Ⅵ.取扱い説明書
シュウの様子が豹変した。
言い表せないほどの怒りが伝わってくる。
「その名で…オレを……呼ぶんじゃねェ。」
眉間にシワが寄り、先程までとは比べものにならないほどの殺気を感じる。
俺たちはその迫力に一歩後ずさった。
何が…あったというのだろう。
昔は、こんなことなかったのに。
「悪かった。なんて呼べばいい?」
俺は素直に謝った。
彼に何があったのか、わかるはずもない。
それでも今は、彼の能力…そして、彼自身が必要だ。
「名前…そうだな、オレはクロだ。
これからはそう呼べ。」
「わかった…。」
なにがあったのか、とても聞ける雰囲気ではない。
私情に関わるのは、今はよそう。
強力な助っ人を失いたくはない。
後ろを振り返ると、アイリもうなずいた。
「ねぇ、私たち今から食堂に行くんだけど、クロもついてきてくれない?」
アイリから、場に不似合いな明るい声が発せられた。
俺たちは食堂へ向かう道中だ。
長い足止めになってしまったが、アイリから侵入者の話は聞いていない。
シュウ…クロになにがあったのかは知らないが、今は少しでも彼と行動を共にしたい。
クロの殺気が、少なくとも一般人である俺には感じ取れなくなった。
俺はアイリに、心の中で拍手を送る。
「あぁ?なんでオレがそんなところについていかなきゃなんねぇんだ。」
「だって私たち、通話手段とかないじゃん?
クロとも情報共有したいしさ!
ね、ユウもそう思うよね?」
アイリの軽い調子は気になるが、言ってることはもっともだった。
彼がありのままをさらけ出すとは思えないが、それでも情報共有はしたい。
クロは呆れたようにため息を吐いた。
「なぁお前ら…気付いてねぇのか?
この腕時計の使用方法ってやつによ…。」
クロはアイリからの質問ではなく、彼女の腕時計に目をとめた。
左ポケットから自身も同じものを取り出し、俺たちに見せるように構えた。
何故か、ナイフを指し棒の代わりに使っている。
電子式の時計は、電源を入れると現在時刻と生存者数が表示される。
「ここにもう一つボタンがあんだろ。
これを押せば、通話が出来る仕掛けだ。」
電源ボタンの上に、確かに出っ張りがあった。
こんな場所にあったら、普通は気が付くと思うが…。
鑑定…やはり便利な能力だ。
この能力があれば、取扱い説明書なんて必要ない。
俺はふと、たぬきのぬいぐるみのことを思い出した。
初めは彼の能力で仕込んだのだと思っていたが、考えてみればそれはない。
なら、そう言った細工が得意なのだろうか。
それとも、他人が仕掛けたものを能力で見破ったのか。
「ほら、早く行こう!」
アイリは通路の向こう側を指差した。
まだ、彼が仲間になったわけではない。
それでも、きっとアイリの中では既に仲間なのだろう。
「早くしないと、他の人に先越されちゃうよ~?」
にこやかな笑みを浮かべるアイリ。
敵対心など一切感じない。
それが感じさせていないだけなのか、はたまた皆無なのかはわからない。
俺はクロと顔を見合わせると、ナイフを降ろし、警戒心を解いた。
彼は時計をポケットにしまうと、ナイフの切っ先を俺に向ける。
「オレはアイツと違って、お前を信じちゃいねぇ。
オレに殺されようが、お前らは文句言えねえぞ。」
「俺を殺したら、この屋敷から出られる確率が減る。
お前の能力も、戦闘向けではないと思うけどな。」
クロは舌打ちをして、ナイフを降ろした。
沈黙に包まれていても、今は居心地が悪くならない。
彼は、強力な助っ人になるだろう。
「ところで、ぬいぐるみに仕掛けられてたのって…。」
道中、俺が聞いても無視された。
少し気になっていたが、横を通り過ぎても特に害はなかった。
一先ずは問題ないと捉えていいだろう。
☆★☆★☆
足音が聞こえなくなり、再び辺りが静寂に包まれた。
「ふふっ、予想通りだね。
出てきていいよ、シロ。」
少年が名を呼ぶと、たぬきのぬいぐるみが淡い光を放ちながら、変形した。
徐々に大きくなり、それは少女の姿になる。
白髪の長い髪に、何も映さない白い瞳。
どこかぼーっとしている表情で、少年の方を向いた。
「相変わらず、シロは表情が読めないなー。」
苦笑いを浮かべる少年の様子に、少女が応じることはない。
無表情のまま、歩み寄った。
「にしてもクロって…くすっ…猫みたい。
ねぇ、ちょっと追いかけてみようよ。」
好奇心旺盛な少年の発言に、シロは首をかしげる。
「これは、殺し合いをするゲーム。
なんで、指示してくれなかったの?」
「ボクはまだ子供だよ?
躊躇することだってあるさ。」
そう言って笑顔を浮かべる少年。
シロの視線の先には、食堂へと続く道が延びていた。
残り23名