Ⅰ.屋敷と俺たち
目が覚めたとき、俺は黒い霧に包まれた洋館の前に立っていた。
辺りを見回すと、数十名とも思われる人々が洋館を見上げていた。
俺もそれにつられるように洋館を見上げる。
赤い空に黒いシルエットを浮かび上がらせる洋館は、不気味な雰囲気を醸し出している。
状況の整理が出来ないまま立ち尽くしていると、どこからか声が聞こえた。
《レディースエーンドジェントルマン。
今宵この場に招かれし皆様、ご機嫌よう。》
この場に不似合いな、軽い調子の声が辺りを包んだ。
どこから聞こえているのかわからない。
それは他の人々も同じようで、キョロキョロと声の発信地を探している。
やがて諦めた人が再び洋館を見上げた。
次々に同じ行動をする人が増え、俺も皆に習う。
恐らく全員がそうしたのだろう。
待っていたような間が空いて、再び声が響いた。
《この場に招かれた皆様には、各自一つずつ、能力を授けます。》
その言葉に、ざわめきが起こった。
よくファンタジー小説やミステリー小説などで聞いたことのあるワード、能力と言うのは何なのか。
疑問を抱いたのはきっと、俺だけではないだろう。
少しすると、徐々にざわめきが収まり、辺りは静寂に包まれた。
なんとも言えぬ威圧感が、場をそうさせているのかもしれない。
この威圧感さえなければ、発狂する人も出てくるだろう。
俺は、口を固く閉じたままじっと洋館の屋上を見つめる。
そこから声が聞こえているわけではないのに、自然と視線はそこへ流れていく。
ゴクリと、つばを呑んだ。
《その能力を駆使し、参加者の皆様には───》
その言葉の続きを、誰もが待った。
《殺し合いをしていただきます。》
再び、ざわめきが起こった。
今度は、先程よりも長く、大きく、激しく。
「なんだよ…それ…。」
俺の口からも、ポツリと零れた。
そのつぶやきは、周りのざわめきにかき消される。
ふざけるな、家に帰せ、責任者を出せ…そんな声が、あちこちから聞こえた。
《最後まで生き残った方につきましては、現実世界に帰すことを約束いたしましょう。》
今度はざわめきをかき消すくらいの威圧感で、アナウンスが流れた。
声の調子は先程までと変わらない。
その内容に、俺は血の気が引いていくのを感じた。
手足の感覚がない。
頭がクラクラして働かない。
それはつまり、一人しか現実世界に帰れないと言うことだ。
この大人数の中から、たった一人。
極度の混乱状態に陥ったとき、人は理性が崩壊する。
「ふざけるなぁぁぁあッ!!!」
そう叫んで、洋館と逆方向に走り出した男がいた。
参加者の俺たちは、その男の行く末を見守る。
誰も何も言わず、ただ見守った。
屋敷を囲むように、半円形に並んでいる俺たちは、きっと全員がその男の最後を見ることが出来たのだろう。
いや、見えなかった奴がいるはずなどない。
屋敷の前に、大きなモニターが三台表示され、男の様子を映し出したのだから。
男は走っていた。
この状況から逃げ出そうと、一心不乱に。
そして、屋敷から30m程離れたところで、血飛沫が上がり、男はバラバラになった。
甲高い悲鳴が、泣き叫ぶ声が、恐怖に絶望する様子が、簡単に想像できた。
その1秒後、それらは現実となる。
《この場を出るには、この任務を遂行していただかなければなりません。
会場は、この屋敷の中です。》
そのアナウンスの直後、屋敷の正門がギィィと音を立てながら開いた。
屋敷の中は闇に包まれており、何も見えない。
先程屋敷を囲むように半円形で並んでいると言ったが、先頭列の人でも屋敷からは10m程離れている。
それにどういう訳だか、先程から場所を移動することが出来ない。
次の指示が出るまで、俺たちはただ立ち尽くすしかなかった。
《皆様、能力に関しましては、屋敷の正門右手にクジの入っている箱が置いてございます。
引かれました紙に書いてある能力が、そのまま皆様に付与されます。》
能力はくじ引き。
どんな能力があるのかもわからない。
つまり、殺そうとした相手が、自分にとって不利な能力でも、自分はそれを知ることが出来ない。
そもそも、能力の優劣の有無、その対象もわからない。
《それでは、順番に屋敷の中へ入っていってください。》
アナウンスは、それで終了となった。
今から、殺し合いが始まる。
全く実感は湧かない。
頭が混乱して、現状を理解するのにも時間がかかりそうだ。
しばらくして、俺の番が来た。
順番なんて知るはずなくても、勝手に足が動く。
クジの入った箱に手を突っ込み、一枚の小さなメモ用紙を取り出すと、そのまま屋敷の中へと入っていった。
残り45名