5章16話『SHINE AGAINST BLOODY』
霧島はスッと立ち上がり、服についた土を手で払う。矢野はポケットから白い箱を取り出し、いつも通りタバコを吸い始めた。
「まさかあれ程の能力を隠し持っていたとは…………驚きましたね」
「ま、あれは隠し持っていたってわけじゃなくて今さっき覚醒したって代物だがな」
アルトは目を合わせず、後頭部を掻いた。
「それにしても恐ろしいね…………」
矢野はタバコの煙を口から吐いた。
「あのレベルの能力を、あの子達はあと5個も隠し持っている。それこそ、自分にすらわからないような能力が」
「えぇ。彼女らに眠っている能力は、彼らにすらわからない。だからこそ、予測のしようもないし、対処のしようもない。ある意味、一番恐ろしい状態なんですね」
矢野はまたタバコを咥える。
「団長も1本どうだい?」
「私、17なんで」
矢野は少し残念そうにタバコの箱をポケットにしまった。そして別のものをポケットから取り出し、アルタイルに駆け寄る。
矢野は取り出したものをシュルバに投げる。シュルバはそれを両手で皿を作るようにキャッチした。
受け取ったものは拳銃。しかし、どうやら殺傷能力的には低いもので、弾も1発しか入っていない。威嚇射撃、もしくは空砲のだめだけの銃と言った所だろう。
「さっき私が使ったのと同じタイプの銃だ。1発使い捨てだから、撃ったらすぐその辺に投げてくれて構わない」
矢野がそんな使い物にならない銃をわざわざシュルバに渡した理由。
考えるまでもなかった。
「いつでも好きなタイミングで始めろ、ってことですよね?」
矢野は頷いた。
「タイミングは本当にいつでもいい。今ここで撃って不意打ちを仕掛けてもいいし、自分達の準備ができてからでもいい。ヒロキだって治療しなくちゃいけないだろう?それが済んでからでも、構わないさ」
「…………ありがとうございます」
シュルバ達はすぐにヒロキに駆け寄った。
「ほんと、いい子だよね。みんな」
矢野はすぐに霧島の下に戻った。
「ヒロキ、大丈夫?」
上半身裸のヒロキの体はズタズタに切り刻まれていた。
「大丈夫……って言ったら嘘かな」
いくつかの傷からは未だに鮮血が垂れ出している。
本来ならば、ここでルカが適切な処置を行って傷を治療するのだが、今回そのルカは5人とは遠く離れた場所にいるためそれも叶わない。
となると、今は適切ではなくてもいいからヒロキの止血を最優先すべきだ。
いくら死なないアルタイルでも、痛いものは痛い。むしろ、転生のしすぎで自然治癒力が弱まっているため通常より痛みが大きく感じられる。
この際だからついでに言っておくが、転生した後でも傷は完全に癒えるわけではない。もちろん首を斬ろうが体がバラバラになろうが死ぬことは絶対にありえない。しかし、軽い擦り傷程度ならまだしも致命傷となった部分や深い傷を負った部分はスッと治るわけではない。
さらに前述した通り転生のしすぎで体が転生に慣れてしまい自然治癒力が落ちているため、一度傷を負うと痛みが消えるまで時間がかかる。そうなると後の戦闘や訓練、果ては日常生活にまで支障を来すので、傷はできるだけ転生前に治療しておくのが正解だ。
「とりあえず、しばらくは動かないほうがいい。レイナちゃんに私からヒロキを見ておくように話つけとくから、今回は休んでな」
シュルバはヒロキの体に包帯を巻き終えるとそう言った。
「それで、大丈夫なのか?」
シュルバは優しく笑ってみせた。
「大丈夫。絶対に負けないって約束する♪」
ヒロキはその笑顔から溢れた安心感を信じることにし、今は仲間を信じて、仲間のために休むことにした。
「じゃあ…………始めるよ!」
シュルバは拳銃を天に向け、反対側の耳を塞いだ。引き金にかかった人差し指にぐぐっと力を入れ、少しずつ押し込んでいく。
パァンッ!
広大な草原に銃声が響いた。
「始まったな……じゃあ、行ってくるよ」
矢野は後ろの霧島を振り返り、粋に笑った。
「なに、頼まれたことはちゃんとやるさ。安心して待ってな」
そう言い残し走り去っていく矢野を背後から見る霧島の目には感謝と罪悪感が混じっていた。
「さてと…………まずはこいつかな」
矢野は走りながらタバコを取り出し、火をつけた。そしてそれを吸い、口から煙を吐くと、煙は瞬く間に辺りに広がり、煙幕を生み出した。
「出たね。矢野さんのタバコ型煙幕」
シュルバは一度それをその身で体験したことがある。以前矢野と戦ったことがあるからだ。
あのときはギリギリでシュルバが逆転し勝利を収めたが、あれは場所が狭かったが故に憶測で突っ込んでいくことが可能だった。そのため煙幕を打ち破ることができた。
しかし今は違う。今の戦場は前のような狭い畳の部屋ではなく広大な草原の中だ。下手に特攻して外そうものならばその隙を突かれて死だ。
だからこそ思うように動けない。この場所は矢野にとって最高の戦場だった。
「きゃぁっ!!」
アリスが小さな悲鳴を上げる。彼女の脇腹には小さな穴が空いており、そこから血液が流れ出していた。
「まさか、この煙の中から撃ってきてるの…………!?」
そう、矢野はこの視界の悪さの中、アルタイルを銃撃しているのだ。
なぜ、アルタイル達の位置がわかるのか。なぜそれを迷うことなく撃つことができるのか。これが、アルタイルと彼女の差。
いわゆる、長年の勘というやつだ。
「こちとらかなり長い間ペルセウスやってんだ。そう簡単に負けてたまるかっての」
アルタイル達は次々に傷つけられていく。圧倒的な経験の差、こればかりは埋めようにも埋められない。
「くそ…………せめて煙幕さえなんとかなれば……………………」
そう思いアルトは上着の内ポケットを漁ってみる。中から出てきたのは粗末な砥石と銃弾、そして手榴弾だった。
「…………そうだ、これだ!」
その時のアルトは非常に冴えていた。自分でも驚くほど頭の回転が速く回った。
次の瞬間、アルトは銃弾を割り始めた。
「……どうしたの?アルト」
「お前も半分手伝え」
アルトは銃弾を3つ、シュルバに渡した。
「あ〜怖っ。中の火薬暴発したらどうすんの」
「いいから早く割れ。このままだと撃ち殺されるぞ」
シュルバとアルトはナイフの刃で銃弾を傷つけ、割り続けた。アリスはその2人を守りつつ、何をしているのか。と首を傾げた。
「よし、これで十分だろ」
アルトはシュルバから受け取った銃弾3つと自分で割った銃弾3つ。それを片手で持ち、振りかぶった。
「避けろ!アリス!」
アルトはアリスが条件反射的に右に避けたのを確認した上で眼前の煙幕めがけて銃弾を投げた。火薬がまるで花びらが舞うようにふわりと広がり、空中にゆらゆらと漂う。
「逃げろ、2人とも」
アルトは手榴弾のピンを引き抜いた。
「くらえっ!」
こちらもまた、煙幕に向かって投げる。
するとどうだろう。手榴弾は数秒後に起爆した。地形を抉り取るほどの破壊力を持つ爆弾は周りに漂う火薬をも巻き込んで、大きな熱と爆風を生み出した。
「……………………まさか、こんな方法で煙幕を晴らすとは……」
爆風に飛ばされた煙幕の向こう側から現れた矢野はにやにやと笑いながら冷や汗をダラダラと掻いていた。
「これで終わりだ!」
アルトは矢野めがけて発砲した。
ガキンッ!
あたかも鉄と鉄がぶつかりあった音を奏でたのは、アルトの銃弾と、光で造られた壁だった。
「…………霧島さんか」
アルトはギリリッと奥歯を噛み締めた。
「しゃあねぇ。おい、シュルバ」
「言われなくても♪」
シュルバはナイフを自分の腹に浅く刺した。
そしてそれを固く握りしめ、矢野に突っ込んでいった。
大きく振り下ろされたナイフは重力とシュルバの力が合わさってかなりの破壊力となった。
「残念だが、その攻撃は団長が許さないよ」
矢野を守る光の壁はシュルバのナイフをいとも容易く弾く。
しかし彼女は攻撃をやめなかった。
飛び散る光の破片はまるで星のように幻想的に、ぱらぱらとシュルバの服に降り掛かっていった。
そしてその星は矢野を絶望させた。
「光の壁が…………砕けてる!?」
おかしい。そんなはずはない。
霧島の光の力はクロノスが直々に与えた、いわば神の力。それが、ただのナイフに負ける?ありえない。
珍しく、矢野の表情には焦りがあった。
「なんで…………なんで壁が……………………」
「私のナイフ、よく見てくださいよ♪」
シュルバに促されるまま、矢野は彼女のナイフを見た。
シュルバの持つナイフ。彼女のナイフの変わった点、強いて言えば先端に血がついているということだろうか。
それに気づいた矢野の頭の中で、全てが1本の線になった。
血がついたナイフで光の壁が砕けた。光の壁は霧島の力。つまり神の力。
それに対抗できるとしたら、同じく神の力。つまり、アルタイルの誰かの力。
仮設を立証するため、矢野は恐る恐る視線を彼に向ける。案の定、ヒロキは刀を縦に構えていた。
「霧島さんの光の力と、ヒロキの血の力。強いのはどちらでしょうね♪」
シュルバは狂気的な笑顔を見せた。
そして矢野も、ぞくぞくぞくっ!っと震えた。
「いいねぇ!やっぱり最高だよ!」
直後、ガラスの割れるような音と共に砕けた光の壁。
矢野は壁を貫通した一撃を心臓に受けた。
「はははっ…………まぁやれるだけのことはやったさ。これで十分だろ?団長」




