5章17話『光の天使』
矢野の骸は光の粒となって消えた。
Replicaの中で死んでも現実で死ぬことはない。肉体が現実に戻るだけだ。Replicaはあくまでペルセウスの訓練用プログラム。アイギスの楯から復活できるペルセウスは限られているため、ただの訓練で死なれては困るのだ。
シュルバはナイフを前方に向け、不敵に笑った。
「あとは、葵ちゃんだけだよ♪」
孤独を宣告された霧島。いくらペルセウスの団長といえど、6vs1となれば勝ち目はない。
誰もがそう思っていた。
霧島は腕時計を確認する。短針は『5』に差し掛かっている。だいたい午前4時50分くらいだろうか。
戦闘を始めたのが午前3時。かれこれ2時間も戦っている。お互いに疲労は溜まってきている。肉体的にも、身体的にも。
だからこそ、勝利するのは――――――。
霧島だと確定していた。
条件は全て揃った。
午前5時。
長期戦による疲労。
ヒロキの負傷。
これは偶然の出来事ではない。霧島が、霧島と矢野が立てた計画だ。全てはこれを見越しての事。この戦闘は、最初からこの結末が決まっていた。
希望の光が、絶望を消し去る結末が。
「私だけ……?」
霧島はクスクスと笑いだした。
「いいえ、違います。ペルセウスの皆さんが、矢野さんが、私をここまで繋いでくれました。私を午前5時に連れて来てくれました。だから私は1人ではありません」
それはほとんど暴論のようなものだった。
聞き方によれば、暗喩とも、負け惜しみとも取れてしまう霧島の発言。
それなのに何故か、恐怖を感じてしまう。
「きっと……そろそろですね」
そう言うと、霧島の顔は段々と黒くなっていった。比喩ではなく、本当に、少しずつ少しずつ黒ずんで行った。
「あぁ……なんだか、ほんのりと温かいですね」
その黒の正体は。
「なるほど……そうきたか〜」
影だ。
ポケットに手を突っ込んで仁王立ちしている霧島の背後から、強い光が溢れる。地平線の彼方から差し込む光が、辺りを白く照らした。
これは霧島の能力でも、ペルセウスの兵器でもない。そんな小規模なものではない。
日の出だ。
「さっきから霧島さんが迂闊に動かなかったのは、この光を待っていたから……日の出までの時間を稼いで、確実に俺達を殺すため…………」
アルトは口を手で擦るように拭った。
「さぁ……ここから先は完全に、私のターンですよ」
霧島は空に向かって手を掲げた。空の光達は小さな線を生み出し、霧島の手のひらに集める。線が集まってできた丸い塊は、そのぼんやりとした輪郭をゆっくりと圧縮し、刀の様な形に姿を変えた。
「絶望と希望、勝つのはどちらでしょうね」
霧島は刀を強く握り、アルタイルに攻め込んだ。
「迎撃するよ!アリスちゃん!」
「おっけー!任せてっ!」
シュルバは向かってくる霧島に対し、血のついたナイフでの反撃を試みる。アリスもその後ろから、サブマシンガンを構えている。
にも関わらず、霧島は一切動じることなく突っ込んできた。
「おかしい……避けようともしないなんて」
シュルバの頭の中には2つの考えが浮かんだ。
1つは、霧島は光の壁でこちらの攻撃を防いでくるというもの。
だとすれば、シュルバが血のナイフで壁を割った上でアリスが銃を撃ち込めば突破できる。
もう1つは、霧島はシュルバ達を対策する必要がないほどの力を持っているというもの。
その場合、シュルバ達には避けることしかできなくなる。避けて避けて避けまくり、隙を突いて攻撃するしかない。
もしくは……殺られる前に殺るか。
「さぁ…………どっちだ」
シュルバが目を細めて霧島をじっと見る。
自分までの距離はあと50m…………40m…………30m…………。
霧島に警戒する様子は一切ない。自分の力を信じきっているようだった。
「やるしかない!」
シュルバは霧島に向かって走り出した。
「シュ……シュルバっち!」
シュルバはナイフを高く振り上げ、目を見開いた。殺意に満ちたシュルバの目、自信に満ちた霧島の目、2つの目は10mまで接近した。
その瞬間だった。
シュルバの前方にいた霧島が、空に吸い込まれるように消えた。
「え…………?」
シュルバは急ブレーキをかけて、辺りを見渡した。広い草原の中360度見渡しても、彼女の姿はなかった。
「シュルバっち!上!」
アリスから告げられたのはまさかの方向だった。咄嗟に上を見上げた頃にはもう遅い。光の槍がシュルバの目玉に触れた。
そのまま悲鳴を上げることもできないまま、シュルバは光の粒となった。
「きゃあああああ!!!」
アリスはショックのあまり、銃を連射した。恐怖で震える手から放たれる銃が当たるわけがなく、アリスはなすすべ無く弾丸を消費した。
「まるで……天使にでもなった気分ですね」
霧島は背中に生える光で出来た翼を撫でながら嬉しそうに笑った。
霧島は今、空を飛んでいる。光の力で出来た翼は霧島に360度という限界を打ち破らせ、無限の可能性を生み出した。
さすがのシュルバでも空までは予想できなかった。平面の世界から脱することを想像できなかった。
「このぉお!」
アリスはシュルバが握っていた血のナイフを投げつける。
しかし、ナイフは無残にも光の壁に弾かれ、足元の草にパサッと叩きつけられた。
「なんで……さっきまではバリアを削れたのに…………」
「先程までは星明かりと月明かりだけでしたから、光の力が弱かったんですよ。今では太陽のおかげで光の力が強まっていますが」
霧島は手をスッと上げた。
「なので、こんなこともできます」
霧島が勢い良く手を振り下ろすと、空から無数の光の矢が降り注いだ。
「なっ……なにこれ!」
アリスは腰を抜かしながらもなんとか這いつくばって逃げようとする。しかし、矢が足ごと地面を刺す。動きが鈍くなった所に容赦なく次の矢が、今度は反対側の足に刺さる。
次は右腕……左腕……腰……首……。
アリスは瞬く間に光の矢に埋もれた。
「アリスーーーーー!!!」
ヒロキはアリスを助けるべく、痛む体を無理やり起こして駆け寄った。
「一歩、遅かったですね」
ヒロキが到着する頃には、アリスは光の粒となって散っていた。それを見たヒロキが絶望すると同時に、彼にも光の矢が降り注いだ。
「シュルバ……アリス……それにヒロキまで…………」
アルトは奥歯をギリッと鳴らした。
「何か……光の力に対抗できるものは…………」
光の力。
霧島が天使と例えた力。
天使に対抗できるもの。
神。
悪魔。
魔王。
「…………そうだ」
魔人。
それに気づいたアルトは"生霊"を発動した。彼は彼が出せる全力を、全ての魂を…………。
ヒロキの刀に憑依させた。
「…………くっ……………………」
目を開くと、そこは赤黒い空間だった。壁も天井も存在しない。足元を見ても、自分がどこに立っているかすらわからない。とにかく、不思議な空間としか表せないような、不思議な空間だった。
「……ここは、刀の中?」
アルトが付近を見渡すと、1人の少女が佇んでいるのが見えた。自分より年上だろうか。黒いストレートヘアーの色白の女性は、どことなく雰囲気が彼にそっくりだった。
「もしかして……」
アルトは少女に近づいた。
「なぁ……アンタが、ヒロキの姉貴か?」




