「中、見ないでよ」 -第4回ー(全7回)
「別に、今は居ない」と答えた。
今は、なんてベタにも程がある。
これまでの人生で彼女なんて一度も居たことなんて無いのに。
問川の質問に意味なんてないはず、と自分に言い聞かせ、ロースカツバーガーを口に運んだ。ポロポロと刻んだキャベツが落ちる。
また「電池死にそう」と言って、問川は携帯の電源を切って、飲み物に口をつけた。
僕を20分は待っていた問川の飲み物は、あまり減っていないようだった。
「米澤くん、好きな子とかいないの?」と続ける問川。
先ほどの話題は切り替わっていないみたいだ。
正直、好きな女子は同じクラスにいる。漫画やアニメでお馴染みの窓際の一番後ろの席で、読モみたいな顔をしている子。顔以外に性格も成績も良い。運動は少し苦手そうで、そこがまた良い。
しかし、そんなことは恥ずかしすぎてとても言えない。
「いない」
なぜ、問川は僕にこんなことを聞いてくるのか。
自分に気があるのか、と勘違いをされても仕方ない行為だし、雑談のついでのついでくらいの話題なら失礼な奴だ。
そう思った矢先、やはり会話は次々と散らかり始め、
「今年、渋ハロデビューする」「最近、テラスハウスの映画をやっと見た」「菅田将暉が」「派手なキャンパスノートはサーティワンのコラボのやつ」「実家が中華屋だからゴキブリめっちゃ出る」「菅田将暉が」など、あちらこちらに話題が散乱し、問川はテンションを上げていく。
クラスでもよくしゃべっているほうたが、休日の問川はこんなにも口数が多いのか。
「漫研だよね?米澤くん」
なぜか僕が漫画研究部に所属していることを知られていた。
問川は、鞄から大きめの手帳を取り出し、ボールペンと共に僕に手渡してきた。
「私描いて、私」
「えっ。無理。無理だって」
「えー、ケチ。うち、米澤くんがバイト終わるのずっと待ってたんですけど」
勝手に待っていたくせに。と思ったが、実際に待たせていた自覚もあった僕は、結局、問川の似顔絵を描くことになってしまった。
似顔絵はとにかく難しい。
特徴を捉えて絵にすることは得意だけど、それを本人の前で、本人に見せることを含めるとなると別の話だ。
手心を加えずに描いたら、本人が傷つくかもしれない。多少は盛って可愛く描かなければならないはずだ。
多少どころか、とにかく問川を盛りまくり、ボールペンを動かし、僕は無理を続けた。
正面に座る女子を、こんなに長い時間じっくり見ることは初めてかもしれない。
店内の照明のせいか、近くに貼られたトマトをアピールしたハンバーガーのポスターの反射のせいか、問川の頬は赤く見えた。
時々合う問川の目の端に、充血の跡を見つけた。
結局、目を大きめに描いて出来上がった誰だか分からない少女の絵を、その本人に手渡す。
個人的には不本意な絵になってしまったが、問川はとても喜んでくれた。
「やーたー、ありがとう!これ、ツイッター上げていい?」
「いいけど」
僕が答えるより速く、店内に問川の携帯のシャッター音が鳴り響く。
問川は今日の夜、僕と居たことを誰かに、というか、世界中の人に知られても構わないのか。
スマホを操作してる中、問川に着信があったようだった。
「あ…っ」と短く反応した後、先ほどのテンションとは真逆の少し冷静な顔になった問川。
「あー。電池死んだ」と、元の顔に戻った。
それが何か区切りのように感じた僕と問川は店を出ることにした。
ゴミ箱に向かう途中、クーラーの直風が当たったことで、僕は、脇と背中に思いっきり汗をかいていたことを自覚した。
問川は小さく千切った手帳の紙に、何かを書いて僕に渡してきた。
「モスなんでもオゴる券 : ただし単品メニューに限る」
似顔絵のお礼らしい。
また問川は僕と会う気があるのか。
時刻は夜の11時半。
暦の上で9月が秋だといっても、実際は真夏のまま。
夜中のぬるい空気に飲まれないように僕は、30分後に迫る月曜日を意識した。
問川と別れ、僕は自転車を取りに店の裏に戻る。
その途中、振り返って遠くに見える問川の背中を見送った。
スーパーの袋を持っていないようだが、鞄にしまったのか。
そもそも、缶チューハイ1本だけのお使いで、1時間以上も時間を潰しているのも変だが。
僕は何も気づいていないことにして、家に帰った。
今日、食べられなかった揚げ物×3は、そのまま明日の弁当に入るだろう。
明日の英語表現の予習と、すっかり存在すら忘れていた部誌の原稿も諦めて、布団に入った。
5月の体育祭で作らされたクラス用のツイッターのアカウントで、自分のフォロワーから問川を探す。
その夜は1時前まで起きていたが、問川は、僕が描いた絵をツイッターに上げなかった。