5章20話『エグスプロージョン』
「なんだ?まだペルセウスが生き残ってたのか?」
ヒロキは特に警戒する様子もなく、その少年に近づいた。
「他のペルセウスならもう本部に戻ったぞ。お前も早く帰った方が――――――」
彼がその一歩を地面につけた瞬間、少年の髪が舞う。耳障りな轟音を立てながら、少年の背後から強い風が吹いた。
「うわっ!」
本当に今日は風が強いな。
そう言おうとしたのも束の間。
「死ねッ!」
少年は風によろけるヒロキに剣を振り下ろした。間一髪刀で対応したヒロキだったが、刀には相当な負荷がかかる。
ギリギリッと鋼同士がぶつかり合う音。ヒロキは確信した。
こいつは、自分を殺しに来ている。
「ぐっ!」
腕に力を入れ、なんとか剣をはねのけるヒロキ。あのままだったら、刀は間違いなく折れていた。少年はそう思えるほどの力を持っていた。
「なるほどねぇ〜…………」
ヒロキの後ろから、ナイフを振り回しながら歩み寄るシュルバ。彼女は唇を人差し指でなぞり、不気味に笑った。
「少なくとも、味方ってことはなさそうね」
少年はシュルバを強く睨んだ。
「で、あなたは誰?VG団からの刺客?」
指差すようにナイフを突きつけるシュルバに、少年は答えた。
「俺は拓海。ロストチルドレンのメンバーだ」
シュルバは目を細めた。
「ロスト……チルドレン?」
聞きなれない名前だ。
「俺達は、ペルセウスの革命を目的とした組織。そして、お前らと同じ識別番号を持つ、アルタイルでもある」
なるほど。
ペルセウスに所属している、アルタイルの番号を持つ少年達ってことか。
シュルバはそう解釈した。
「で、そのロストチルドレンさんがどうして私達を殺そうとするわけ?」
拓海はやり返すように剣をシュルバに突きつけた。
「さっきも言った通り、俺達の目的はペルセウスの革命。霧島葵を討ち、オルフェウス様が仕切っていた頃のようなペルセウスに戻す。そのためには…………」
拓海はシュルバを強く睨む。
「お前達を殺さなければならない」
シュルバはまるで興味がないような顔で、よそ見しながら返した。
「知ってるよね?私達は殺せないってこと」
「いいや?知らなかったな。なぜなら――――」
拓海は疾風の様な速さでシュルバに近づき、言った。
「ロストチルドレンは、お前らを殺す方法を知っている」
その一言で、世界が変わったような気がした。
目の前が明暗を繰り返し、頭が処理を拒否している。今まで遠ざかっていた死が、突然目の前に現れた。スーっと血の気が引いた。
「俺はお前らを殺す。そしてペルセウスに革命を起こす」
その発言から、シュルバには疑問が湧いた。
「なぜ、そこまでしてペルセウスにこだわるの?」
拓海は迷うことなく答えた。
「世界を守るためだ」
拓海は握りこぶしを胸に当てる。
「大好きなこの世界を守るため…………俺はお前らを殺す!」
拓海は、強く強く叫んだ。
「この心臓に誓ってッ!!」
彼の圧倒的な覇気はヒロキをも身震いさせるほどだった。
「うぉぉぉおおおおお!!!」
彼が剣を天高く掲げ叫び出す。
すると、徐々に彼の周りにビュンビュンと空気を切る音が響く。
「くそっ…………なんだこの風……………………」
ヒロキは腕で顔を守るようにして風を防ぐ。その腕を掴んだのはシュルバだった。
「一旦引くよ」
シュルバの表情は本気だった。彼女の目には恐怖と絶望が混ざっている。それでも彼女は冷静さを保っていた。
ヒロキはシュルバに頷き、そこから逃げ出した。
「逃がすかッ!」
拓海は剣を2人に目掛けて振り下ろす。
剣に纏まりついていた風は地形を抉り取りながら轟音を奏で、2人を襲う。
吹き荒れる風は2人を大きく持ち上げ、直後突き落とした。
「ぐぁああっッ!」
先に落ちたヒロキは、頭を地面に強くぶつけた。幸い下が土と草だったため致命傷にこそならなかったものの、それでもフラフラするほどの痛みはあった。
ヒロキはその後落ちてきたシュルバを見事に受け止める。
「ありがと♪」
「あぁ。……にしても、なんだ今の」
ヒロキにお姫様だっこされた状態のシュルバは、脳をフルに回転させた。
今の風は間違いなく自然のものではない。
となると生み出したのは彼自身。
でも風を生み出すなんて、いくらペルセウスとはいえできることでは無い。
じゃあなぜ彼は風を起こせた?
もしかして、彼はペルセウス以外の別の何かの力を使ったのではないか?
そうだ、思い返して見れば彼は言っていた。
「彼は…………アルタイル」
ボソッと呟いた言葉をヒロキは聞き逃さなかった。
「そうか……アルタイルの能力!」
「私達がそうであるように、彼にもアルタイル特有の特殊能力がある。ペルセウスともなれば命懸けで戦う場面も多いだろうし、常人では目覚め得ない能力に目覚めても不思議ではない」
「そしてその能力は、"風を操る"こと」
シュルバは頷いた。
「これは……少しばかり面倒なことになったな」
ヒロキの後ろから、彼の服をちょいちょいと引っ張る存在があった。
「いつまでシュルバっちお姫様だっこしてるの」
不機嫌そうなアリスはヒロキをぽかぽかと殴る。
「あ、わりわり。シュルバも」
ゆっくりとシュルバを降ろしたヒロキは、ふと思い出す。
「そういえば、アルトはまだ動けないのか?」
アリスは哀しそうに頷いた。
「まだダメみたい。下半身が完全に麻痺してて…………。今、ルカちゃんが治療しようと頑張ってるけど、多分治んない……治るとしてもかなり時間がかかるって」
そうか…………。とヒロキが呟く。
「アルトに頼れねぇならしゃあねぇ、俺が魔人化して――――――」
「待って」
刀にかかるヒロキの手をぐっと掴むシュルバ。
「あの風…………おそらくだけど、ヒロキの魔人化の鎧を簡単に吹き飛ばせるよ。迂闊に魔人化しようものなら、速攻で魔人化を解除されて、動けなくなったところを殺される」
ハッと気付かされたヒロキは刀から手を遠ざける。危ない、後少しで殺されるところだった。
動けなくなったところを殺される?
「待てよ…………?」
そういえば前ルカが三…………なんとか窒素のサンプルをくれたな。
ヒロキは内ポケットから手のひら大の袋を取り出した。
黒っぽい粉はかなり頑丈な袋に、パンパンに詰められており、空気も抜かれているのか外から押してもビクともしない。
「確かこの粉って……………………」
ヒロキの頭の中で、色々なものが繋がった。
「この銃、まだ弾入ってるよな……………………?」
ヒロキはハンドガンを持ち上げて重さを確認する。弾はバッチリと装填されている。
ヒロキはニヤリと笑った。
「やるっきゃねぇな…………!」
ヒロキはアリスの手を半ば強引に引き、2人は叫んだ。
「「決意」」
直後、ヒロキは自分の体をズバッと斬り、出血した。
流れ出た血はヒロキの全身に集まり、固まり、形になった。
「ちょ…………ヒロキ!?」
シュルバは困惑しながら、空に昇る手を伸ばす。
「そんな…………このままじゃ!」
ヒロキが殺されるかも知れない。
頭に駆け巡るのはその言葉だった。
案の定、拓海は風によってヒロキの装甲を剥がした。ヒロキの魔人化は一瞬のものだったが、ちょうど魔人化が切れたタイミングで彼はハンドガンの中の銃弾、及び予備の弾丸をばら撒いた。
剥がされた装甲は元通りの血となって地面に、そして弾丸に降り注いだ。血によって溶かされた弾丸から火薬が散る。
「アルトの作戦、ちょっと借りるぜ」
そのまま彼の筋肉は硬直し、ヒロキはなすすべ無く落下した。
「まずは1人だ!」
拓海は落ちたヒロキに剣を刺す。
いや、刺せなかった。
彼が剣を刺したタイミングでヒロキ自身が大爆発した。その爆発は辺り一面に広がる火薬をも巻き込み、たちまち、大爆発という言葉にふさわしい爆発をした。
それを遠くから見ていたシュルバは気がついた。
「そうだ…………ヒロキは三ヨウ化窒素を持ってるんだ……………………」
三ヨウ化窒素。
これはとても不安定な物質で、羽がフワッと触れた程度で爆発してしまう。
そんなものを剣が貫いたのだ。
爆発しないわけがない。




