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宇宙人の前でひきこもってみた

作者: 宇悠 草太

 唱輯(チャン・ジー)は『ひきこもりフェイサー』の1人に選ばれ、悩んでいた。


 今、地球人類は滅亡の危機にさらされている。

 遠く4光年離れた宇宙にある『四体文明人』から殲滅予告を受けていたのだ。

 目には見えないが、地球上あらゆるところには『黒美(シフォン)』と呼ばれる超小型の偵察ドローンが飛んでいる。それは地球上に生息する蚊と同等の数存在している。姉のシフォンケーキを妹がこっそり食べていようとも必ず黒美(シフォン)に監視されており、遥か彼方で四体文明人に見られているのだ。

 黒美(シフォン)はどこにでも存在する。

 ゆえに地球軍がどこに隠れてどんな軍事会議を開こうと、そこで可決された内容は即刻黒美(シフォン)を通じて四体文明側に筒抜けである。


 それでもただ一つ、四体文明人に計画を覗かれない場所があった。


 人間の、頭の中である。


 地球軍は『ひきこもりフェイサー・プロジェクト』を画策し、4人の人間の頭の中に四体文明を迎え撃つ計画を隠すことに着手した。

 選ばれた者は『ひきこもりフェイサー』あるいは略して『在宅者』と呼ばれ、四体文明の侵略に対する戦略を頭の中に練り上げる責務が課せられた。


 選ばれた4人のうち3人はいずれも世界中に名の知れた人物であった。

 中米F国の元大統領にして軍人のエマヌエル・レディー・アス。

 元アメリカ国防長官にして世界的に有名なハードロックバンドのギターボーカルでもあるスティーヴン・タイラー・ペリー。

 ノーベル物理学者であると同時にボストンバッグの中に身体をすっぽり収められる芸でも有名なヘスパー・伊東。

 そして4人目に選ばれたチャン・ジーは、かまぼこ製造会社製造部に勤める平凡なサラリーマンであった。


「なんで……俺が?」

 わけがわからなかった。わけがわからなすぎて国連事務総長でアイドル歌手も兼任しているフィリピーナのセラちゃんに直接聞いてみた。

 するとセラちゃんは答えたのだった、「騙されませんからねっ」と。


『在宅者』の計画は彼らの中だけの秘密である。彼らは計画のために行動するが、その本意を決して悟られてはならない。彼らの頭の中だけで計画は進行し、完成しなければならないのだ。ゆえに彼らの発する言葉は、他の者からはすべて秘密を(かく)すための『嘘』と認識されて然るべきであった。つまりは『在宅者』に任命された瞬間から、誰ともまともに会話してもらえない人になってしまったのである。


 しかしチャン・ジーにはそれでも腹を割った会話をしてくれる奇跡のような相手がいた。


「ダー・ジーを呼んでくれ」

 チャンは自分を護衛しているとっても偉い人に命令した。『在宅者』にはとてつもなく大きな権限が与えられている。『在宅者』の要求は可能である限り何でも叶えるよう努めなければならない。しかし偉い人は、偉そうに答えた。

「ダー・ジーは今、外国にいる。呼び戻すことは出来ん」


 ダー・ジー。本名『鶏強(とり・つよし)』。この元警察官のぶっきらぼうなオッサンのことをチャンは親しみと敬意を込めて『大鶏(ダー・ジー)』と呼んでいた。彼のことが大好きだった。心の支えだった。はっきり言えば依存していた。

 ダー・ジーに泣きつけないと知るや、チャンは偉い人に命令した。「じゃあ、1人にしてくれ」



 MMORPG『土下座クエスト』の仮想空間に、偉人の名をつけた5人のキャラが集まり、会議を開いている。

 きわどいビキニ姿のアレクサンダー大王が前に立ち、言った。

「『主』を脅かす『ひきこもりフェイサー・プロジェクト』が発動された。我々、四体人に仕える『土下座主義者』はこれを阻止すべくここに集まった」

 身体のくっついた可愛い双子の女の子の姿をしたアリスとテレスが尊大そうに言う。

「『主』の叡知に奴らが敵うものか」

 魔女の姿をして手にリンゴを持ったニュートンが自信なさげに言った。

「家の電気消して来たかどうか心配です」

 あまり有名じゃない偉人の名前を頭につけてしまって少し気まずいプレイヤーがしつこく言った。

「知らんの? この偉人の名前、みんな知らんの?」

 呂布は何も言わず、腕を組んでいた。

 アレクサンダー大王が言い渡す。

「我々は奴らの小賢しい頭の中を暴いてみせよう。ここに『ひきこもりブレイカー・プロジェクト』を発足する」

「いいな」

「いいね」

「ひきこもりフェイサーの計画をその頭の中から引きずり出すのだ。それゆえ実行者のことをこれより『外に出す者』と呼ぶ」

「優しくなんか出してあげないぞ」アリスとテレスがニヤリと笑う。

「レディー・アスの『出す者』にアリスとテレス、ヘスパー・伊東にはニュートン、ペリーにはあまり有名ではない偉人を任命する。以上だ」

「あれ? チャン・ジーには?」

「あ、ガチで忘れてた。じゃあ呂布、やってくれる?」

 始皇帝がどうでもよさそうに聞くと、呂布は豪傑っぽく頷いた。遂に一言も喋らなかった。


 パソコンのキーボードからしなやかな指を離すと、呂布は立ち上がる。長い黒髪を揺らし台所へ行くと、冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに注ぐ。

 部屋に戻る時に立ち止まり、姿見に向かって呟いた。

「ついこの間まで国民的アイドルやってた黒石マイが地球人の裏切り者だなんて、誰も思わないだろうなぁ……」



『在宅者』は各国のあらゆるリソースを自由に閲覧でき、計画のためと言えば何でも与えられた。チャン・ジーは南アルプスの麓に別荘を買わせ、高級ワインをしこたま買い込み、そこでのんびりと暮らしていた。

「あの……。これは本当に計画のために必要なことなので……?」

 偉い人が聞くと、チャン・ジーは子供のように怒り、言うのだった。

「うるさいな! 計画だってば! これは対四体文明人のための計画の一部なの!」

「ところで」偉い人は嫌そうに言った。「ダー・ジーが戻って来ましたが……」

「会う!」


「よォ、チャン兄。元気だったかい?」

 土産にタラの干物を持って、心なしか少しやつれた鶏強(ダー・ジー)がニヤケ顔で部屋に入って来た。二人は抱擁を交わすと、口づけを交わす勢いで顔を近づけ、笑い合った。

「寂しかったよう」

「おいおい、やめてくれよ。俺には帰り道もあるんだ」

「ダー・ジーに頼みがあるんだ」

「何でも言ってみな。てェか、どうせ『在宅者』の言いつけは何でも叶えてやらねェといけねェからな」そう言ってダー・ジーは冗談ぽく笑った。

 チャンは真面目な顔をして、言った。「人を捜してほしい」

 元警察官であり、捜索のプロでもあるダー・ジーは即答した。「女か」

「凄いな、なぜわかる? さすがだ」

「で、どうせ夢の中の女を捜せと言うんだろう?」

「どうしてわかった?」チャンは驚いて飛び上がる。

「わかるさ。優雅な別荘での独り暮らしのお供にどうしても欲しくなるものと言えば、女だ。しかしお前さんに現実に知り合いの親しい女なんているわけがねェ。そうするとピンと来るさ。あ、毎晩寝る前に頭の中で妄想してる理想の女性のことだな、とな」


 チャンは自分の頭にだけ存在する筈の()()()()()の特徴をダー・ジーに説明した。ダー・ジーはそれを元にパソコンでモンタージュを作成して行く。

「でも、理想の女性が現実にいるわけないよね。完璧な女性なんて、存在する筈がない」

「いや、チャン兄。それがいるもんなんだ。この世には何人の女がいると思ってる? 見た目が理想の女もその中にはいるさ。性格は超悪いかもしれんがな」

「いたとして、それをどうやって探し出す? その途方もない数の女の中から?」

「俺を誰だと思ってる。捜索のプロだぞ? 俺の頭の中には14億人以上のプロフィールが入っている」

「凄いな。人間じゃねぇ」

「さぁ、出来たぜ。あんたの理想の女性だ。似てるかい?」

「似てるなんてもんじゃない」チャンはモニターを見つめ、嬉しさに声を震わせた。「そのものだ!」

 パソコンモニターの中で完成した女性の顔は、ついこの間まで国民的アイドルをやっていた黒石マイだった。

「この女性、探せるかい?」チャンは期待を込めて聞いた。

「黒石マイじゃねぇか!」ダー・ジーはようやくツッコんだ。



『出す者』の1人が早くも『在宅者』を打ち破った。ペリーは頭の中を暴かれ、膝をつくと、そのまま土下座した。敗因はあまりにも誰でも考えつくしょうもない計画を立て、それを実現するためにあからさまなホームセンター巡りをしていたせいだった。本当にそれは誰にでも暴けるレベルだった。あまり有名でない偉人は、まるで困難な偉業を成し遂げたようにガッツポーズを決めて笑い、自分の名をペリーの頭に刻み込んだ。うちひしがれたペリーは本物のひきこもりになり、以後死ぬまで自室から出て来なくなった。両親は既に亡くなっており、誰が世話をしていたのかは結局誰にもわからなかった。黒美(シフォン)だけが見ていた。



 黒石マイは玄関口に姿を現すと、ぺこりとお辞儀をした。

「やぁ、よく来たね」チャンは声を震わせながら迎えた。「寒かっただろう? 奥の部屋に暖炉があるんだ。一緒にしっぽりあたろう」

「お世話になります、チャン先生」マイはそう言うと、妖しく微笑んだ。

「チャン先生なんて呼ばないでくれ。僕はただのかまぼこ製造会社に勤める平凡なサラリーマンだ。『チャンちゃん』って呼んでくれ」

「では、チャンちゃん。チャンちゃんの元でお仕事させて頂けることになって、とても嬉しいです。で、私は何をすればいいのですか?」

「結婚してくれ」

「はい」


。。。

『在宅者』の要求は可能である限り何でも叶えなければならない。

。。。


 小学生の雑誌の付録のスーパー天体望遠鏡『ハッスルⅡ』が遂に四体艦隊の姿をとらえた。それは4光年先の宇宙から光の速度で地球に向かっていた。地球に到達するのはとてもわかりやすく4年後の予定だった。誰もが絶望し、頭を抱えた。ただ一人を除いては。



「アハハ」

「うふふ」

「待て~」

「きゃっきゃっ」


 雪山の湖畔で黒石マイを追いかけて遊ぶチャン・ジーに、偉い人が不安そうに声を掛けた。

「あのっ……。これは本当に、計画に必要なことなので……?」

「黙ってろ、ジジイ!」


。。。

『在宅者』は、その頭の中の計画を誰にも言ってはならない。

。。。


(何も考えてない、何も考えてないわ、この男!)

 黒石マイは心からチャン・ジーとの生活を楽しんでいた。

(頭の中を暴く必要もない。何も考えてないの丸わかりなんだもの!)

「楽しいかい?」チャンが聞く。

「ええ。私、こういう田舎でののんびりした生活が夢だったの」マイは笑う。

「欲しいものはあるかい?」

「私、月に自分の土地が欲しいわ」

「ようし買ってやろう」


。。。

『在宅者』は計画のためと言えば何でも与えられた。

。。。


「でも……チャンちゃん?」

「なんだい、マイマイ?」

 二人は暖炉の前で向き合い、ワインを飲んでいた。

「本当は、考えているんでしょう? 凄い計画を」

 それに対してチャンは無表情に答えた。

「いや、本当に何も考えてないよ」

 それを聞いて黒石マイの顔色が変わった。


。。。

『在宅者』の発する言葉は他の者からはすべて『嘘』と認識されて然るべきである。

。。。


『そうなんだ、実は凄いことを考えているんだよ』とでも答えが返って来れば、マイは安心していたであろう。しかしチャンは、何も考えてない、と言った。それは嘘と見なす必要があった。考えてみればお腹に子供も出来ているのに、チャンが愛する母子を守るために何も考えないわけがなかった。マイは慌ててチャンの頭の中の計画を暴くための行動を今さら開始した。しかし遅かった。遅すぎた。


 チャンの頭の中にはもう既に四体文明を撃退するための何らかの計画が出来上がっているとしか考えられなかった。何故なら彼は何もせず、悠々とワインを飲んでは眠り、遊んでいたから。計画は既に出来上がり、もうすることは何もないのだとしか思えなかった。


 四体人達は恐怖した。あまりに手掛かりがなさすぎて黒石マイは身重の体で土下座し、逃亡した。四体人達は地球人の土下座主義者達にチャンを殺せと命じたが、誰もが怯えた犬のような目をして拒否した。地球人を裏切るのは平気だが、人を殺すことは平気ではないと皆口を揃えた。それはまるで自動車の運転手が速度超過は平気でするのに赤信号は頑なに守るのに似ていた。


 地球に潜入している四体人が数人いた。彼らがチャンを殺害することになった。まずは車で轢き殺そうとした。無関係の車にまずぶつかって弾かれたそいつがまた無関係な車を弾き飛ばして最後に9番のボールをポケットしようとしたのだが、ビリヤードをやったことがなかったので失敗した。次にピストルで撃ち殺そうとしたが、チャンに近づくのを怖がるあまり50メートル離れたところから発砲し、銃器不法所持及び発砲の現行犯で逮捕された。


 四体人達はチャンの見えない頭の中以上にチャンに接近することを怖がっていたのだ。それゆえ何が何でも回りくどい方法で殺そうとし、ことごとく失敗に終わった。


 何故そんなにも回りくどいのか?

 ここに実は四体文明人の弱点が露呈している。

 知られるわけにはいかなかった。

 かまぼこの匂いを嗅いだだけで死ぬなんて。


 四体文明人にとってチャン・ジーは脅威となった。

 もしかしたらチャン・ジー1人で四体文明人に勝ててしまうかもしれない。

 そんなポテンシャルはあった。

 しかし、地球人は誰1人、そのことに気づいていなかった。


 地球人にとって彼は、仕事をしないただの本物のひきこもりなのであった。

 事実だし。



 侵略の物語は続く。

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