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シエラ女子修道院②

「エンバーンを守り切れるどころか、あなたは普通に野垂れ死んでいたわね。」


 ガルディスは涼しい顔でなんてことない風に答えると、自分の机の上のカップに手を伸ばした。

 ルーカスとイーオインには勧めてもくれなかったハーブティである。

 ルーカスは二の句が継げなくなった哀れな親友を一瞥すると、座っていた椅子を院長の机に近づける様に座ったまま動かし、そして、子供のように両手でぱしぱしと机を軽く叩いた。


「姐さん。俺にもお茶をちょうだい。それからね、この男はしつこいよ。事あるごとにぐちぐちぐちぐち。か弱い俺は、こいつにタダ同然で馬を巻き上げられたんだよ。」


 ガルディスは片眉をくいっと上げると、後ろの本棚に置いてある杯の一つを取り上げた。

 そしてカップの半分ぐらい程にポットのハーブティを注ぎ入れ、ルーカスに手渡したのである。


「猫舌には熱いわよ。」


「大人になったから平気。」


「え、知り合い?」


「まぁね。俺が昔に滅んだコンスタンティノス出身だって知っているだろ。このお姉さんは人買いの傭兵さん。特売品の俺を買って、子分にして、エンバーンにしたように、ある日突然に世界に羽ばたいていらっしゃいよって追い出されたのさ。俺は姐さんに捨てられたと、どれだけ枕を濡らした事か。」


「嘘おっしゃい。一度も会いに来なかったくせに。」


「だって、ララに振られた俺が傷心を忘れるには仕方が無いさ。それにしても姿が見えないけれど、どうしたの?ララは。あの子は子供みたいに小柄だったよね。」


 イーオインは力が抜けたかのように自分の後ろの椅子にどさりと沈み込み、そして茫然とした顔つきでルーカスとガルディスの両名を見返したのである。

 ガルディスは顔色など一つも変えずにハーブティを啜っており、ルーカスは茶が熱いだけだという風に顔を歪めている。


 しかし、目元に暗い影が帯びているのは、彼が口にした女性がイーオインが修道院に運び入れた遺体だったのだと言っているも同然である。


「俺の、俺の考え無しの行動のせいで、あなたの娘が巻き込まれて殺されていた?それも、あんな惨い殺され方を?」


 熊穴から消えたエンバーンを探してイーオインが見つけた遺体とは、酷い暴行跡の残る体をさらにバラバラに切り刻まれ、使い捨ての物のように、薪の中に放り込まれて燃やされていたのである。


 遺体の近くには血が付いているエンバーンの剣。


 彼女が抵抗したからこそ彼女は酷い殺され方をしたのだと、イーオインが自分を守れと彼女に剣を手渡してしまったからだと、後悔してもしきれない惨状だったのである。


「違う。いつもの事で、結果としてあの子がエンバーンを守ったというだけ。エンバーンが修道院に駆け込んできたのは、ララがあの子を向かわせたからよ。領地のごろつきどもが村娘に乱暴をする所を見つける度、ララは奴らから女を守って戦っていた。あたしこそいつものようにあの子の無事を信じて修道院で待っていた間抜けよ。あなたが持ち込んだ遺体で、どうして助太刀に駆け付けてあげなかったかと、私は今でも悔やんでいるわ。」


「あいつは逃げ足が速かったからね。仕方が無い。でもね、エンバーンはララの仇を取ったようだよ。生きたまま切り刻んで殺したそうだ。」


「さすが。わたしの子供だわ。」


 イーオインはルーカスと同じように院長の机に自分が座っていた椅子を近づけると腰を落ち着け、片手だったがルーカスがしたように軽く机を叩いた。


「すいません。俺にもハーブティを下さい。」


 ガルディスは本棚にある杯の一つを取り上げると、それにハーブティをルーカスへの時よりも少なく注ぎ込んでイーオインに手渡した。


「あなたは猫舌そうだから。」


「こいつは猫舌どころかお子様だよ。」


「黙れ。」


 ルーカスに言い返したイーオインだが、手渡された銅製の杯が熱くも無い事に訝りながら一気にごくりと飲んで、自分が猫舌どころか馬鹿な子供だったと涙を流して咽るしかなかった。

 アルコールでしかない透明な液体に、ハーブの香りが漬け込んであるだけという、物凄く熱いハーブティだったのである。

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