序章
私は自分の血にまみれた手を見ても、汚れたと思うだけで後悔の気持ちなどは一切起こらなかった。
私の足元に転がる遺体、私によって胴体と頭が離れ離れにされたばかりの死体は、死後の弛緩によって体内のガスと汚物をひり出してもいるのだ。
こんなものに、私が憐みの心など抱く筈は無いのである。
彼は私の母を自殺に追い込み、私の愛する人と、そして、私の人生までも奪ったのだ。
惜しむべくは、もっと苦しませて殺すべきだったという事だけだ。
「とにかく、私は逃げなきゃ。」
私がいるのは宿屋ではない。
教会の宿坊である。
私は死体となった男に無理矢理にこの教会にまで連れ出され、そして、有無を言わせずに花嫁として乱暴されようとしていたのだ。
彼が命を失う事となったのは、明日の婚礼を待たずに私を手籠めにしようとした自分の浅はかさだ。
私こそこの時まで自分の人生を諦め、そして、家名を残すためにはと、この男の言いなりになろうと覚悟までしていたのだから。
「私との婚礼を邪魔されたくないからって、供もつけずに一般の巡礼客の振りをしてくれていたのは、あなたの人生で私にしてくれた唯一の良い事だったわね。」
私は男の臭気を放った醜い体をもう一度、今度は思いっきり蹴り上げると、この部屋で起きた異常に気付かれる前にと部屋を出た。
私に両親の仇を討たせてくれた、私の許嫁だった彼の剣を胸に抱きながら。




