Ⅶ.少年と少女と
食堂に着いた頃、アイリの腕にはうさぎのぬいぐるみが抱えられていた。
ここまでの道中に寄り道をして、回収したぬいぐるみ。
両耳がぺたんと垂れている。
食堂は廊下の突きあたりにあった。
その少し手前には左右へと延びる廊下があり、廊下の行き着く先は階段になっている。
現在、階段までは行かないものの、俺たちは壁の角に身を潜めていた。
「アイリ、頼めるか?」
「任せなさいっ!」
胸をぽんっと叩くアイリは頼もしい。
彼女はうさぎのぬいぐるみを廊下に置いた。
ペタッと座り込んだぬいぐるみが立ち上がる。
ぬいぐるみが動くのを見たのは初めてだ。
現実では絶対にあり得ない光景だろう。
ぬいぐるみはてくてくと、食堂へ向かって歩く。
扉の前につくと、ぬいぐるみよりも高い位置にあるノブをジャンプで掴んだ。
相当優れた飛躍力だ。
ぬいぐるみとは言え、さすがうさぎ。
隣のアイリは現在、うさぎと視界を共有している。
視界の共有中は、周りのことは見えていないらしい。
俺とクロは、より警戒を強める。
キィ…と音を立てて扉が開いた。
細い隙間から、ぬいぐるみが中の様子を伺う。
「中には…誰もいない。
机の上に、たくさん食糧があるよ。」
「うんうん、なるほど。
やっぱり中には誰もいないよね。」
アイリの声に応えたのは、俺でも、クロでもない。
振り返れば、10代前半くらいの少年と、10代後半くらいの少女が立っていた。
あんなに周りに気を配っていたのに、全く…気配を感じなかった。
「いや~予想通りだね。
期間不明の場合、多くは食糧の確保に出向くはず。
食堂に滞在するという行為は、より多くのリスクを背負わなければならない。
自ら死にに行く人なんて、いるはず無いもんね?」
「……。」
少年は、隣に立つ少女に同意を求めているようだった。
しかし、少女が表情を変えることはないし、うなずきもしない。
ただぼーっと、こちらを見ている。
「なんだお前?」
クロが、白髪の少女に近付いた。
揉め事を起こす気なのだろうか。
「お前…どっかで…。」
「お兄さん、ボクのお姉ちゃんに何か用?
あ…そう言えば、お互いに食糧調達が目的だよね。
じゃあさ、皆で一緒に行こうよ!」
言葉を遮られたクロは、とても不満そうだ。
ただならぬ殺気が少年に向けられている。
それでも、少年は気にも止めない。
相当な精神力だと思う。
本当に子供なのかも怪しいくらいだ。
「そうそう、自己紹介しなきゃだね。
ボクはリョウタで、この子はシロ。
基本的に無口無表情の美少女だから、反応してもらえなくても怒らないであげてね。」
「私はアイリだよ~!
よろしくね、リョウタくん。」
アイリはぬいぐるみと視界の共有を解いたようだ。
リョウタと名乗った少年の手を握っている。
「シロ…?シロ……。」
クロはブツブツと、少女の名前を呟いている。
「俺はユウ。よろしく。」
「よろしくね、黒髪のお兄さん。」
リョウタはそう言って、屈託のない笑みを浮かべた。
なんてフレンドリーな少年だろう。
俺が小学生や中学生の時、ここまで見知らぬ他人に対してフレンドリーに接することが出来ていたかと言うと、答えは否だ。
クラスの中でも、陰キャと呼ばれるグループにいた気がする。
それに比べてこの少年は、きっと陽キャグループの中心的存在なのだろう。
羨ましくもあるが、仲良く出来るかはわからない。
なんて、年下に抱く感情ではないか。
クロは殺気をリョウタに向けるだけで、名乗る気はさらさらなさそうだ。
名前と言っても、本名ではないけれど。
食堂の入口につくと、ぬいぐるみを回収した。
中は意外と広々としていて、卓上にはアイリの言うとおり、主に保存食が置かれている。
乾パンやクッキー等々、非常食とも呼べる食糧たち。
お湯があれば、カップ麺やアルファ米も食べられるだろう。
実際、それらも置かれている。
「結構いっぱいあるね。
皆で手分けして持っていこうか…。」
凉太が提案すると共に、背後からまた別の気配がした。
振り返ろうとしたところ、リョウタに押し倒される。
俺たちが地に這いつくばったのと、斧が飛んできたのはほぼ同時だろう。
斧は何に当たることもなく、壁に突き刺さると光りの粒となって消えた。
何故、室内で斧が飛んできたのか。
何故、何にも当たらずに壁に突き刺さったのか。
何故、斧が消えたのか。
俺はすぐにハッとした。
室内で斧が飛んできたのは、誰かが投げたから。
何にも当たらずに壁に突き刺さったのは、俺たちの頭を狙っていたから。
斧が消えたのは、能力だから。
間違いない。
今俺たちの背後にいる人物は、俺たちをこのゲームから…現実から消し去る気だ。
背中を、嫌な汗が伝った。
残り22名