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ばかやろう

作者: 滝乃睦月

 なんだっけ、あれ。美術の授業でやったあれ。キリマンジャロじゃなくて、そうミケランジェロ。ヒゲがじゃもじゃのおじいちゃんが作った何たら像。あれのモデルやった人絶対首寝違えたみたいになったよね。右向こうとした瞬間痛い痛い痛いみたいにさ。しかも全裸って。風邪ひくっつーの。私は服着てるからまだましか。いやいや、そういう問題じゃないから。やばい。首がぴーんてなりそう。とはいえ絵のモデルになって欲しいなんて言われて引き受けたの私な訳で今更やっぱ無理! なんて言えないし。「卒業制作の絵、千葉じゃなきゃ描けねーから頼む!」なんて言われたら引き受けるしかないじゃん。ま、嬉しかったんだな私。スケッチブックの向こうで頼んできた張本人はいつもペラペラ喋るのに今日は一言も喋らないし。何やってんだろ。

 どれくらいの時間がたったのかわからないけど、ちっちゃな雲の群れが赤紫色の空を何度か横切って行った。美術室の丸椅子は硬いからと、ずっと前に持ってきてくれたクッションも今は薄くペラペラになっている。決められたお小遣いを何に使うか必死に考えるように制限があると人は考えるもんだなーと思う。体を動かせないと頭がよく動く。

「ねー、まだー?」

「悪い、もうちょい」 

 スケッチブックの向こうにいるばかやろうは一年のときから同じクラスで度々絵のモデルになってくれと頼みに来るくせにまともに完成させた事なんて一回もない。県のコンテストで賞をもらったとか言うくせにいつもどこかしら失敗したとか納得できないとか言ってしばらくすると、もう一回描かせてくれって言うのがいつものパターン。それでも引き受けてしまうのはやっぱり気になるからで。上手くハメられているような気もするけど。毎回絵を書きながら急に「千葉、好きだ」とか「付き合おうか?」とか真顔で言ってくるばかやろうに私はまんまと乗せられた訳だ。「はいはい、わかりました」とか言ってまともに答えた事もないけど。本当の所、スケッチブックの向こう側にいるばかやろうはどう思っているんだろう。今描いている絵が完成したらばかやろうに付き合う事もなくなるんだろうな。当たり前か。「きれいだ、最高だ」なんで言ってつぎはぎみたいな顔の絵を見せられた時は本当に頭にきたけど。

「ねー、佐藤さ、卒業したらなにすんの?」

「俺? 何しようかなー。絵、描いても金になんねーからな」

「就職すんの?」

「どうだろうね」

 そんな、辺り触りのない会話もすぐに終わってしまった。いつもなら絵を描いている間続く会話も今日はない。後少ししたら、こうして二人で一緒にいる事もなくなるのかな。

 そんな事を考えていたら急に泣けてきた。 単純に嫌だなと思った。

「千葉? ごめん大丈夫?! 泣くほどつらいならもう姿勢崩してもいいよ」

 向こうからばかやろうが慌てて近づいてきた。

「別につらくないし。首は痛いけどそういうのじゃないから」

「じゃあなんで泣いてんの?」

「別に気にしなくていいから。」

「気になるに決まってんじゃん」

「さみしくなるなーと思ってさ」

 これ以上話すとダメだと思った。思いっきり泣いてしまいそうだったから。それなのにばかやろうは続ける。

「この絵さ、あと一箇所描きたしたら完成するからさ」と言ってイーゼルに掛けていたスケッチブックを私の目の前に置いた。鉛筆で描かれたその絵の中にはドレスを着た私がいた。素人の私から見たら教科書に載ってそうなキレイな絵だった。

「完成してるんじゃないの?」と言って立ち上がるとばかやろうは言う。

「まあ、ね。完成はしてる。ただ自分の中では一カ所足りないんだよ」

 そう言って絵を見返した。うーんとかでもなーとか言いながら。

「まぁ、いいか」

 一人納得したみたいなばかやろうはさっさと片付けをして、帰りファミレスよってかない? お礼に、とか言っている。

「お腹すいたからいっぱい食べるよ」

「ほどほどにしといて……またモデル頼んでもいい?」

「まだ描くの?!」

「だって俺美大にいくから絵辞めねーもん」

「知らないし!」

「言ってねーし」

 そんなやりとりをしながら校舎をでる。

 沈みかけの太陽が残した熱を感じながら。

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