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おばあちゃん、散歩に行く

 老人は歩いていた。

 軽快な日光を浴びると肌が若返る気分がする。


 あとひと月もすれば穂が出る。村の皆で蒔いた種だ。

 東の空の明るさに今日も身を歩かせ、若い芽がぐんぐんと育っていく様子に満足していた。

 朝焼けの小波が麦畑を駆け、いつもの変わらぬ日が始まるはずだった。

 老人は目を擦ると、背筋を凍らせて村へ走っていった。




 おばあちゃんは陽光を受け、じっとしたまま微動だにしない。

 光合成でもしているのではとヨヒシコは思った。


 朝餉を終え新しい空気に胃を落ち着かせていたところに、忙しなく鳴る金属音が近付いて来た。

「大賢者様、村長はおりますか!」


 太い声の主は胸に飾られた蘭の紋章に手を当て目礼する。

 昨日のプレートメイルの幾らかを取り外し簡素にしたのか、やはり鎧の下は筋骨隆々としており、今は更に力が入っている。

 中に、と言い掛けると開けっ放しの扉から親娘が顔を出した。

 なになに、と飛び出すアイネの明るい声は厳めしい雰囲気に萎み、村長が前に出る。


 周りを一瞥しハマーは声色を落とした。

「村の外に魔物が現れました」


 村長の大きな目が険しく動き鋭い眼精が籠る。村を纏める長に相応しい頑なな面差しだ。

「案内を頼みます。アイネは家の中に居なさい」

 村長はこちらに一礼をする。

「お騒がせ致しました。お二人もどうぞ中へ」

 大賢者様方をしっかり守るのだ、とアイネに告げハマーと頷きを交わす。


「こちらです」

「待ってください」

 村長はしゃがみ込み、靴を履いた。

 ハマーは、何故に靴を脱いであるのか、と言いたげな表情で靴の革紐を結び終えるのを待つ。駆けて行く背から、何故にチュニックの裾ををズボンに入れているのか、と声が聞こえた。


「あの人達は、朝からマラソンに行くのね」

「家の中で待とう、おばあちゃん」

 腕を引いても、粘り強い足腰のおばあちゃんは動かない。

「あたしも散歩に行こうかね」

「危ないから中に入ろう、おばあちゃん」

「歩くのは、健康に良いんだよ」

 おばあちゃんは、手拭いを被り顎下で結んだ。




 手拭いと少しはみ出した白髪が朝日を受けている。

腰の後ろで手を組みゆっくりと散歩をするおばあちゃんに、ヨヒシコとアイネは付いて行った。

 おばあちゃんは散歩に行くと言うとテコでも動かない。分かってはいるが何とか説得してみる。

「魔物が来ているから、そろそろ戻ろう」

「魔物って何ね」

「妖怪だよ、おばあちゃん」

「どどど、妖怪が出るのね」

 おばあちゃんは歩みを止めた。

 この調子だ、とヨヒシコは畳み掛けようとするとアイネが胸を叩いた。

「大丈夫。おばあちゃんは、私が助けるからね」

 どこからの自信なのか、雀斑がくしゃっと目を細める。おばあちゃんは頼もしいねえ、と再び前を歩き出した。

 アイネはヨヒシコに耳打ちする。


「村の皆と居た方が、安全だと思う」

 大きな瞳でヨヒシコを見据え、指差す先には村の広場があった。


「何か、寒くない?」




 ムッツ村を見下ろせる坂の上。昨日の夕刻に一行が村に入ってきた入り口だ。

今は反対側の方角から陽が昇っている。

 そしてその向こう、麦畑を分ける道にそれらの姿はあった。


「ヘルハウンドの一種か」

 しかし、とハマーは訝る。

 犬型の魔物の群れでの行動は納得できる。だがこんな朝方に堂々と現れるとは。

 陽の光にそぐわない黒い毛並みが揃ってのし歩いて来る。

「谷の方から来たのでしょうか」

 村長の疑問に顎に手を遣るだけだった。

 なら猶更に妙だ。わざわざこの村を目指して夜通し進行した事になる。

 こちらに睨みを利かせ喉を唸らせる野生獣の凄みに、三名の兵士も唾を飲む。

 獣の群れは前足で威嚇するように土を掻くが、すぐさま体を起こし後ろ足で歩を進める。

 ハマーは、それが統率された動きだと洞察を据えた。

 率いる者が居る。そしてならば目的がある筈だ。


 その答えの一つが出た。

 ヘルハウンドの、人間よりも一回り大きい体格を恐怖する距離だった。

 十数匹の獣が歩みを止めると、その後ろに白い竜巻が生まれる。


 吹雪の様な風が中心に吸い込まれながら二つの丸を列した輪郭が現れ出す。


 ハマーは北の領地で冬の時期に見たことがある。 


 雪だるまだ。

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