線香
闇 病 止
白檀の香りが集まる畳は湿気ていて
『彼の子』は扇子の骨を折る
少し這いずり
折れたささくれに掌を刺す
耳は音を吸うだけで
かわりに蟀谷の萎びた膜が
覚えていた荷車
車輪の音をきいている
走ってみたいのは山々なんだろが
口から八重歯一つ出し
開けた瞳には白目など無く
『彼の子』はもう
気が狂うのか
膝と肘から血を流す
何もしなくとも滲み出る
渦巻く中指を反り曲げて
ひとつ念仏繰り返す
ああ
狂う
あああああ
もう
あたしゃ
あたしゃもう
身が狂う
口からこぼれた水色の水
汲んでくれる手
ひねって潰し
言葉が柱に跳ね返る
渦巻く木の節
懐かし模様
ゴォリと練りつけてみる言葉
華奢な体が
嫌いだ キライ
其れだけやってみた『彼の子』
畳の隙間に体を入れたい
入れてみたい
潰れたい
ねえ爺さん
爺さん 爺さん
ねえ爺さん
聞こえないのかこのジジイ
あなたが作ったこの家の
天井裏に寒々と
鈍器を隠したのはだあれ?
しっかり問うてる筈なのに
誰も聞かない 聞いてない
額の汗は冷えてきて
濡れた畳が気付けになった
ありがたいこと
ありがたいことに
日は暮れる
エノコログサは茶色でしょうか
昨日座った先の河原に
指図しなくとも鈍器は落ちて
思っていたより大きな雷
『彼の子』が想う肌色の着物は温かく
自身の体は刃物の様に
畳に刺してずぶりと沈む
黒土の中にずぶりと沈む
ああ 沈め
沈め 沈め
沈んで二息
口の奥
仏も沈んだ
まぐわひの喉
玄関に
冗談ミミズクが飛んできて
石ころの傍
こっちを見ないで待っている
なんとまあ
たどり着くのは『彼の子』じゃないか
呼び寄せた事を自慢気に
冗談ミミズク
やたらと埃を被ってる
それから
ぐげら
と鳴き声飛ばし
『彼の子』の腹に鼻埋め
くちばし突き刺し
匂い嗅ぐ
線香を
十本ぐらい束にして
あの河原まで
たどり着けぬものだろか
あそこで佇み嗅いでみたい
それはそれは
贅沢で
灰にするのが
贅沢で
願いは畳の湿りに溶けて
『彼の子』の頬に跡付ける
線香の
白檀の香は
やがて灰色の
雲になり
『彼の子』の体は
雲になりとて
灰になる
お読みいただきありがとうございました