Ⅳ.食糧確保の道
部屋の外に出てから今まで、誰とも会っていない。
腕時計を確認すると、生存者数は既に30を切っていた。
早い…早すぎる。
始めに腕時計を確認したとき、生存者は45名だった。
「くそっ…もう人殺しが屋敷内に…。」
腕時計を見つめて、顔を歪めた。
嫌な汗が滲む。
「あ、ねぇねぇユウ、あそこに可愛いぬいぐるみがあるよー!」
本当に、この状況を理解しているのかいないのか、アイリは笑顔で奥に見えた、小さなたぬきのぬいぐるみに駆け寄る。
赤い絨毯が敷かれた豪華な廊下で、質素な作りのたぬきのぬいぐるみは存在が浮いている。
確かに移動中にぬいぐるみが見つかればいいとは思っていたが、アイリは色んな意味で軽すぎる。
「この子にも、仲間になってもらおーよ!
うん、それがいいよねぇ。」
会話中なのか、アイリはぬいぐるみと戯れている。
俺はそんなアイリの背中を見て、違和感を感じた。
「アイリ…?」
彼女の名を呼ぶと、アイリは不思議そうな顔で俺を振り返った。
疑問、戸惑い、そんな表情を浮かべるアイリに、俺は掛ける言葉に迷った。
アイリに近付き、ぬいぐるみをのぞき見ると、おもちゃ屋さんで売っているぬいぐるみのように、動きもしないしぺたりとその場に座り込んでいた。
「ねぇ、ユウ…この子に能力が使えないんだけど、どうしてかな…?」
アイリの言葉で、俺はアイリの肩を乱暴に掴み、ぬいぐるみから引き離した。
そして、懐に隠していたカッターナイフの切っ先を向ける。
こんな様子を第三者が見たら、間違いなく不審者だと思われるだろう。
ただの愛らしいたぬきのぬいぐるみに、殺意むき出しの俺。
俺はぬいぐるみの様子を伺った。
アイリの能力が使えないということは、既に他の能力が作用しているのかもしれない。
警戒を怠れば、俺たちの身が危うい。
そんな時、カツンカツンと足音が聞こえた。
音が閉じ込められる廊下で、その音はよく響く。
ぬいぐるみの向こうから聞こえる足音に、身が強張る。
「……っ。」
俺は切っ先をぬいぐるみから足音の方へと移した。
初めて対面する、アイリ以外の人間。
今まで至って普通な生活を営んできた俺でも、感じ取れるほどの殺気が伝わってきた。
アイリも、緊張しているのがわかる。
もっとも、後ろを振り返る余裕などないが。
「いやぁ、見事なもんだ。
あのまま動かなけりゃ、ぬいぐるみに仕込まれた仕掛けが動いていただろうよ。
能力が使えないのは、既に他の能力が作用しているから…察しがいいな。」
両手をポケットに突っ込んだ、全身が黒で覆われている男。
その服装とは対照に、白く染められた短髪が目立つ。
鋭い目つきで睨んでくる瞳は、俺たちを挑発しているかのようだ。
口元には怪しげな薄い笑みが浮かんでいる。
容姿や声のトーンから考えると、コイツはやばい。
失礼かもしれないが、何人も殺していそうな雰囲気を纏っている。
そう見えるのはきっと、彼が余裕ともとれる表情を浮かべているせいだろう。
「アイリ、下がって。」
静かな声で囁く。
アイリも流石にこの状況では、足が震えているようだった。
「何が目的だ。」
「何が…?決まってんだろ。
オレ以外を排除することだよ。」
即答されてしまった。
その通りだ。これは殺し合いなのだから。
出会った相手を生かしておいて、後々殺すなんてそんな回りくどいことをする必要が無い。
俺たちも、彼にとっては抹殺対象なわけだ。
「なぁ、知ってるか?
このゲーム参加者には共通点がある。」
「共通点…?」
俺はじっと、彼のことを睨む。
彼はなにかを隠すようにヘラヘラと笑った。
目は笑っていない。
きっと、彼にとっても喜ばしい共通点ではないのだろう。
「なぁお前…オレの能力を知ってるか?」
「……。」
知るわけがない。
その言葉は喉に留めた。
今まで普通に会話をしていたが、コイツの能力はいまいちわからない。
ぬいぐるみに何かを仕掛けたと言っていた。
そのことから見ると、彼は改造を施せる能力者と言うことになる。
だから今は、何も答えない方が身のためだろう。
今まで普通に話していた分、俺たちの身体に何か仕込まれているかもしれない。
決まったワードで爆発する爆弾とか…。
いや、ぬいぐるみの前に長時間いたら仕掛けが作動すると彼は言っていた。
つまり、時限爆弾…?
いや、そもそも爆弾なのだろうか…。
わからない。
恐怖が全身を覆う。
こんな奴らが、あと何人もいるのか。
「……知るわけないじゃん!!」
そんな俺の暗い思考を遮るように、後ろから叫び声が聞こえた。
予想外の声と言葉に、俺も、彼も、後ろを振り返った。
耳から煙を吹き出しそうな程顔が赤いアイリの姿が目に入る。
彼は呆気にとられているようだった。
残り28名