おばあちゃん、畑の様子を見に行く
身の凍える思いがした。気のせいではなく、実際に剣を構える息が白い。
ヘルハウンドの群れも、涎を垂らし唸りながら白い息を吐いている。
プレートメイルなら、凍えていただろうか。ハーフアーマーの鉄が体温を奪い始めるの感じ、ハマーは剣を抜いた。
「何故にこの村に来た、目的を聞かせて貰おう」
真っ白な雪だるまを見上げ、睨む。
冷気の波、と言うのか、凍える突風が間の抜けた外形から放たれる。
そして恐ろしい声が、幾人もの女の声を重ねた様な金切り声が冷たい耳を刺す。
「差し出せ、食い物を」
吹雪が身を抜ける。
村長は震える手を握りしめ、首を横に振る。
「村の食料は、出せません」
「ならば村を凍らせる」
恍け顔の真っ黒な太い眉と丸い目が光り、足元から霜が広がった。
村の中央で人々は手を擦り合わせる。
差し込む太陽を嘲笑うかのような寒さに、広場に幾つか設けられた焚火に集まっている。
「旅人さんも当たりな」
息を白くして鍋を煮込む男に促され、ヨヒシコ達も身を寄せる事にした。
ついこの間まで冬だったのにまた、と母親が子供にストールを掛ける。
豆と香辛料を煮込んだ飲み物が回され、不安と動揺が口々に広がる。
「お父さんが原因を調べているから、大丈夫」
アイネは子供に声を掛けたり、薪をくべ焚火を増やすよう指示している。
ヨヒシコはおばあちゃんを暖の前に進ませた。
おばあちゃんの目に震える子供が映る。
「こんじゃいかん」
おばあちゃんは裁縫道具を借り、二枚の布を重ねると縁を縫い合わせ手際良く切り藁を詰めた。
「これを背負いなさい」
仕上げに紐を縫い付け、焚き火に手を当て唇を紫にした子供の背に着せる。
暫くすると、その子の震えは止んだ。
「背中まで暖かい!」
おお、と賛する声が上がった。おばあちゃんの周りに旅人さん旅人さん、と作り方を尋ねる者が集まる。おばあちゃんの手付きを見真似て次々に背当てが作られる。
瞬く間に震える者に背当てが生き渡った。
そして焚火の暖を受け丸まった背中に、誰からか声が上がる。
「まるで猫だ、キャットストール」
「キャットストール!」
「キャットストール万歳!」
おばあちゃんを称える歓声に、温かい飲み物が捧げられた。
「豆も、使えるねえ」
村人達は、空の鍋に豆を入れ焚火で焙り始めるおばあちゃんを見詰める。
煎って食べるのか、とどこからか不思議そうな声が漏れる。
「旅人の婆さん、そいつは乾燥豆だぜ。それ以上焙っても」
一歩出てきた男のポケットに、おばあちゃんは豆を一掴みして突っ込んだ。
おいおい、と男は冷笑った。
「豆は口に入れる物だぜ。ポケットに入れ、何だこれは暖かい!」
そりゃあ火を通せば温かいだろうよ、と今度は男を嘲る声が上がる。
「違うんだ、じっとりと中から暖まるんだ!」
顔を見合わせる男達に、おばあちゃんは程良く焙った豆を小袋に入れて次々に渡す。
「じっとりと暖かい!」
「いつまでも温かいままだ!」
「婆さん、凄えや!」
「豆の懐炉だよ。お腹を冷やさんようにね」
おばあちゃんは温かい笑顔を見せた。
拍手喝采が起きる。
おばあちゃんを賛美する寒さを忘れた感嘆の声が皆を暖めた。
「おばあちゃん、凄いね。さすが大賢者様」
アイネの言葉に、ヨヒシコは誇らしくなった。
「うん、自慢のおばあちゃんだよ」
さて、と言いおばあちゃんは歩き出す。
「畑の様子でも見に行くかねえ」
「待っておばあちゃん、外は危ないから」
おばあちゃんは止まらない。華奢な体の何処にそんな力があるのか。
おばあちゃんの脚力は強い。そして畑を見に行く決意は固い。
ヨヒシコは諦め、せめて一緒に行き、いざという時には身を挺して守ろうと心に決めた。
「村長に口止めされていたがのう」
老人の声に皆は声を止める。
「村に魔物が近付いて来とるんじゃ」
魔物、とどよめき、村人達は青ざめた。
男達は黙ったまま、次々に農具を握る。
女達は子供を抱き、見守った。
農民の勇ましい雄叫びが村中に轟いた。




