隔離小屋
シュエットの領地のムーアの呼び名がコニウムダンプであるのは、その名の通り、そこには毒人参が雑草や低木に交じって繁殖しているからである。
ソクラテスを殺したコニウムが大量にありながら、燃やすためだけに建てられた掘立小屋で人を焼き殺すというのは皮肉にさえならないと、ルーカスは胸の内で呟いていた。
小屋の周りには枯れ草が積み上げられ、周囲には身を隠すほどの障害物も無く、納屋と言う名の、明日の惨劇の為だけに建てられた小屋は、入り口に二人、周囲には巡回している三名と、エンバーンが言ったとおりの二重三重の警戒を敷かれていた。
遠巻きに納屋を眺める村人も、閉じ込められた八名の監視者でしかない。
閉じ込められた彼等は何の世話もされずに弱るに任せられるという、打ち捨てられたと同じ状況であり、よって彼らは人間本来の回復力か神の奇跡を得られなければ、病人同士積み重なって朽ちて死ぬだけである。
また、疫病の拡散の防止から食事を運ぶ事が禁止されるので、病よりも飢えで死ぬ方が早い。
つまり、疫病になった時点で、病人はコミュニティから抹殺されるのだ。
「明日の朝までもう半日しかないが、彼らにはもともと未来も無いか。」
しばらくル―カスが小屋を眺めていると、立ち去らない彼に違和感を覚えたのか、巡回中の一名が駆け寄って来た。
まだ幼さの残る年齢の青年であり、鼠の様にびくびくと脅えているふしのある彼は、ルーカスに何の用かと抑えた声で尋ねてきたのである。
「いや、疫病だって聞いてね。何の病だい?」
答えを待っているルーカスに答えるどころか青年は不安なのか目をぎょろぎょろと動かすだけで、それでもルーカスが辛抱強く答えを待つと、早く逃げ出したそうに体をゆすりながら、ルーカスの眼も見ず答え始めた。
「あの、お医者様が、あの、危険だっていうから。」
「それだけ?症状は?他でも起きたら怖いだろう。閉じ込めるほどなのだろう?どんな恐ろしい病なんだ?」
「知りません。もう全員死にましたし、明日焼きますから!」
青年は叫ぶと元居た巡回ルートへと戻り、再び無意味な行軍をし始めた。
「死んでも囲んで監視するとは、魂さえも逃がさないつもりか?」
彼ははぁと大きく息を吐きながら髪を後ろに撫でつけ、それから彼の本来の目的を果たそうと周囲を見回した。
雪の合間から飛び出している茶色の枯れ草以外色がほとんどない、ぼんやりとした白色の世界の中で、ぽつんと黒墨を落としたような、今のルーカスのような馬影を探したのである。
ミリアはルーカスよりも小屋から遠い場所に、まるで自分がなした結果に茫然とする指揮官のようにボンヤリと佇んでいた。
「さぁ、ブケパロスの所に行こうか、ハンニバル。冬場の山越えは好きだろう。」
馬はぶるると、勝手に名前をつけて何を言うかと言い返しているかのような不満そうな嘶きをすると、のそのそとルーカスが取る手綱通りに動き始めた。
「よしよし、いい子だ。さぁさぁ、お前は馬なんだよ。馬として生きようよ。」
馬を宥めながらミリアに近づけば、彼女は小屋を見つめたまま、ただ涙を流しており、ルーカスは自分がミリアを見誤っていなかった事にほっとしながらも、見誤っていた結果を望んでいた事を自分に認めた。
助からない仲間をソリに乗せて助けたかった自分は、決して助からない八人を助けに納屋に飛び込むミリアを助けたかったのかもしれない、と。
彼は馬をそっと彼女の乗る馬の左脇に寄せると、涙にくれる彼女を自分の方へと右腕で抱き寄せた。
抱き寄せた彼女は子供の様に小さく、頼りなく彼に寄せた体は女性のわりに固く締まっていたが、ウエストが手袋越しでも細くて華奢だと指先が感じたことで、彼は自分をかなり強く心の中で罵っていた。
ミリアに女を感じてしまったのである。
だが、彼のミリアは彼にとって天使であった。
彼の肩に顔を埋め、うっうっと悔しさ極まってという風に、女らしくも無い少年のような泣き方をしてくれたのである。




