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「中、見ないでよ」  作者: インフェルノコップ
6/7

「中、見ないでよ」 -第6回ー(全7回)

放送部の発声練習が薄く聞こえて、数年前に改築した南校舎の無機質な廊下をその声が彩る。


真っ直ぐ昇降口に向かおうとしたところで、職員室前で古典の坂本先生に呼び止められた。


「あ。ちょっといい?」

「はい」


僕は無意味なイヤホンを外した。


「これさ、E組のノート。再提出の人の、返しておいてくれないかな?」


古典のノートは少し前に帰ってきた気がするが、再提出になった人がウチのクラスに居たらしい。

正直、3階にある自分の教室に戻るのは面倒だが、部室から逃げてきた自分に引け目もあったので、先生の頼みに応じることにした。


「あ、はい。いいですよ」

「悪いな。俺さ、席まで分からなくてさ。な?」

「じゃあ、返しておきますね」

「ありがとう、頼むな」


な?というのは坂本先生の口癖だ。

頼みごととはいえ、15歳の子どもに随分と下手に出るとこがなんだかイイ。


再提出のノート3冊分を受け取り、階段を登る。

歩きながらノートの名前を確認すると、見事にウチのクラスの遊び人だらけだった。

水泳部の早川、派手な格好で言葉にトゲがある古間、そして見覚えのあるサーティワンのコラボのキャンパスノート。

問川の古典のノートだ。


自分のクラスの1年E組のドアを開けて、誰もいない教室で、3人の古典のノートを机に置いていく。

ノートを置き終えたらすぐに帰るつもりだったが、なぜか教室は熱が篭っていて、いつもは気にならない淀んだ空気が少し嫌だった。


窓を開けて、遮光カーテンが空気を含む。

陸部の女マネのタイムを刻む声まで風と一緒に教室に入ってきた。


表紙を裏にして置いた問川のノートが軽くめくれた。

その裏表紙の裏に見覚えのある、見たら忘れられないタッチの絵が大きく描かれていた。

僕は、もう一度問川のノートを手に取る。


裏表紙の裏にボールペンで描かれた荒々しいタッチの少女の似顔絵。


一目で、その少女が問川と分かり、

一目で、その絵の描き手が四葉先輩だと分かった。


僕が日曜日の夜、せがまれて描いた似顔絵よりも問川本人にずっと似ていて

、なにより絵としてとても良い顔をしていた。


「中、見ないでよー」


問川に言われた言葉を思い出した。

冗談のつもりで意味がないと思っていた言葉が、はっきりと僕の胃を締めつけた。


問川と四葉先輩は付き合っているのだろう。


もともと親しくない僕が漫研に所属していたこと知っていたこと。

日曜日、モスであった着信と問川の表情。

男女が付き合うということが具体的にどういうことかは知らないけれど、きっとその夜、泣いてしまうようなことがあって、僕が働くスーパーに、ヤケ酒と気を紛らわす相手を求めて来たのだろう。

僕と話していた間も、きっと問川は四葉先輩と連絡していたはずだ。


明るくクラスの中心の女子と個性的な先輩の男。

彼女と彼は、お似合いだと思う。


とても絵になると思う。



彼らが主役だとしても、主役を見る視点が無ければ、彼らは絵にならない。


視界の端で、教室の外の銀のダクトが太陽を反射していて、キラキラと眩しい。

光が目に入らないよう、僕は一歩下がった。


惨めだと思うが、ねじれた悔しさで、僕は、彼と彼女を題材にして漫画で描いてみようと思った。

僕が描くべきものとは、僕の視点でしか描けないものだ。

きっと、誰にも真似が出来ない。


「思ったことを描く」と言った四葉先輩の言葉の意味が少し分かった気がして、これがまた悔しい。


モスなんでもオゴる券を可燃のゴミ箱に捨てて、教室の窓を全開にした。

まだまだ暑いけれど、不愉快な9月の生温い風と向き合うために、エアコンは点けなくても良い気がした。


自分の席に着き、シャーペンの芯を入れ替えて原稿用紙に向かう。


自分でも理解出来ないほどのモチベーションの高まりに困惑し、描き始めて程なく、この漫画はロクなオチにならないと思った。


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