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「中、見ないでよ」  作者: インフェルノコップ
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「中、見ないでよ」 -第1回ー(全7回)


物心がつく前は別としても、僕の人生で僕が主役だったことは一度も無い。


15年しか生きていないが、多分これからも無い気がする。

クラス全体を見渡せる教卓に立っていても、この教室の中心に居る気がしない。


僕は今まで何かに打ち込んだ経験も無いし、それによって大きな挫折も味わいたくはない。

体育祭でクラスカラーに髪を染められるわけもなく、教室の隅の席の読モ並みの顔をしているあの娘の話しかけられるわけもなく、混雑している学食で、ダンス部の人たちの隣が空席だったとしても、何となく座ることも出来ない。


人生の主役みたいな人たちと僕が、同じ高校生とは思えない。年齢や学力はそんなに離れているはずないのに。


偏差値で言えば都内の高校の平均よりは上だが進学校では無い、うちの高校。



そんな高校の教室で、僕はただ、ノート集めの為に教卓に立って待っているだけの背景に過ぎない。

そういうキャラはモブと呼ぶことを、部活の先輩に教わった。


6時間目の体育が終わり、バタバタと女子達が教室に戻ってきた。

シーブリーズだかエイトフォーだかの混ざったような匂いの中、なぜ女子は着替えにこんな時間がかかるのかと、いつも疑問に思う。

担任が黒板に書き残した連絡事項を一瞥し、またバタバタと身支度をする女子達。


「全然バレなかった。すごくない?めっちゃ耳出してたのに」


ひときわ大きな声で話しているのは、問川とんかわ さきる。


うちの高校には細かい校則が無い。


きちんと校則を読めば、知ることも出来るだろうけど、”原則アルバイトは禁止”くらいしか僕は知らない。


校則が無くても、教科によってルールくらいはある。

体育の時間は、ピアスやネイルは禁止されているにも関わらず、問川はピアスをしたまま授業を受けていたらしい。

彼女はバレー部のくせに、その辺に意識がいかないのはどうかと思うが、本人が大きな声で話した言い分によると、ただ外し忘れていただけで、わざとではないようだ。


問川は、この1年E組では目立つ女子グループの中心の人物で、1学期の頃からウチのクラスの与党だ。

入学前から先輩とSNSを通じて繋がり、入学して3日目くらいには、すでに他クラスとも交流するようなアクティブさでグループを作ってきた女子だ。

なんのために人脈を広げたのかは分からないが、問川の言ういつメンの5人のお陰で、学園祭のクラス企画がスムーズに決まったことには感謝している。

他のクラスは気合が入りすぎたのか、何度もLHRを潰してきたらしいから。


去年も一昨年も、この学校の学園祭は行われていない。去年、学園祭で校内の雰囲気を探ろうと思っていて、肩透かしを食らった受験生は僕だけではなかっただろう。

今年は開催出来るらしいので、どの部活もクラスもその辺りを意識し過ぎているのかもしれない。


ウチのクラスは、まとまりがある方ではないが、明らかに中心となるグループがクラスを牽引するのはとても良いことだ。こういう時に女子達はとても頼りになる。


とはいえ、僕は自分の部活を優先するつもりなので、クラス企画では当日の手伝いくらいでお茶を濁すつもりだ。打ち上げでディズニーランドに行く計画も耳にしたが、そっちは義務では無いので、参加しなくて良さそうだ。


担任が残した黒板のメッセージによると、

今日はゴミ出しだけで、教室の掃除はしなくて良いらしい。

それと、学期末でもないのにちょくちょく行われる古典のノート提出。

そのノート集めをしなければならない僕、米澤よねざわ 喜孝よしたかは教卓でノートが集まるのを待っていた。


自由自立をモットーとし、課題提出とテストの成績が良ければ、ノートを取っていようといまいと、自己責任の教科ばかりだが、古典の坂本先生だけは、まるで中学の延長のような授業スタイルを徹底していて、ノート提出もルーズリーフが禁止だという。


「米澤くん、待ってんじゃん」


同じバレー部の戸井田に言われ、教卓に立つ僕に気づいた問川は、僕の方へノートを持ってくる。


「わたし最後?」


僕への質問か戸井田に宛てた返事か分からないが、ノートを上に乗せる問川。特に返事がなくても困らない発言のようだ。

めちゃくちゃ目立つ表紙だが、よく見るとキャンパスノート。

こんな派手なのあるんだと、じっと表紙を見てしまった。


「えー、米澤くん持ってくの?」と、問川が言ったので、返事をしようとした瞬間、僕が答えようとするより早く、問川は次の言葉を重ねてくる。


「中、見ないでよー」


放課後特有のテンションの高さで、冗談ぽいニュアンスで、さらっと変な疑いを僕はかけられた。


彼女に限らず、女子は意味のない発言や行動をよくする。僕が女子のノートの中身を買って見るような人間だと思われているわけではなく、問川は、本当に意味もなくそういうことを冗談のつもりで言ったのだ。


意味がない、と分かっていても、どういう返答が良いのかさっぱり分からない。


ウチのクラスの面白男子枠の人だったら、きっとサラリとかわしつつ、問川に対して弄りも入った返しが出来るのだろうと考えてしまう。結局自分から出た言葉は、


「見ないっすよ…」という、あろうことか敬語混じりの小声の抵抗。変な間まで足してしまった。


「ウソウソ、ごめん、じょーだん」

「問川、やめてやれー」


周りの女子に制され、席に戻る問川。

やめてやれ、とは、内輪のテンションを外に持ち込んでやるな、という意味だ。

他の女子たちは、教室に戻るのが遅くなって、ノート集め係の僕を待たせていた自覚はあるようだ。


全員が提出したかどうかは分からないが、

ひとクラス分のノートは、紙の重みで片手では持てない。


一番上の問川のノート。

普段の問川から受ける印象より、はるかに綺麗な字をしていた。


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