プロローグ
俺には、幼い頃から仲のいい──俗に言う、幼馴染の女の子がいた。その子は生まれつき体が弱く、すぐに病気になるような子だったが、心はすごく強かった。何度苦しい思いをしようが、決して挫けなかった。
一緒に遊び、お互いの家に泊まり一緒に寝、時には一緒に風呂に入ったりもした。そうやって仲を深めていた。小学校に入ってからは、にわか知識な同級生が俺たちが付き合ってると悪口でも言うようにからかってきたが、大してどうも思わなかった。俺はどうやら、精神年齢がその頃から少し高かったらしい。
小学中学年の頃、ある深夜アニメに触発されて、俺は剣道を始めた。その幼馴染も誘ったのだが、やはり体が弱いこともあり体力がなく、ついていけないだろう、ということで断念した。
しかし、俺の試合があれば応援に駆けつけ、試合に勝てば自分のことのように喜び、動画でも見たのかは知らないけど、悪かったところを指摘されることもしばしばあった。
中学に入った頃には、俺もそれなりに上手くなっており、一年の頃から県大会で上位に登り上がるなど、かなりの成績を残すほどだった。
そんなある日、中学の二年も終わりに差し掛かった頃、彼女に病魔が襲い掛かった。
学校の登校中、道中で倒れて病院に運ばれたらしい。診察結果は癌だったらしい。どこだったかは聞き取ることもできなかった。気が動転していたから。寿命も宣告され、半年と告げられた。
それ以来、俺は一層剣道に打ち込んだ。彼女がいなくなる前に、大会で優勝するんだ、と。いつからか、そして告白するんだ、などと言うことまで考えていた。
しかし、三年の夏──総体を控えていた俺は、彼女の見舞いにも行かずに、練習時間の倍もの練習をしていた。授業中もイメトレに費やした。そして県大会を一位で勝ち抜き、地区大会をも優勝した……その日、彼女は亡くなった。
結局、俺は彼女に想いを伝えることもできず、最後に会ったのは亡くなる二週間前だった。俺は絶望し、世界が認識できなくなるほどだった。
その日以来、俺は夜中に二人でよく遊んだ公園に行くようになった。理由はよく分からない。それは雨の日も風の日も関係なく、毎日行われた。
総体も結局その後の全国の一回戦で敗北し、授業も手がつかず、夏休みの間も宿題をちまちまやって遊ぶことなどない。
そして、彼女がいなくなって一ヶ月たった八月のある日、その日は雷の鳴り響く嵐の夜だった。親に止められたが、俺はその制止も聞かず、日課となった公園へと向かった。最近では、深夜に闇に佇む少女の噂が広まっていたが、そんなこと俺には関係ない。
その日も、いつものようにその公園に唯一生えている、樹齢数十年の桜の木の下に座り込んでいた。ここなら多少の雨は防げる。
──しかし、雨は防げても、雷にとっては格好の狙い場だった。
木に落ちた雷は、木を伝い、俺に直撃した。
翌朝、ひとりの少年が幼馴染の少女を追うように死亡した。その手元には、ダイイングメッセージかのように、ひとりの少女の名前が残されていたらしい。
♢
「ようこそ、狭間の世界へ。あなたは残念なことに、生を終えられました」
意識が戻ると同時、()の耳にその言葉が届いた。注目を引きつける力強さと、心を落ち着かせる優しさを併せ持つ声だ。
目を開けると、そこには純白の羽衣を纏った、桃色のウェーブのかかった長いツインテールの少女が立っていた。身長は140前半、胸もギリAだと見てもいいのだろうか。()にはその判断の仕方が分からない。そもそも、Aとはなんなのか。
「私は若くして亡くなられた、あなたのような人々の魂を導く女神。名前はエリシア」
エリシアと名乗った少女から視線を外す。ここは部屋のようで、装飾品はそこまでない。大理石製なのか、白い壁と天井で囲まれている。
少女の座っている椅子は、同じ大理石で枠が作られ、高さは少女の座高の二倍はあるだろう。背もたれと座面は赤い布で覆われ、そこには綿でも入っているのか、ふっくらと膨らんでいて柔らかそうだ。
「……死んだ」
その言葉が指すことは、なんとなく分かった。言葉には言い表しにくいが。
「そう、死んだのです。あなたは、生きている間、いくつもの善行を積みました。それは、家族のためであり、愛する人のためでもある。そんなあなたには、これから先に向かう道を選ぶことが出来ます」
少女エリシアは、そこで一度言葉を止めて、息を吸った。かなり早口で喋っているのには、何か理由でもあるのだろうか。
「あなたはこれから先、天国で何も起きない、静かに魂だけの存在として過ごす選択、あなたの元いた国で、一から生を始める選択があります」
()にとって、どうでもいいことだった。だって、──何も分からないから。
「……そして、もう一つ」
早口に喋っていたエリシアは、待ってましたとでもいうかのごとく、言葉の速度を落とした。
「あなたの想い人の進んだ世界で、魔物を倒して暮らす生活。さあ、どれを選びますか?」
想い人という言葉を聞いた瞬間、頭に電流でも走ったのかと思った。
瞬間的にある光景が流れ、消えていったのだ。
夕焼けの中に艶やかに輝く、短い黒髪。楽しそうな笑い声、風に揺れるススキ。どこで、誰なのか。いつのことなのかも分からない。本当にあったのかですら分からない光景だったが……何故か、心臓を掴まれたかのごとく、苦しくなった。
「……三つ目」
無意識に、呟いていた。
「分かりました。あなたを、異世界へと送ります。さぁ、剣を取って戦うのだ……です」
理由は分からないが、今の言い間違えに違和感を覚えた。
「あの……」
「と、とにかく、その世界の説明をしますねっ!」
慌てて言い繕おうとしているあたり、何か言われると不都合なことでもあるのだろうか。
「あの……」
「その世界は、魔物という存在に日夜脅かされています。そして、その世界には冒険者という職が存在し、その魔物を倒しているのです。剣と魔法、その他の武器も勿論使えます。魔物を倒すのはスカッとしますし、魔法なんて凄いですから、是非使ってください」
「えーと……」
指摘しようにも、出来そうな状況ではない。
「あ、言語なら安心してください。私がちょちょっと頭を操作すれば、全て覚えれますから」
「あのですね……」
「では、早速やりますね。少し失礼します……」
エリシアが()に近付き、頭を両手で包む。温かい、何かが流れ込んでくるような感覚が僅かにしたが、それも一瞬のことで、すぐに収まった。しかし、操作はまだ続いている。
「あれ、おかしいな……記憶がない……なるほど、雷に打たれた時に脳の記憶部に電流が流れて、思い出せなくなってるようですね……」
「……無理に敬語使わなくていいです」
「へ……?」
小さく素っ頓狂な声を出したエリシアを見ても、()は笑えなかった。いや、笑う方法が分からなかった、の方が適切か。
「無理な敬語、気持ち悪いので」
何故か、これを言うのは一度や二度目ではない気がする。しかし、いつ言ったのか覚えていない。エリシアの言うことが正しいのであれば、()は記憶がないのだから。
「……折角最近慣れてきたのに……分かった。いつもの話し方にする。それで、言語に関しては問題なくなったけど、どうやらあなたは記憶がない……つまり、記憶喪失になってるらしいの。けど、無理に思い出したりしないように。何があるか分かったものじゃないから。私も何とか修復しようとしたけど……あなたが無意識にそれを防いでるから、出来ないみたい」
無意識に()が記憶を戻すのを防ぐ……何のために。
「まあ、どうせ前の世界の知識なんて対して使えないから、問題はないと思うけど……それじゃあ、どうせ私の話し方を気にする必要もなくなったから、その世界について再度、詳しく説明するわね」
カクヨムでしばらく書いていたやつですが、これからなろうでも書いていきます。チートは多分出ないと思うけど……まあ、それは作者の気分次第で変わります。