表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/43

シエラ女子修道院①

 事はつま開きにされれば簡単この上ない。

 まず、シュエット男爵家は領地も権威も小さいが歴史のある一族だったが為、ジョンの処刑からアリスのアダム・ローエンとの再婚という流れは、王侯派だった貴族達からかなりの不興を買っていた、という前提がある。


 諸侯の反発を抑えるために、王の取り巻きだったからこそ、アダムにシュエット家の男爵位を授けるわけにはいかなかったのだ。

 つまり、アダムが得られたのは、シュエット男爵一族の不在に対して領地を守るだけの権利であり、シュエット男爵家の血を引き継ぐ者が現れればすぐさまその者が男爵となり、アダムは領地の権利を新男爵に差し出さねばならないという、屈辱的な境遇でしかない。


 だからこそ彼はエンバーンの生存を知るや彼女との結婚に固執し、彼女に自分の子供を孕ませようとしたのである。

 エンバーンとの結婚でようやく彼は男爵となり、正当な領主となれるのだ。


 しかし、三か月前にカドラヘレ大聖堂に向かったはずのアダムは、シュエットに戻るどころか消息を絶ってしまった。

 そこでアダムの行方を知ろうと、エメリアがエンバーンが匿われているウィステリアに潜り込んだという次第である。


 しかし、エメリアも行方の知れないアダムには愛想が尽きていたようだ。

 彼女は再出発を狙ったか、ミリアとエンバーンを盗賊の餌にした代りにミリアに成りすまそうとしていたようなのだ。

 けれど、盗んだミリアの服で皮膚病に感染させられ、ミリアの代りに誘拐されてしまっていたという事情を知れば、イーオインは少々エメリアに同情のようなものを抱かずにいられない。


 彼は人の思惑で道化に落とされる者の気持ちがよくわかるのだ。

 イーオインこそ道化であり、彼の目の前には全てを企んだ魔女がいる。


「あなたがアダムを唆したのですね。」


 シエラ女子修道院という、シュエット家の領地の端に忘れられたかのように存在していた修道院のガルディス修道院長は、怒りを含んだイーオインの暗い声に対して脅えるどころか、修道女にはあるまじき妖艶な微笑を彼に返した。


 シエラ女子修道院は寄進も少ないだろう事が窺えるどこもかしこも修理が必要そうな建物に、敷地は墓地ではなく畑が広がり、囲いの中では顔の黒い二頭の山羊がメエメエと鳴いているという、うらぶれた、という言葉がぴったりな修道院である。

 しかし修道院内は出来うる限り綺麗に保たれており、院長室は質素だが重厚な雰囲気のある趣味の良い誂えだ。


 微笑んでいる院長の後ろの大きな本棚に収められている本は殆ど全て実用的な専門書で、イーオインは後ろの本棚の様子から目の前の女性が知的で見識の深い女であると結論付けた。

 しかしながら、本棚には本が一冊も置いてない段が一列あり、本の代わりに様々な形の杯が並べてあるという所が、イーオインに少々の違和感をも与えていた。


 院長と言うよりは豪快な女海賊が似合いそうだと。


 そして、そう考えてしまう相手なのだから、尚更に見誤ってはいけないと考え直し、少々抑えた声で彼女に言い直したのである。


「片道だけの安全。エンバーンとアダムの結婚は、あなたの計画だったという事ですね。」


「エンバーンの身を守るためには仕方が無いわ。」


「アダムを殺したエンバーンが逃げ切ったから良かったものの、見咎められたら殺人者として処刑されていたかもしれないじゃないか!」


「家族の魂への巡礼中の貴族の娘が従者を殺したとて、慰められても罪に問われることは無かったでしょうよ。アダムなんて男は未だに行方不明なのではなくて。」


「あなたは、最初からエンバーンに殺しをさせるつもりで。」


「あの子は自分で世界を切り開くしか無いでしょう。」


 面倒そうに答えた院長に対して激昂してしまった様子のイーオインに、隣に座るルーカスはイーオインを押さえようと両手を伸ばした。

 だが、ルーカスは直ぐに手を降ろした。

 怖い女に前にした事で、ルーカスには気力が湧いて出なかったようだ。


 椅子から立ち上がったイーオインはルーカスに今度こそ抑えられる前にと前に進み、修道院長の机に大きく両手を打ち付けた。


「畜生!どうして教えてくれなかった!あの日も!俺がエンバーンだと泣きながら運んできた遺体が別人だと知っていて、どうしてあの時教えてくれなかった!どうしてエンバーンに会わせてもくれなかったんだ!」


「――泣きながらって、やばいな。」


 自分に茶々を入れた親友に、イーオインはくるっと振り返った。


「煩いよ!」


 しかし、邪魔だから院長室から出て行けとルーカスに言葉を続けない事で、イーオインが目の前の海千山千どころかリリスそのものに立ち向かう同志としてルーカスが必要なのだろうとルーカスは考えた。

 全く助太刀するつもりなど無いぞ、とルーカスは心の中で親友に謝った。

 リリスは男児を簡単に殺せるという、世にも恐ろしい魔女であるのだ。


「院長、答えて下さいよ。あなたが、エンバーンを俺から隠さなければ――。」


「エンバーンを守り切れるどころか、あなたは普通に野垂れ死んでいたわね。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ