おばあちゃん、年金をもらう
一万円札が舞い、千円札が舞い、硬貨が音を立てて跳ねる。
「どどど、銭が落ちてきた」
二か月に一度のおばあちゃんの生活費だ。ヨシヒコは身を屈めて拾い集める。ここがどこだろうと世の中がどうなろうと、年金は大切だからだ。
ハマーは自分の足元にもその一枚が落ちているのに気付き摘まみ上げると不思議そうに裏表を返す。
「この紙は何でしょうか」
「音を立てて転がった物は硬貨にも見えますな。ではこれは」
そう言ってガミルズはハマーの手元を覗き込むと、はっと声を上げ息を飲み目を瞠る。暫し我を忘れたことに頭を振りローブの袖で顔中を拭うと震える指で紙を持ち上げ、もう一度、目を剥いて叫んだ。
「諭吉先生!」
ガミルズの膝がすとんと落ちる。両の手で一万円札を掲げ頬の崖からは涙が零れ落ちている。
「おお、覚えていますぞ先生。このガミルズ、ご尊顔を忘れるものですか」
顔は紅潮し腕は震え声は歓喜の響きに掠れすら混じる。
続くようにハマーも膝を正し天を仰ぎ見た。
「この方が諭吉先生、まさか私に拝謁の沙汰が来ようとは」
そして後ろの兵士たちも同じように膝を付き右手を胸に当て畏まった。
ヨシヒコは目の前の様子に戸惑っていたが一呼吸し声を掛けた。
「福沢諭吉、先生、をご存知なんですか」
腕の間からガミルズが叫ぶ。
「勿論ですとも」
目を見開き、先生は百年前に突如この地に現れそれまでに無かった言葉や考えを広めた、と興奮する。
「今王国が在るのは大賢者福沢諭吉先生のお力が在ってこそです」
顔を上げたハマーが恭しく両手を広げる。
ガミルズも両手を太陽に捧げながら語り告げる。
「先生は三十年程前に天に召されましたが、私は幼心にはっきりと覚えていますぞ。このお姿を」
一万円札を眺める目に再び涙が溢れる。
「おお先生、諭吉先生、私のような身分の低いものにまで教育を与えて下さり」
そこまで言うと嗚咽を漏らしたガミルズは、はっと目を丸くする。
「もしや、お二人も」
ヨヒシコ、シヅヱ、ガミルズと目を移し、ガミルズの言わんとすることを察したハマーは、おお、と声を張り両掌を地に付ける。
「大変な失礼を致しました」
「大賢者の再来とは」
額突かんばかりの勢いで男達は仰ぎ見る。童心に返ったような十の瞳が陽光を映していた。
「ヨシヒコ、あんたのお友達は何をしてるのね」
「友達じゃないよ、おばあちゃん」