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妖精の知らせ

 イーオインの部屋を出て大広間に向けて大股で歩くルーカスの前方では、銀色の小さいものがパタパタと足音を響かせて向かって来くるところだった。


 彼女の肩ぐらでしかない銀色の髪は、廊下を必死に走ってできた風を受けてさらさらと扇状に広がり、彼女を銀色に輝かせていた。

 大きな瞳は紫色で、ミリアよりは肌の色は濃いが、頬がミリアのようにピンク色に染まっていないので、ルーカスには彼女が透明で妖精のお姫様の様に見える。


 必死に走ってくる少女はきっと自分を通り過ぎて、婚約者の部屋に行くのだろうと廊下のはじへと避けたのだが、エンバーンは通り過ぎるどころか一直線にルーカスの元に来て彼の左袖を両手で掴んだ。

 彼女の顔は青く不安そうで、何よりもその行動によってルーカスには五歳くらいの子供にしか見えなかった。


「何?どうしたの、かな。」


 彼が尋ねると彼女はパッと彼の袖を離し、しばし俯き、だが、ゆっくりと決意したような顔で顔をあげた。

 そのおどおどとした素振りはミリアは絶対にしないと彼は眺めながら考え、平気で男の袖を引く女にしか付き合いのない彼には、少々新鮮にも思えていた。


 自然と頬が緩み、馬鹿にしたイーオインさながらの父親のような言葉をエンバーンにかけていたのである。


「いいよ、何でも言ってごらん。どんな相談にも乗るよ。あの馬鹿馬を今夜丸焼きにしたい?はい、おっけい、大歓迎だよ。」


 エンバーンはくすりと笑い、彼を上目遣いに見つめると、決意したかのように口を開いた。

 彼女の声は高すぎず低すぎず、ルーカスには少年のような涼やかな心地の良いものである。


 内容さえ聞かなければ。


「え。ごめん。何か言った?悪いね、俺は急用を思い出した。」


 彼は急いでエンバーンから離れて再び歩き出し、しかし、再び彼の左袖はエンバーンに引かれたのである。

 今度は袖を破りそうな勢いで、決して放すまいという意思を込めて、だ。


「なんでも相談に乗るって言ったじゃないですか!」


「それは相談って言わないの!却下するか了解するだけの案件でしょうが。却下。」


「酷い!嘘つき!これは相談です。領地のムーア。あのコニウムダンプで隔離されている八人の病人を、このマナーハウスに連れて来るにはどうしたらいいのかって、普通に相談でしょう!明日の朝一番で彼らは閉じ込められている納屋ごと燃やされるんですよ!だから、彼等を逃がさない様に、二重三重の監視まで立っていて!」


「当り前でしょう!疫病を広げたら全員が死ぬんだよ。君は八人の命の為に、この領地の領民全員を死に至らしめたいのか!」


「だって!良案が無ければ、必ずミリアは一人で行動します。彼女は病人の為なら、隔離用の納屋に一緒に篭ってもいいっていう決意なの!だから、私が八人とミリアを助け出さなきゃ、ミリアまでも燃やされてしまう!駄目なら、私が行って、八人の命を私が絶ちます。ミリアに嫌われたって、ミリアが無事ならいい。八人に私が引導を渡します!」


 ル―カスはポンとエンバーンの頭の上に手を乗せると、大きく溜息をついて天井を見上げた。


「ダメだ。視野が狭い。」


「それはわかっています。私はミリアを失いたくないだけだもの。」


「いや、俺の事。くそ、ミリアを甘く見ていた。わかった。俺が何とかするから、君は俺の相棒にいま少しだけ動くなって伝えておいてくれ。」


「え?動くなって、いつもずっと書斎でしょう。」


「俺がいない間、俺の隊を頼むねって事だ。で、ミリアは厩か、じゃなく、君が俺を追いかけたのは、ミリアの姿がもう消えているんだね。」


「ごめんなさい。止められなかった。」


「いいよ。あれは天使だからね、常人では測れない生き物なんだよ。」


 ルーカスはエンバーンから踵を返すと、足だけは速い馬鹿馬に追いつけそうな厩の馬を思い浮かべ、王都の馬市で買ったばかりの馬鹿二号しかないだろうと結論付けた。

 二度と一人で馬を買うなと、イーオインに罵られたほどの迷馬なのである。


「全く、俺から名馬を取り上げた男が何を言う、だ。あぁあ、どうして黒猫は賢いのに俺の買う黒馬は馬鹿ばっかりなんだろう。」


 彼は大きく溜息をつきながら、納まりの悪い髪を後ろへと撫でつけた。

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