだと思う。お年寄りが知っているからといって、子孫に伝わるとはかぎらない。とくに、憎悪や偏見で歪みやすい事実とか、知っていることによって危険に陥るかもしれない事実の場合は。

 だから必要なのだ、秘歌を継承する者が。



ハウカダル共通暦三二四年吹雪の月十日


「きょうは、ホルム王国で業績のあった魔族の歌を教えようと思う」

 校長先生の言葉に胸が高鳴った。いよいよバルドの親父さんのことがわかる!

「ホルム王国で業績のあった魔族といえば、まず、初代王を助けて王国の統一と建国に寄与し、初代宰相を務めたヨゴシャ」

 それはおれの知りたい人物じゃない。がっかりすると同時に、落胆が顔に出なかったかと気になった。

 校長先生はりっぱな人だし、信頼も尊敬もしているけれど、おれがだれのことを知りたがっているか、知られてはいけない。

「ハウカダル共通暦を最初に提唱した宰相リアラ。この音楽学校を創設した宰相ジラン」

「え?」

 思わず驚きを声に出してしまった。バルドの親父さんがこの音楽学校の創設者だったなんて、全然知らなかったんだ。

「おや、やはりこの音楽学校を創設した人物に興味があるかね」

 おれはうなずいた。宰相ジランに興味があるのは、音楽学校の創設者だからではないのだが、もちろん、そんなことは言わない。

「はい。音楽学校の創設者が魔族だったなんて、知りませんでした」

 それはほんとうだ。入学したとき、ハウカダル共通歴一九八年に当時の国王クルール二世によって創設されたと教えられた。王立だから、創設者は国王だとばかり思い込んでいた。

 おれの疑問に気づいて、校長先生は微笑んだ。

「ああ。もちろん、正式に創設者とされているのは当時の国王クルール二世陛下だが、陛下に音楽学校の創設を奏上し、認可が下りたあと創設のために働いたのは、のちに宰相となったジランなのだよ」

 そう言って校長先生は音楽学校創設の歌を教えてくれた。


 のちに宰相となった魔族の官吏ジランは、

 音楽をたいへん愛していた。

 美しい歌声も、妙なる楽器の音色も愛していたが、

 とりわけ気に入っていたのは吟遊詩人たちの歌。

 吟遊詩人たちは諸国をめぐり、多くの人々を楽しませる。

 身分の高き者も低き者も、

 都に住む者も農村に住む者も、

 吟遊詩人たちの歌を楽しめる。

 それ以上にジランが吟遊詩人を高く評価したのは、

 語り伝える者としての役割。

 神話や歴史や伝説を後世に。

 さまざまなできごとを遠く離れた土地に。

 吟遊詩人によって、人々は、

 自分が生まれる前のできごとも、

 行ったこともない土地のできごとも、

 見てきたように知ることができる。

 人々の楽しみや慰めのためにも、

 昔の物語や遠くのできごとを知るためにも、

 優れた音楽家や吟遊詩人を養成したい。

 そのために音楽学校を設立したい。

 

 ジランは国王陛下に音楽学校の創設を願い出て、

 クルール二世陛下はそれを良しとなされた。

 かくて音楽学校が設立され、ジランは初代校長に任命された。

 校舎や寄宿舎の建設、教師の選定、教科の選定など、

 音楽学校の運営はジランに一任された。

 こうして誕生した音楽学校では、

 人間も魔族も、男も女も、

 等しくいっしょに音楽を学ぶことができた。

 そして多くの音楽家を輩出した。


「むかしは女性も音楽学校で学べたんですか」

 初耳だったので驚いて訊ねると、校長先生は大きくうなずいた。

「魔族は幼い子供のころ男と女の区別がないからね。男でも女でもない状態を経て育つから、性別が分かれてからも、職業や地位などに、人間のような男女差というものがほとんどないんだ。でなければ、男のほうが少なくなってしまうんじゃないかな」

「そうなんですか」

「うん。魔族の子供が男の子になるか女の子になるかは、本人の心の奥深くの望みが反映されて決まるらしい。恋のような感情を抱いたときにその相手の異性になるとか、このようになりたいと手本にしたい相手がいたときにその同性になるとか。それでまあ、自然に男女半々ぐらいになるらしいんだが、もしも女性のほうが男性より社会的地位が低く、進路を選べる範囲が狭かったとすれば、それが理由で男になりたいと望む子供が多いんじゃないかな」

「たしかに」

 音楽学校に行きたいのに、女だからと許されない女の子。騎士になりたいのに、女だからと許されない女の子。そんな女の子たちを確かに知っている。

「上流階級と一般の農民や羊飼いの違いというような階級差とは別に、男女の社会的地位や自由度の違いって、確かにありますよね。同じ階級でも女性のほうが弱い立場に置かれていて不自由な気がします」

「まあな。男が女をうらやましいと思うのは、戦争に行かなくてもよいということぐらいだろう。それも、戦争で剣を振るって暴れたい男たちや、戦争で手柄を立てて出世したい男たちには当てはまらないし」

 そうか。魔族は、男と女で人間みたいな不公平はないんだな。それで、人間と魔族が共存していた時代の音楽学校では、男の子も女の子も学べたんだ。たぶん、バルドみたいにまだ性別が分化していなかった子供も。人間も魔族も。

 いいな、そういう時代。人間と魔族が共存していた時代、人間が魔族から学べたことは、たぶん、進んだ知識や技術だけじゃない。男の気持ちも女の気持ちもわかる種族の視点とか、魔族という異種族と共存する生き方とか、そういったことも学べたんじゃないだろうか。


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