「中、見ないでよ」 -第3回ー(全7回)
日曜日の夜、僕は夕方4時から閉店の10時まで6時間もバイトのシフトを入れていた。
元は酒屋の小さいスーパーだが、日曜日の夕方辺りは、地元のお婆ちゃま達のおかげでとても混む。
バイトを始めて、もう5ヶ月になるので、考え事をしながらでもある程度はこなせるようになっていた。
バイト中も漫画の原稿のネタを考えていたが、四葉先輩に読まれることを考えると、四葉先輩に影響を受けたのが分かるようなのものは描きたくない。
描きたくないものはあるのに、描きたいものがない。
閉店まであと15分くらいなので、客も殆どおらず、2つあるレジの片方を閉じて、閉店準備を進めた。
ビール瓶を補充するために、ガチャガチャと音を立てて品出しをする。
基本的に、商品は新しいものを奥に補充しなければならないので、今並んでいるものをいったん前に寄せるか出すかして、バックヤードから持ってきた新しい瓶を奥に詰めていく。
コンビニのように後ろから補充できる冷蔵庫だったらこのような苦労もしなかったのに、と思いつつ、しゃがんで作業していたところ、僕の目の前に影が落ちた。
客がお酒コーナーに来たのだろうと気を使って、小声で「いらっしゃいませー」と言い、しゃがみつつ距離を取ろうとした瞬間、僕の目が捉えてしまったのが女性の足だったので慌てて目をそらした。
少し距離を取っても、その女性らしい気配は消えることなく、むしろ一歩分、僕に近づいてきた。
「あ。やっぱ米澤くんじゃん」と若い声が僕に話しかけてきた。
この位置から見上げて良いものかと戸惑いつつ見上げると、見慣れない女性が立っていた。
「ここでバイトしてんだ。うち、めっちゃここ来るのに今まで気づかなかった」
声を聞いているうちに、目の前の人と、クラスの女子が一致した。
問川だった。
すぐに誰か分からなかったのは、制服ではなく私服だったからか、学校で見かける問川とは雰囲気が違う。特に目が違う気がした。
「氷結、取って」
「え。お酒買うの?」
このスーパーのレジで年齢確認をしたことは無いが、同級生と分かっていてお酒を売るのは、ちょっと引っかかるなと思って反射的に聞いてしまった。
「は?お父さんのお使いだよ」
と問川が返してきた。
問川の指が指す氷結プレミアムのオレンジ色のやつを手渡した。
「ありがと。もうお店、閉店なんだよね?」
「うん」
「へー…。終わったら米澤くん、帰るの?」
意味深な質問だと思ってしまった。
この後、どこかに誘われているのかと。
いや、女子の話題だ。きっと、意味なんてない質問だ。
「うん」と、聞かれたことだけに答えた。
「そっか。じゃあ私、終わるの待ってるね」
「え…。なんで?」
「えー、いいじゃん。話そうよ」
「いや、でも、閉めた後もやること残ってるし」
「どんくらいかかる?」
「…30分くらいは」
「あ、じゃあ、そこのモスで待ってる」
このスーパーの向かい側のモスバーガーは、夜中12時までやっている店舗だ。
なぜ、親しくもない僕と話す為に、この後30分近くも問川は待とうとするのか分からないが、流れのままに僕は了承した。
「じゃあ、バイト頑張ってね。あ。これ、お会計」
あ、そうか。彼女は客でこの店に来ていたことを2人して忘れていた。軽く笑い合い、問川の1本だけの氷結をレジに通す。
閉店後も、なるべく問川を待たせないよう、普段より急いで商品の補充と軽い掃除などの雑務を終わらせた。
お店のエプロンとポロシャツを着替え、廃品となる揚げ物を3つくらい頂き、店を出た。
店を出てから、店長の奥さんに挨拶し忘れたことに気づいたが、今気にしても仕方ない。急いで終わらせたので、20分くらいしか問川を待たせていないはずだ。
タイムカードを押したあとも問川のことばかりを考えてしまう。
「話そうよ」と言ったことに、きっと意味なんて無いのに。
モスの外からでも問川が座っているのが見えた。
目が合って、普段しない会釈なんかをしてしまい、カウンターに向かった。
もちろん家に帰ってもご飯は用意してもらっているし、残った揚げ物×3もあるのに、ロースカツバーガーを注文して、問川の席の前に座った。
座った瞬間に。
「米澤くんて彼女いんの?」
問川は、携帯をいじりつつ、いきなりな質問を僕にしてきた。
「あー、やば。電池ない」
僕が質問に戸惑うより早く、問川は独り言かどうかも分からない言葉を発した。