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吟遊詩人の日記  作者: 立川みどり
美しき同室者
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美しき同室者・その4

ハウカダル共通暦三二二年はじまりの月十八日


 バルドのそばについていて、いつのまにか眠ってしまったらしい。

 目が覚めると、バルドはいつのまにかいつもの髪の色に染めていた。熱があるのに、なにやってんだ、こいつは。

 もっとも、ゆうべに比べて熱は少しましになったようだ。でも起き上がるのはちょっと無理そうなので、朝食を部屋に持ってきてやった。

 バルドは、食欲がないと言って、パンは食べられなかったし、スープも少しすすっただけだったけど、ミルクはおいしそうに飲んでいた。

「わたしのほんとうの姿を見たんだろ?」

 ちょっと迷ったけど「ああ」と答えた。自分で髪を染めたんなら、おれが黒髪のところを見たことぐらいはわかっているはずだ。

「それで?」と、バルドがたずねた。

「それでって?」と聞き返すと、バルドはふしぎそうな顔をした。

「届け出ないのか?」

「だれに?」

 なんなんだ? 吟遊詩人の歌で、滅ぼされた王家の生き残りの王子に賞金がかけられ……って話があったけど、バルドもそういう心配をしているんだろうか? ひょっとして、バルドは、子供のころにほんとうに賞金をかけられたことがあったのだろうか?

 だとしても、そんなのは過去の話だと思うけどな。

 過去の話なら、いまの王様が即位なさるとき、前の王様の弟たちが反対して、都周辺はほとんど内乱状態になったって聞いたから、それに関係して滅ぼされた家とか、あるだろうとは思うけど。

 でも、仮にバルドがそういう一族の生き残りだとしても、いまさら罪に問われるだろうか?

 問われる……のかな?

「おまえが子供のころに命を狙われたことがあったとしても、もう過去のことで、いまは安全だと思うよ。でも、もしいまでもおまえを狙っているやつがいるとしたら、おれがおまえを守る。できるかぎりのことをするよ。もちろん、おまえが人に知られるとまずいと思っているようなことを口に出したりはしない」

 言ってから、照れくさいことを口走ったような気分になった。

 バルドが変に思ったり、笑いだすんじゃないかと心配になったけど、彼は微笑んだだけで、すぐに真顔になった。

「残念ながら過去のことじゃないんだ。だから秘密を守ってくれればいい。もし、……もしもわたしが捕まるようなことがあったら、守るとか助けるとか思わずに忘れてくれ。でないとおまえまで危険だから」

 その言葉を聞き、差し出された熱っぽい手を取って、涙ぐんだ真剣な瞳を見たとき、なんとしてもバルドを守らなければという気持ちが改めて湧いてきた。ほんとうにそれほど危険なのかどうか、わからなかったけど。

 妙にどぎまぎしたので、あわてて話題を変えた。

「そりゃそうと、ゆうべはどこに行ってたんだ?」

 聞いてから、よけいなことを言ったかなと少し後悔した。よけいな詮索をすると思って、バルドが気を悪くしないか気になったのだ。

 それは杞憂で、バルドは気にしているふうもなく、あっさり答えた。

「あの焼けた家につきあってもらったとき、手紙を見つけただろ? あれにわたしの家族の墓の場所が書いてあった。罠かもしれないと思ったし、確かめるのが恐くてずいぶん迷ったんだけど、いくらなんでもそんなに長いあいだ罠を張りつづけているわけはないと思って、思い切って行ってみた。そうしたら墓があったんだ」

 バルドは毛布にもぐりこんで顔を隠した。泣いているみたいだった。

「みんな死んでしまったということはよくわかっていた。そのはずなのに、墓に家族全員の名前が刻まれているのをみたら……。思ったよりショックを受けてしまった。たぶん、心のどこかで、わたしと同じようにしてどこかで生き延びている者がいるんじゃないかと、ほんの少し期待してたんだと思う」

 それで帰りが遅かった理由も、熱を出すまで雪の降る戸外にいた理由もわかった。

 ともあれ、バルドの風邪がひどくならなくてよかった。

 ただ……。どうも、おれも風邪をひいたみたいだ。昼間は何ともなかったんだけど、夕方になってから、鼻がつまって、ちょっと寒気がする。

 バルドに気をつかわせたくないから、暖かくしてさっさと寝よう。



ハウカダル共通暦三二二年準備の月十五日


 どうも、最近、バルドを妙に意識してしまう。女性かもしれないと思うようになってから、気になってしょうがない。

 そりゃあ、以前だって、バルドのことは何かと気にはなってたけど。それは、謎めいていて、重いものを抱えていそうで、ほっとけないって気持ちで、あくまで友情だった。きれいなやつだとは思ってたけど、男と信じて疑ってなかったときには、べつに色めいた気持ちなんて持ってなかったんだけど。

 それが、女性かもしれないと思うと……。それに、気のせいかもしれないが、バルドもあれからなんとなくおれを意識しているように感じられなくもないし……。

 未婚の男と女が同じ部屋に住んでいるなんて、やばいじゃないか。

 でも、バルドに「おまえは男なのか? 女なのか?」なんて、聞くわけにもいかない。

 もしも女性だとしたら、気づかないふりをするのが礼儀だろう。女性だとはっきりさせたら、もっともやもやした気分になってしまいそうだし、バルドのほうでも困るだろう。おれが妙なことをしないと信用してくれたとしても、女性とばれてから男のおれと同じ部屋で暮らすのはいやに違いない。

 もしもバルドが男なら、性別なんて聞いたら怒りだすだろうし……。

 それに、おれは、はっきりさせるのがちょっと恐いのかもしれない。バルドが女だとわかっても、男だとわかっても、はっきりそうとは知りたくない気がする。

 バルドがもしも女性だったら、おれは理性を保てるのだろうか。

 そりゃあ、もしもバルドが女性だとしても、友だちには違いない。だけど……。

 女性と同じ部屋で毎日暮らして、妙な気分にならない自信はないよ。女性かもしれないと思っただけで、少し妙な気分になりかけているんだから。

 だから、バルドがもしも女性だったら不安なんだけど……。バルドがやっぱり男で、女性かもと思ったのがおれの考えすぎだとすれば、たぶんがっかりしそうだ。

 ま、そうすれば、「なーんだ」ってんで、いまのこのもやもやした気分はすっきりするのだろうけど。



ハウカダル共通暦三二二年吹雪の月十七日


 おれ、おかしいのかなあ。バルドが女性じゃないかという気がどんどん強くなってくる。バルドが少し女っぽくなってきたような気がするんだ。

 以前からこんなやつだったかなあ? 少し感じが変わったような気がするんだけど。

 これは、やっぱり、おれのバルドを見る目が変わったためだろうか? 女性かもしれないと思うから、女っぽくなったように思うんだろうか?

 バルド自身がどこか変わったと思うのは、気のせいだろうか?

 以前は自分が女性だというのを秘密にしていたので、女性らしい面を隠すようにしていたけど、あの夜の一件以来、女性らしい面を隠さなくなった……なんてことはないのかなあ?

 なんだか、おれ、それを期待しているような気がする。バルドが女性だというのをすっかり期待してしまっているような気がする。

 しばらく前には、もしも女性とはっきりすれば、理性を保てるかどうか心配だと思っていたけど、なんだか、性別不明のままでも理性を保てるかどうか自信がなくなってきた。

 バルドが男か女かもわからないっていうのに、惚れかけてしまっている。

 もしもバルドが男で、それがはっきりしたら、おれ、ショックを受けるだろうなあ。

 で、そうなったら、のぼせかけているこの感情が鎮まるのかなあ?

 冷めるだろうとは思うけど、もしも今のこの感情が残ってしまったら……。それはかなり恐い。

 こんなこと考えているって、バルドが知ったら怒るだろうな。それとも、バルドがもしも女性だったら、怒らないだろうか?

 いや、女性だったら、おれの気持ちを知ったら、困ったり、警戒したりするかもしれない。

 こんなこと考えているって、バルドには知られないようにしなくては。

 妙な気分になってしまったって、あいつが友だちなのに変わりはないし、この友情を失いたくはないのだから。



ハウカダル共通暦三二二年雪解けの月二十日


 ここ数日、バルドが妙に沈んでいるのをときどき見かける。

 いや、バルドのそういう姿を見るのは別に最近に限ったことじゃないんだけど。なにしろ、子供のときに家族をみんな亡くして、いまでも安全じゃない。少なくとも彼女自身はまだ命を狙われていると思ってるんだから。

 あっ、バルドのことを「彼女」と書いてしまった。すっかり女性と思いこんでしまっているな。もしもバルドが男だったら、ほんとにショックを受けてしまいそうだ。

 まあ、それはさておいて……。

 もともと翳のあるやつだったけど、しばらくはあまり憂い顔を見せなくなってたんだ。それがまたもの思いに沈むことが多くなった。

 何かまた新たな心配ごとができたのか? それとも、ひょっとして病気じゃないだろうか? だって、今月に入ってから何度か、バルドは、体調が悪いと言って早くベッドに入ったり、授業を早退して寮に戻ったことがあったんだ。

 そんなときには、バルドはいつのまにか髪の染め粉を落として黒髪になっていることもあった。いつも毛布を頭までかぶるくせがあるんだけど、頭のてっぺんのほうは毛布からはみ出しているので、それはわかった。

 ひょっとして染め粉じゃなくて鬘なのかな。染め粉なら、髪を洗いもせずに落とせないよなあ。

 ま、それはともかく、黒髪になっているときはいつも、部屋にだれも入れるなと頼むので、おれはその通りにした。

 バルドがおれだけを信じてくれるのはうれしい。おれ、ひどいことを考えてるな。だって、おれしか信じられるやつがいないなんて、ほんとうは哀しいことなのに。でも、彼女がおれだけを信じてくれるのはうれしいと思ってしまう。

 だけど、もし医者にかからないとやばいような病気だったらたいへんだ。信頼できる医者を探し、秘密を守ると約束してもらって、診察してもらったほうがいい。

 そう思ったので、きょうバルドがふさぎこんでいたとき、病気じゃないのかと聞いてみた。

「違う」と断定的な返事が返ってきた。

「……が不安定なだけなんだ」

 よく聞き取れなかったので聞き返したら、バルドは頭を振った。

「ほんとに病気じゃないんだ。ときどき気分が悪くなるのも、原因はわかってるんだ。しばらくしたら治るはずだから」

「持病でもあるのか?」

「持病……とはちょっと違うけど、まあ、体質的なものだから」

 よくわからないけど、なんとなくほんとうのことを言っているみたいだったので、少し安心した。

「じゃあ、元気がないのは、何か心配事があるのか?」

「ああ」と、バルドはあっさり肯定した。

「春になったら部屋替えがあるだろう? いまのこの体調で知らないやつと同じ部屋になったらまずいんだ」

 そうだ。あとひと月ほどで部屋替えなんだ。

 バルドがおれと同じ部屋でいたいと思ってくれているのはうれしかった。たとえそれが、おれ自身への好意というより、新しいルームメイトに秘密がばれたら困るという理由だったとしても。

 なんて喜んでいる場合ではない。バルドが女性だとしたら、たしかにまずいじゃないか。どんなやつと同室になるかわからないんだから。

「ひとり部屋か、おまえと同じ部屋でないと困るんだ。でも、どちらも無理そうだなと思って……」

 これは難題だ。まあ、重い病気とかよりはましだけど。でも、どうすればいいんだろう?


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