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責任と義務

 ルーカスは結局死体の服を剥ぎ取る事にした。

 ミリアの体を自分以外の男に見せたくは無いと言い張ると、彼女は落ち込むどころか素直にチュニックを着直してくれた。

 ルーカスはミリアが落ち込まなかった事にホッとしつつも、遺体から服を剥ぎ散る行為をするようになった自分を情けなく思いながら遺体のチュニックを羽織ったのである。


 しかし、チュニックを手に入れて着る事が出来ても、ルーカスにはまだ前途多難な状態だ。

 彼等が小屋に放り込まれる事の出来た唯一の出入り口は打ち付けられており、体当たりして開けたとしても、外にいるだろう監視に気づかれて大勢を呼ばれてしまう。

 それでは遠くに逃げる前に殺されてしまうだろう。


 さらに言えば、彼の現在はブーツも無ければ剣も無い。

 その状況でミリアを連れて上手に逃げ切れる自信など全くない。

 その上、結婚の承諾を得てから数秒刻みでミリアへの責任感と、大事なミリアが怪我をしたらどうしようかと言う不安感が彼を苛み、通常の思考が働かないという状況なのだ。


 また、紐の切れた自分のズボンを放棄せざるを得なかった身の上であるので、下履きが無い不安定さと解放感に、かなりいたたまれない気持ちに彼はどんどんとなっていた。


「これが結婚の落とし穴という事か。どうしよう。」


 ひひーん。


 間抜けな聞き覚えがある嘶きが響き渡り、ルーカスは喜び勇んで掘立小屋の壁に貼り付いて板の隙間から外を覗いた。

 すると彼の期待通りに彼のブケパロスが小屋のすぐ脇におり、犬のようにガリガリと土を掘り起こしていたのである。


「ミリア。外にお前の大型犬がいる。名前を呼んでやれ。この小屋の薄い板ぐらいだったら、あいつには破れるだろう。」


「あなたの馬なのに、あなたが呼んであげないの?」


「俺が呼んであいつに無視されたら、俺の面目が無いだろう。」


 ミリアは婚約者に少々不信感を抱いた顔をしたが、すぐに深く息を吸い込むと、ルーカスがうっとりする程の大きな声でブケパロスを呼んだ。


「ブー!いらっしゃい!」


 ルーカスはさっと壁から遠ざかり、壁に体当たりをしてくるだろうブケパロスの衝撃に備えたが、全くの静寂しか落ちていなかった。板の隙間から覗けば、黒馬の姿が無い。


「あれ。おかしいな。ミリアちゃんがいるのに。」


 ぱたん。


「え?」


 釘で打ち付けられていたドアがあった場所が、軽い音を立てて外へと取り去らわれたのだ。

 解放の空間が突然開いた事でミリアとルーカスが驚きながらも振り向けば、彼等のエンバーンがルーカスの外套や長剣を抱えて小屋に入って来る所だった。

 ルーカスは慌ててエンバーンの所へと駆け付けた。


「君が?どうやって?」


「ハンニバル達に紐をつけて引かせました。釘を抜いていくのが面倒で。どうぞ。」


「どうも。イーオインは何をしている。」


「彼はシュエットを退治しています。スフェールもいるし、シュエット達の戦意も消失したから大丈夫。それで、ミリアは……。あぁ!なんてこと!」


 エンバーンの眼は目玉が転がり落ちる勢いで見開かれた。

 ルーカスは自分への危険を察し、エンバーンが呆けている間に自分のチュニックに着替えてブーツも履き、ベルトを巻いた腰に自分の剣を差して次なる危機へと備えた。


「どういうことです!ミリアを頼んだのに!どうしてミリアがこんなになっているのです!あなたは何をやっているのです!」


 ルーカスはエンバーンの頭にぽんと手を乗せて、ありがとう、と言った。


「え。」


「良かったよ。ようやく俺が不甲斐ないって言ってもらえて。あぁ、俺は期待されていたんだなって、すごーく安心したよ。」


 エンバーンは眉が一本になるほどに眉間に皺を寄せて変な顔になっており、ルーカスはその顔をイーオインに見せてやりたいと噴き出した。


「どうして笑うのです!笑いごとではないでしょう!」


「エンバーン。イーオインが大好きならね、その怒ったりの表情こそあいつに見せてやりなさい。俺なんか、ミリアの百面相で、ミリアに惚れたもの。」


「あたしも大好き!」


 彼の背中にトスンと軽い衝撃がぶつかり、後ろからぎゅうっとミリアに抱きしめられたことで、彼は二度三度深呼吸をする羽目になった。


「ミリア。俺は下が丸出しなことを覚えていて。目の前には純なエンバーンがいるじゃないか。さぁ、俺がこれ以上エンバーンに睨まれないように、俺の外套を羽織って。」


「逃がさないわよ!」


 戸口には包帯だらけの女が立ち塞がり、狂気に満ちた瞳を彼等に向けていた。


「いい加減にしなさい。ここで私に切り捨てられるか、あとで私に切り捨てられるか、今すぐに決めなさい。」


 ルーカスはエンバーンに囁いた。


「絶対に切り捨てるんだ?」


「しっ。」


 ルーカスは可愛かったエンバーンが小ガルディスになってしまった事に悲しみが湧いていたが、エメリアに一歩も引かないエンバーンを称賛してもいた。

 エメリアはエンバーンの今にも斬ろうという気迫と剣の構えに戸口から後ずさりをしたが、ルーカス達が戸口から外に出てみれば、外は松明を掲げた領民たちが取り囲んでいたのである。


「魔女は火あぶりよ。魔女の毒で私はこんな姿になり、村人達が病に倒れたのもぜーんぶ、あいつらの魔術よ!この村は魔女に呪われたんだ!」


 エメリアが従えている領民たちは口々にそうだそうだと騒ぎだし、エンバーン達を小屋の中へと追い立てようと一枚板のように一歩前へと進んだ。


「さあ、焼き殺すのよ!魔女達を!」


 そこでルーカスは二人を庇うように前に一歩踏み出した。


「エンバーン。ミリアを頼む。ミリアはエンバーンを頼む。俺は適当に蹴散らしてから、適当に逃げるから気にしないで。」

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