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売女の仕業

 豪農の館でルーカスに答える男は、ルーカスに自分がこの館の主人で村長だと自己紹介はした。

 だが、半焼した母屋に建て増しされて存在している無傷の宿屋のような建物の方で農業とは関係のない悪業を営んでいる小悪党に違いないと、ルーカスは最初に見た時から見当をつけていた。


 みすぼらしい農夫のような格好ながら、男の身のこなしには小盗賊のような所がある。

 恐らくどころか新顔の娼婦から上前を前払いで払わせようとして、しかし、男達よりも場数を踏んでいたらしき女に返り討ちに遭ったという事だろう。

 ルーカスは説明を受けながら惨状を見るうちに、そう勝手に解釈していた。

 いや、確信していた、が正しい。


 ウィステリアの娘を迎えに訪れていた宿屋にいたはずの彼がこの館に飛んできたのは、宿屋そばにある蹄鉄屋の青年が町の方角から立ち上る黒い狼煙を指し示し、また誰かが殺された、と叫んだからである。

 その若い男に事情を聞けば、いつの頃からか農場に住み着いた傭兵が近隣のごろつきを集め出し、気が付けば村一つを占領してしまったというのである。

 自分達はごろつきに脅えながら暮らしているのだ、と。


「領主はどうした?」


「その領主の妻の兄が、その傭兵なんで。」


「へぇ。」


「だから文句もいえねぇし、若い娘は皆売春婦にされて、俺の姉貴も行方知れずだ。騎士様、あなた様にはなんとかなんねぇですか。」


「うーん。約束は出来ないけれど、見るだけ見てみようかね。」


 伯爵令嬢にウンザリしていた彼だ。

 村民の願いにこれ幸いと飛び出して狼煙の元へと駆け付ければ、青年の言うとおりに豪農の館の内も外もガラの悪い男達が溢れており、ルーカスの参上に彼らは見るからに殺気立って、彼に対して刃を抜こうとしたほどだ。

 しかし、村一つを恐怖政治でも纏め上げた者はそれなりに頭の回転はあるもので、彼の目の前の村長が彼等を抑え、さらにはルーカスの惹き付け役までも買って出てきたのである。


 若い男が言っていた傭兵には見えなかったが、ルーカスには顔を腫らした男がかなり粘着質で恨みがましい性質の者だろうとすぐに判った。


 ルーカスは粘着質でしつこい男をよく知っている。

 さらに言えば、大体の粘着質な小悪党がどう動くかも。


 ルーカスは小悪党の手下達が彼等に被害を与えた女二人を殺しに追うであろうと簡単に予想が付いていたので、惨劇の母屋から出てきたところで中庭にいた十数人の男達の姿が消えていたことに何の疑問も抱かなかった。

 それどころか、自分も早く参加したそうな相手をさらに焦らしてやろうという嫌がらせをも持って、かなり間延びした声で村長へと言葉を投げかけたのである。


「たった女二人でこれまでの攻撃力とはねぇ。それは凄いねぇ。怖いねぇ。人相は?大柄な女だったのか?君よりも大きいんだよねぇ。怖いねぇ。俺くらい?」


 小柄な村長への嫌がらせにルーカスの声が上ずっているのは、彼が実は少々どころかかなりの喜びを感じていたからだろう。

 天使に会えないのであれば、極めつけの悪女に会いたいと彼は考えたのだ。


 彼が子供の頃に出会った年増の美女は、大人になった彼が思い出してもシーツを濡らすほどなのである。

 彼のトラウマを解消できる新たな悪女が彼には必要なのだと、彼は本気で考えてもいるのだ。


 また、罪のない旅人や村民を殺してきただろう悪党一味を切り裂けるのも面白いだろうと、彼が高揚感を抱いていたのも事実である。


「はい、あの、大柄で派手な女達だったと。あの、お探しに行って下さるので?」


「勿論だよ。ここに連れてくるとは限らないけれどね。」


 ルーカスはそう言って自称村長に微笑んだが、村長は微笑み返すどころか瞳孔から血が吹き出すのではないかと言う程に両目を見開き、なんとルーカスから後ずさりさえもしたのである。

 黒すぎる焦げ茶色の髪に金色にも見える緑色の瞳がいけないのか、ルーカスは笑顔が怖いとよく言われており、本人的には傷つきながらも相手を脅えさせる時には必ず笑う。


「ふふふ。」


「ひ、あの、騎士様?」


 彼はしっかりと盗賊の頭を脅えさせると、その男には何も答えずに自分の愛馬へと悠々と歩き去りそのまま愛馬の背に乗った。

 愛馬は自分の主人にいつものように反抗的に軽く嘶き、主人への鬱憤を別の物で癒そうと行動に移した。


 すなわち、主人の後ろを追ってきた村人に、長い首を突き出して威嚇したのである。


「ひゃあ。」


 自称村長はそこでみっともなくぬかるんだ地面に尻餅をついたが、その気恥ずかしさからか、自分を道化に落とした騎士に彼本来の殺気を纏って睨みつけてしまった。

 だが、騎士は全てを知っている顔で馬上から見下しているだけだ。


「ひゃあ!」


 自分が完全に本性を見抜かれた事も悪党の頭は忘れてしまう程、ただ脅えて、黒い馬に乗った黒い悪魔が目の前から去っていく姿をただただ見つめていた。

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