馬車
王都への整備された街道と言っても、雪が積もり陽が落ちて来たともなれば、そこは盗賊たちが跳梁跋扈する危険な場所にしかならない。
もっと速度をあげなければと焦燥感に駆られたが、胃のむかつきを抑えるのに精いっぱいな今の自分では、速度をあげられたら確実に吐いて使い物にならなくなるだろうと申し訳ない思いで馬車の先頭を見つめた。
私が乗る粗末な馬車の前には二頭の馬が速足で駆けていたが、お仕着せを着た中年の男が乗る馬と横座りの貴婦人を二名乗せた馬では、これ以上の速度は無理だろうと、私は剣を握り締めた。
私の服装は巡礼者の出で立ちだが、これは教会の為に出兵した志願兵が身に着けていたという白いチュニックだ。
胴体部分に教会の赤い印があり、この印があるからこそ、どこの教会に行っても屋根のある宿坊に受け入れられるのである。
また、巡礼兵だと偽れたので、私は現在の要人警護という職も得ている。
馬に横乗りになっている貴婦人の片方、金色にキラキラ輝く美しい髪を持った伯爵令嬢のミリア・ウィステリアが私の主人となる。
しかしミリアは私を雇ったくせに、私を友人扱いし、さらに、召使である私と一緒に馬に乗ろうとまで誘ってきたのだ。
「乗ってあげれば良かったな。」
現在の女主人の苦境を考えると、自分は裏切り者でしかないだろう。
私が雇われた一月後にウィステリア伯爵領に現れた、招かれざる客のヘイリー・モーガンがミリアと同乗しているのだが、貴婦人と言うにははすっぱな未亡人は、常に不平不満か美容の話しかしないという、ミリアが一番苦手とするタイプの人間なのである。
私の視線を感じたか、ミリアがぐるっと私の方へ振り向いたが、私が思わず吹き出すほどにミリアの顔は不機嫌に歪んでいた。
「ヘイリーの戯言に付き合うぐらいなら、ここの方がいいか。それに、こうしていた方がなぜか落ち着く。気持ち悪くさえなければ。」
がたん!
大きな石を踏みつけたのか馬車の荷台は大きく跳ね上がり、私も荷物と一緒に荷台に投げ出された。
きゃははははは。
抑えているが確実に私の無様さを笑っている声で、私の吐き気の原因も実は荷台のシャロンとメリーの嫌がらせによるものなのである。
彼女達は主人に目を掛けられている私を妬んでひがみ、パンをわざと落としたり、スープに虫を入れることは毎回で、今は荷台の私をできる限り苦しめられるようになのか、わざと石やでこぼこした所を走るように馬を誘導している。
「すごいわよね。その勤勉ともいえる嫌がらせ根性を別に使えば、立派な召使になれるでしょうに。」
私は座り直してから黒い外套を体に巻き付けると、剣を再び抱きしめた。
「あなたが渡してくれたのが剣で良かったわ。指輪だったら私は生きてはいないもの。」
目を瞑ると金色の影が瞼に浮かんだ。
もう、顔も殆ど思い出せない、金色のあの人、だ。




