おばあちゃん、入院する
はじめて小説をかきました。
糸を引くようなサイレンの音に鳥肌が立った。
タクシーの窓からすれ違う救急車を横目に、ヨヒシコは組んだ指を額に押し付けた。
目を開き、あとどれくらいで着くかと運転手に尋ねる。もうすぐですよ、との答えに再び目を閉じた。
大学病院の入り口でタクシーは止まった。
白い扉の横にプレートが並ぶ。ただ一つ書かれた名前に生々しさを感じた。
「おばあちゃん」
思わず声を上げた先には、ぺったりした白髪の小柄な姿があった。ヨシヒコが一歩、一歩と近付く度に、垂れた目には爛々と光が籠もる。手の触れそうな距離まで来ると、顔の皺が一層と深まり、そしてゆっくりと、小さく照った頬と顎が動いた。
「おかえり、ヨシヒコ」
握った掌は固く、甲は柔らかかった。ベッドから胴を起こしたおばあちゃんは、首の筋から続く病衣を細い指で摘んで笑った。
「あたしには似合わないねえ、こんな綺麗な衣装は」
暫く話していると病室に入って来た看護師に、容態は安定しているがまだ検査があり暫く入院になる、と教えられた。
「ヨシヒコが最初に来てくれたんだよ」
嬉しそうに表情を和ませるおばあちゃんに、良かったねシヅヱさん、と看護師も微笑む。 ヨヒシコも二人に合わせるように笑顔を作って見せるが、すぐに目を伏せた。苛立ちのようなものを感じた。
看護師の退室を見計らって、みんなは見舞いに来なかったのか、と呟くとすぐにおばあちゃんに返された。
「あんたが来てくれただけで充分」
夕陽に照らされたおばあちゃんは、ヨヒシコがずっと与えられてきた笑顔をしていた。
その晩、大学病院から見下ろす街に明かりが溢れる。カーテンを閉め振り返るとおばあちゃんは寝息を立てていた。
まだ夜は浅かったが、質素な食事を終えたおばあちゃんは満足そうに横になって言った。
「昔はうちも貧乏でね、こういう食事でも贅沢だったよ」
スツールに座り穏やかな寝顔に安心して目を閉じた。
明日はどうしよう。親に連絡を入れるべきだろうか。入院はいつまでだろう。隣のベッドを貸してもらったがいつまで居ていいものか。病状を詳しく訊いておくべきか。
自分には特に出来る事も無く漠然とした考えだけが巡る。
ヨヒシコの溜息はおばあちゃんの寝息と重なり、深い眠りについた。
目を覚ますと、ゴブリンの軍勢が向かってきた。