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雪の中の二人①

 彼はミリアを慰めようと左手をあげたが、武骨な手袋がミリアの繊細な髪の毛を傷つけそうだと気が付いた。

 そこでミリアを支える右手も使いながら起用に手袋外すと、その手で彼女の頭を子供にするように撫ではじめたのである。


 彼は彼女が泣きたいだけ泣かせてやることに決めた。

 彼も何度も泣いたではないかと。

 友人を失う度に、その友人の体に刃を差し込んだのは自分だと、彼は助けるどころか殺すしかなかった境遇に出会う度に何度も泣いてきていたのだ。


「……悔しい。」


「そうだね。悔しいよ。助けられずに命が零れるのは、本当に悔しい。」


「殺人だったのよ。死ぬ必要のない人間を殺すなんて。疫病でも何でもないのに。」


 脅える青年がルーカスに語った言葉。


「お医者間がそういうから。」


 蹄鉄屋の青年がたなびく黒い煙に上げた悲痛な叫び声。


「また、誰かが殺されている!」


 ルーカスは慌ててミリアを引きはがした。

 彼女と目を合わせると、泣いて瞼が腫れて鼻が真っ赤になっている赤ん坊のような顔になっていたが、彼女の眼は復讐に燃えてギラギラと輝いている。


「ミリア、ちゃん?どういう、こと、かな?」


「だから!ただの、病気でもない、健康な人が殺されたの。この村の医者という奴が病気だって言うと、こうやって殺されて、焼かれてしまっていたのよ。私が気付かず見逃していたせいで、殺される必要のない人を助けることが出来なかったの!もっと早く、疫病だって聞いてすぐ!私があの隔離小屋を覗いていれば、病気なんかじゃないって、彼等を助けてあげることが出来たのよ!」


「覗いたのか。」


 歯を食いしばったミリアはその悔しそうな顔のままうんうんと頭を上下させ、彼はあの掘立小屋を警戒している人間の本当の目的を知った。


 ミリアの様に覗く人間を近づかせないためなのか、と。


「くそう。なんて村だ、ここは!イーオインが嫌うのも当たり前だ!」


 彼は再びミリアをぎゅうっと抱きしめ、彼女の怒りを一先ず自分の腕の中に片付けると、辺りを注意深く目線だけで見回した。

 そして、監視人達の無駄のない配置や見回りを見ているうちに、彼の部下が住人の繋がりどころか正確な人数を算出できない程であるのに、妙に連帯感がある村の動向に違和感を感じていた理由について閃いたのである。


 盗賊でも傭兵でも、ましてや騎士でもない小柄な普通の男が、場数を踏んだ人間のような身のこなしをするのであれば、それは間者に違いない。

 この村は間者たちによる、偽りの村、だとしたらどうなのか、と。


「あの、村長。あいつはどこに消えた。俺はあいつを切った覚えが無い。」


「村長?誰?」


「君が殴ったあの小男だよ。覚えているか。」


 ミリアは子供のように頭を上下させてルーカスに答え、そしてルーカスは閃きによって雲が晴れたような心持のまま、愛おしいミリアをぎゅうっと壊れる程に抱きしめていた。


「この村を正常にする方法がわかったよ。」


「く、くるしい。」


「あ、ごめん。」


 ルーカスは腕を緩めてミリアを開放すると、そのまま自然な動作で額にキスをしてしまっていた。

 自分の軽薄な行動に驚いたのはルーカスも同様だが、伯爵令嬢と言うれっきとしたお姫様だったミリアには衝撃でしかなかったようだ。


「きゃあ。」


 普通の少女のような声をあげるやミリアはルーカスを押しのけ、だが、ルーカスの固さに弾かれて、なんと彼女は馬から転がり落ちてしまったのである。


「きゃあ!大丈夫か!ミリア!」


 彼の馬鹿一号にミリアが踏み潰される前に彼女を抱き起さねばと、彼は慌てて彼の馬鹿二号から飛び降りた。


 そして飛び降りてすぐに、彼は馬を馬鹿二号と名付けた所以を思い出し、ミリアに必死で叫んだのである。


「ミリア!動けるなら体を丸めて頭を守れ!」

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