川辺
白に近い金髪は、天使の色合いだと持て囃されるものである。
それでは色が抜けたような灰色は?
「肌色はくすんで色味も無くて、目の色も青くもない微妙な色。こんなにも特徴が無いって、逆に特徴があるって思えばいいのかしらね。」
私は水面に映った歪んだ自分の姿にほおっと溜息を吐くと、川岸にまでやって来た自分がやらなければならない仕事にとりかかった。
すなわち、洗濯だ。
雪降る中の小川の水は一瞬で指先を凍らせるほどに冷たく、しかしそれでも私はこのチュニックに付いた血の塊を落とさねばと、必死になって布地をごしごしと揉んでいた。
清浄な水に赤茶色の汚濁が広がり、そのまま濁りは清流に流されて色味を失って清められていく。
この行為で汚れた自分をも雪げたらいいのにと、私は流れ出る赤い帯をぼんやりと眺めてしまった。
「あら、あら、エンバーン。顔の手当てにこっちに来たと思ったのに、何をしているの。そんなものなんか、捨ててしまっていいのよ。」
「駄目です。あなたは薪で温まっていてください。」
私は声がした方向へ振り返らずに答えていた。
これは大事な行為なのだ。
そう、ミリアは昨夜、自分の浅はかさのせいで慮外者に襲われかけたのだ。
現在ミリアはその慮外者の持ち物のチュニックを羽織っている。
勿論ミリアは賢く潔癖なので、慮外者の箪笥から一番上等であまり袖を通していなさそうな物を取り出して着用していたが、私はそれでもその男の服で彼女が汚されてしまうようで、彼女の現在の姿がとても嫌であるのだ。
そのチュニックは晴れ着だったのか白地に赤い花とカラフルな鳥達が毒々しく刺繍されているという悪趣味な物だが、小柄なミリアには男物でも女性丈のチュニックとなり、さらには腰まである金色の髪が体に纏わりついてキラキラと刺繍の一部のようになって輝く。
実を言うと自分が今洗っている濃い青色のチュニックよりも、実にミリアによく似合っていることも尚更に癇に障っていた。
自分の大事な女主人ミリア・ウィステリアが、その悪趣味なチュニックをいたく気に入っている様子が、もしかして今まで自分がミリアを見誤っていたかと不安になるからこそ、ミリアのそのチュニック姿がとても嫌なのかもしれない。
家も名前も存在も失った自分には、これ以上の混沌は不要なのである。
だからと言って、召使が気心の知れた友人の様に主人へ言葉を返すなどとは、許されることではない。
いくら出会った時からミリアが私を友人としてしか扱わなかったとしても、否、だからこそ、召使である私が身の程を弁えて仕えねばならないのだ。
それなのに、たった二人だけの一昼夜の逃亡劇によって、恐らくどころか確実に私はミリアに必要以上の親密感を抱いてしまっているのである。
私は自分の思いあがってしまった無作法さに気が付き、ぎゅうっと目を瞑った。
そこですぐに振り向くと、心機一転するつもりで恭しく女主人へと深々と頭を下げたのである。
しかし、私を無作法な下女を叱責する声など頭上に一切落ちることが無いどころか、うへぇという女性らしからぬ声が落ちたような気がした。
私はゆっくりと自分の女主人を見上げながら、小柄で小鳥のような美女は本当の淑女のはずだと自分に言い聞かせ、昨夜からのミリアの行動と、たった今聞いた声の記憶を抹消するべく、否、自分を奮い立たせてミリアを守る決意を固くするために、昨夜の出来事を思い出す事にした。




