「中、見ないでよ」 -第5回ー(全7回)
翌日から、ことがあるたび問川に絡まれるようになった。
内容の無い会話を何度も振られた。
問川と話す機会が増えたせいか、友達にそのことをイジられるようになったが、それが悪い気はしない。
クラスの与党代表みたいな女子の方から、僕みたいなモブに話しかけてくるのだから。
慣れないことが続くと、慣れないことも考えてしまう。
問川に彼氏、恋人はいるのか。僕と問川は付き合ったりする可能性があるのだろうか。などと考えてしまう。
現社の時間、またも北先生はテロとか有事の際の自衛隊の動きなどを話始めた。試験範囲には一切含まれないが、僕はこういう話が好きだ。
見慣れた通学路を戦車が走り、アスファルトを砕くことがあるのだろうか。
学校が指揮所になったりするのだろうか。
可能性がないわけではない。
問川の行動に意味なんて無いと思い続けても、財布に入れっぱなしの「モス何でもオゴる券」。
これもお礼以外の意味なんてあるはずないのに、僕は何かのきっかけだと思い込んでしまった。
木曜日。
相変わらず原稿は進んでいない。今日を入れても1週間しかない。
いい加減、まずいと思い気持ちを奮い立たせるために、部室へ足を運ぶ。
気持ちが焦っても、頭から問川が離れてくれない。
今日で何回目になるか分からないが、ツイッターで問川のアカウントを確認するも、所詮クラス用のアカウントだ。7月以降の更新が無いタイムラインを見ては、軽めに落ち込む。
いつも興味深い話をしている2年の先輩たちの会話も、鬱陶しく、目の前の紙に集中出来ない。
描く内容も考えていないのに、コマ割りを始めてみるが、思うようにいかない。
当然だ。
思うようにも何も、思っていないのだから描けるわけがない。
四葉先輩からは、今考えていることを描けばいいと言われた。僕は今、何を考えているのか。
自分でも分かっている。僕が、この前の日曜日から問川のことばかりを思っていること。当たり前だが、そんなこと漫画に出来るわけがない。
やはり、四葉先輩は凄い人だけど、感覚がズレている。
あの人は変な人だから、個性的な漫画が描けるのであって、そのアドバイスが僕にそのまま適用出来るはずもない。
僕は、四葉先輩が持っているようなセンスみたいなものとは無縁で15年生きてきた。
彼と僕は違う生き物だ。
シャーペンをノックしても手応えは無く、0.5mmの2Bの芯は、ペン先から伸びてくれなかった。
僕は、原稿の提出を諦めることにした。
将来、漫画家になりたいわけでも無いし、原稿の提出は、部室に居場所を作る為のノルマではない。そうでないと、ずっと原稿を出していない先輩が危ういはずだ。
漫画の原稿は、出したい人だけが出せる時だけ出せばよい。
ただの部活動なのだから。
すっと、胸のつかえが取れた気分になったところに、四葉先輩が部室にやって来た。
入り口近くで紙を広げていた僕に、挨拶がてら尋ねる彼。
「どお?進んでる?」
「原稿って、絶対出さなきゃいけないんですかね?」
僕は、明らかなまでに不機嫌な態度で受け答えをしてしまい、しまった、と思ったが、四葉先輩は笑顔で答えてくれた。
「そんなことないよ。俺も1年の時、出さなかったことあるし」
「まあ、無理しないで」
意外、というか肩透かしを食らった。
てっきり、僕に原稿を描いて欲しいようなことを言われるのかと思っていたから。
やはり、主役みたいな四葉先輩にとって、僕はその程度のモブのようだ。
そんな彼に、僕が原稿描かないことを、引き止めてもらえることを期待していたなんて、どこまでも恥ずかしいモブだろうか。
僕の人生は僕が主役ではない。
問川に構ってもらえている、そんな日が少し続いただけで勝手に勘違いをして、頭のどこかがふやけてしまったのだろう。
後ろの2年生たちの会話に吸い込まれて行くように、四葉先輩は僕の側を離れた。
何を再生するわけでも無いのにイヤホンを耳にはめて、モブは部室を出た。