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危機

 抱き合うミリアとルーカスを囲んだのは、黒い頭巾に黒い外套を羽織った十人の男達と、ミイラのように体中を包帯塗れにした、狐の毛皮の外套を羽織った女である。


 包帯から出ている両目が青色で憎しみの籠った目線をミリアに注いでいる事から、その女性がミリアによって皮膚病に感染させられたエメリアに違いないとルーカスは確信した。

 そして、馬から降りたのはエメリアだけで、頭巾達は馬上から動かず、ルーカスの動きを封じていた。


 余計な動きをすれば、その女ごと馬で踏み潰すという風に。


「おや、ベイリーとエメリアは死んだと聞いたが、君が生きているのならば、ベイリー君も生きているのかな。」


 エメリアは鼻で笑った。


「はっ。あの男はあたしに触るなってあたしを捨てたんだ。あたしだって捨ててやるさ。」


「ふうん。それじゃあ、ベイリー君はこの世から退場したのはわかったけれど、君の遺体だった人は誰なのかな。」


「はは。そこのお嬢さんの小間使いさ。」


 ルーカスの腕の中でミリアが大きく息を飲み込み、ルーカスはミリアをしっかりと抱きしめた。

 ミリアもルーカスに抱き返してきており、敵に囲まれる前にミリアに普通の女の振りをしていろと伝えていた自分を褒めていた。


 殺されるのであれば、少しでも良い気分のままでいたい。

 生き延びられる可能性があるのであれば、出来る限りの状況を自分の手の中に掴んでいたい。


「あら、仲がいいのね。まぁ、これから一緒に殺してあげるから心配しないで。あたしは今日からミリアになって、あんたはあたし、いいえ、エメリアは死んでいるからね、小間使いのメリーとして死ぬのさ。」


 ひぐっと鼻をすする音に、ルーカスはミリアが本気で泣いていたのだと知った。


「あだしがあのごを殺しだんだわ。」


「うん。それは違うから、今はその無意味な考えは止めて。」


「はは。もう一人を殺したくなかったら、ミリア、あんたはここに来るのよ。」


 エメリアが甲高い声で命令すると、女のくぐもった声が聞こえ、なんと、頭巾をかぶった男の一人が外套をまくり上げると、その中から小柄な女が引き出され、引き出された女は無情にもそのまま馬の上から突き落とされた。


「ぎゃあ。」


「あぁ、シャロン。」


 ミリアは動き、ルーカスはミリアを拘束した。


「普通の女になれって言ったでしょう。エメリアを見習いなさい。あいつは小間使いが痛めつけられても眉一つ動かさないぞ。」


 エメリアは包帯で顔の表情は読めないが、包帯がピクリと動いた事で彼女がルーカスに対して表情を歪めたに違いないと確信して、ルーカスは少々の勝利感を手に入れていた。


「助けてください!ミリア様!助けて!エンバーンの食事に虫を入れたりは二度としませんから!許して!」


「そんなことをしていたの!絶対に許さない!」


 ミリアは人質に叫び返し、ルーカスはホッとしてミリアを抱く腕を緩めてしまった。


「あぁ、ちくしょう!」


 ルーカスが罵りの声をあげたのも仕方が無い。

 ミリアはルーカスの腕から逃れるや、シャロンの元へと走ったのだ。


 そして、シャロンを抱き上げようと手を伸ばしたそこで、ジャキンと、ルーカスが剣を抜く間もなくミリアの長い髪がエメリアに切り取られてしまったのである。


 あとはスローモーションでしかない。


 ミリアは助けようとしたシャロンに抱きつかれて身動きを出来なくさせられ、そんな状態のミリアの頭から髪をエメリアは乱暴に刈り取り続け、そして助けるすべもないルーカスは頭巾男達に小突かれながら身ぐるみを剥がされて、後ろ手に縛られていた。


 今の彼にできるのは、ミリアは病気持ちだと、彼等に声高に宣言することだけだった。

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