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おばあちゃん、リウマチが痛い

 学塾の舎内は診療所になっていた。

 魔物との戦いで怪我を負ったり、軽く凍傷を負った者も順々に手当を受ける。

 皆もまた、村を救った英雄であるおばあちゃんとヨヒシコの姿を見て歓喜に沸いていた。


「ここは何ね、公民館ね」

「病院だよ、おばあちゃん」

「病院なら、あたしも診て貰わないと」

「おばあちゃんは元気だよ」


 最も重傷と思われる男の、ヘルハウンドの噛み傷の治療を終えると、村長がこちらに気付いた。

「一通りの治療は施しました」

 深く頭を下げる村長。

「あたしはリウマチが痛い」

「この人はお医者さんじゃないよ、おばあちゃん」

「リウマチ、とは一体」

「足も腰も悪くてねえ」

 それはいけない、と村長は腕を捲る。

「リウマチとは、呪いの類でしょうか」

「お薬は飲んでるんだけどねえ」


 村長は意を決した面持ちで、両手を掲げる。

「私も白魔術師の端くれ。この力が及ぶかは分かりませんが」

 両腕の先に、魔術陣が仄かに現れる。

「大賢者様の為に、この命を投げ出しましょう」

 大きい目が眼光鋭く見開かれると、二つの魔術陣が光を投げ打つ。

「三重二連魔術陣、です」

 村長その魔術は、と誰からか止める声がした。両手の魔術陣は二層に、そして三層に、同時に村長の額から汗が噴き出る。

「この魔術を使うと、わたしは丸二日間は動けなくなります」

 全身ががくんと震え、鼻血が垂れる。

「ですが大賢者様のお体が少しでも和らぐなら」

 村長、と別の誰かが叫ぶ。

「本望です!ライトヒーリング!」

 魔術陣の光は増し、おばあちゃんを包み込んだ。




 ライトヒーリングを受けたおばあちゃんは、何も変わらなかった。

 リウマチはそう簡単には治らない。

「力、及ばず、ですか」

 村長は倒れ込んだ。村人達が駆け寄る。


「あたしは気持ちだけで嬉しい」

 おばあちゃんが伏した肩をぽんと叩くと、村長は起き上がった。

「こ、これは一体」

 大きな目を点にして自らの体を調べる。

「私は動けなくなる筈。しかし思ったより魔力の消費が少ない」

 おかしい、と呟く村長。

「何割程か、魔術の負担が減っている気がする」


 ヨヒシコは気付いた。後期高齢者医療制度だ。

 おばあちゃんに治癒魔術を施すと負担が軽減されるという事か。


 村長はよろよろと立ち上がる。

「まさに奇跡の為せる業」


 再び、おばあちゃんに喝采が上がった。

 ヨヒシコはほっとした。この世界に来たのは、もしかすると死んだからじゃないのかと懸念があったからだ。おばあちゃんに年金が受給され、保険制度も適用された。

 まさに、生きている証なのだ。




 骨が抜けた様によろめいて歩く村長を家に送ると、生成りのエプロンをぱん、とはたく音が鳴る。

「袖を縫い付けようかしら」

 少女は後ろ手で紐を結ぶ。無造作に結った赤毛が揺れた。洗いざらしのエプロンは、純朴なアイネに良く似合っている。


 森へ採取しに行くから手伝って、と言われヨヒシコは準備を待っていた。

 アイネは部屋に戻っては布を手に居間へ戻ってくる。両手で広げ日に透かして見定めてはまた部屋に戻る、と繰り返している。

「これが一番、それっぽいかな」

 結局、最初に出したものを選び、頭に被ると裾を結んだ。

 結ぶ先は、顎の下だ。

 顔面が切り取られたかの様に、白い布に包まれている。大きな目をくりっと開き、雀斑を指で撫でた。


「可愛いねえ、似合ってるねえ」

 似せた本人にそう褒められ、アイネは屈託のない笑顔を見せた。




 大中小の籠を抱え、森へ向かう一行に気付いた男が腕を上げて見送る。丸太を担いだ男は、ズボンを目いっぱい上げチュニックの裾を入れていた。

 川沿いに建つ家から出て来る女もこちらに腕を振った。女もズボンを腹が隠れるまで上げ、ブラウスを納めていた。そして室内では裸足だった。


 先頭のアイネは背中を丸め、腰の後ろに手を組んで歩いている。

「私、気付いたのよ」

 おばあちゃんと同じ歩幅で森へ向かうアイネは振り返った。

「この歩き方、意外と疲れない」


 森の入り口へ到着したのは、丸太を運び終えた男が女の家で昼食を終えた後だった。

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